先日FBでサスティナブル・キャピタリズムについて言及した。そう、気鋭の芸術家と言っていいだろう、今勢いのあるアーティスト長坂真護氏が提唱する新しい資本主義の考え方。

 

キャピタリズムとは資本主義のこと。

 

資本主義って分かっているようで分かっていない人が多いんじゃなかろうか。

ざっくり言えば「経済活動における資本が国など公の管理下に置かれていない自由な市場を採用している状態」。

 

分かりにくいな。「人々が自由にお金儲けをできる世界」。こっちがしっくりくるか。

 

皆が自由にお金儲けをして富を得る…なんだかよさげな響きがあるが、当然のことながら、頑張らない人への対価は相対的に減少するなど、問題点だってある。

 

そうした資本主義の問題点のひとつに「持続可能性」と言うやつが出てくるわけだ。

 

つまり皆が個々に頑張るわけだから、それによって消費されていく資源については誰も責任を負う必要がない。だから皆ガンガン消費する。

 

これは資源の消費だけでなく、いわゆる廃棄物についても同様の問題が発生する。

 

捨てたゴミって誰が処分するの?…表面上は「処理業者」となるわけだが、現状で焼却等で処分しきれないものがどうなっているかと言えば、海上コンテナに詰め込まれて、海外に投棄されているのだ。その一例が、真護氏が衝撃を受けたガーナのアグボグブロシーなどの途上国であることは想像に易い。

 

このサイクルが続くとどうなるか…分解されないゴミは増え続け、陸・海…そしておそらく空もだろう、生物も含めあらゆるものを汚染し、その上資源は枯渇してしまうと言う最悪のシナリオを演じることになるだろう。

 

それを打開するためには…そう、随分昔から叫ばれるようになった「リサイクル」と言う概念である。

 

しかしこのリサイクル、様々な技術的ハードルに阻まれ、この行為の効率化の歩みは今ひとつだった。要はコストが下がらないのでなかなか良いサイクルとはなっていなかったのだ。

 

つまりこれまでは、持続的に成長する(サスティナブルな)ことが可能な資本主義(キャピタリズム)と言うやつは、なかなかに成立しない世の中であったと言うところまでを頭の中で整理しておきたい。

 

そこで真護氏と、彼とタッグを組んだ日本環境設計の岩元美智彦氏が提唱する「エンターテイメント性のあるサスティナブル・キャピタリズム」が登場する。

 

個人に対するコストだけではまだまだ、有限の化石燃料によるものが強い。だがそこにエンターテイメント性を採り入れることで、心の充足がコスト高分をも充足させ、それが新たな資源消費を最小限に抑えながら次のプロダクトを産み出していくと言う循環を作ることで、まさに「持続可能な資本主義」を成立させようと言うことなのだろう。

 

件のFB投稿でも呟いたが、自分はむしろ、彼らのそうした行動力に自分の弱さを見てしまった。彼らは凄いし、これからも邁進してほしいと思う。

 

しかしその成功(するであろう)事例を目の当たりにしたからこそ、自分もまたギアチェンジしていかなければいけないと言う思いが強くなった…そう言う話。