その嫌なことのひとつに「休日に家で仕事をしなきゃいけないのに、上の階に住んでいる人がうるさくて集中できない」という問題があった。
ずっと我慢してきたけど、ついに大家さんに相談することに決めた。
その音はただの生活音ではなくて、わざと床に重いものを何度も落としているような、異様な音だった。
「数カ月、我慢していたんですけど…」
私が恐る恐る大家さんに伝えると、一瞬ためらうような間があって、大家さんの声がワントーン低くなった。
「上の階の奥さんが認知症でね、旦那さんが一人で介護してるんだ」
そうか、そうだったんだ。
そんなこと、思いもしなかった。
そして次の瞬間、パズルのピースがはまった気がした。
引っ越してきたとき、上の階の人に挨拶しに行ったら、中に誰かいるのは明らかなのに、誰も出てきてくれなかった。
その時はすごく悪い印象を受けたんだけど、もしかしたら認知症の奥さんが一人で留守番していたのかもしれない。
ある夜、消防車がきて、上の階に隊員が入っていったようだった。「タバコの不始末とかかしら、怖い」と思ったけど、もしかしたらあのときも、認知症が原因の事故かもしれなかったんだ。
私は、私の想像の中でしか物事を考えられない。でも、もう少し、あと少し違う角度から考えることができたら…
もしかしたら、私自身ももっと楽な気持ちになれるのかもしれない。
そんなことを思った。


