こんばんは。マホメットです。
今日も宣言から。
私は強運!
私には奇跡がよく起こる!
私の人生順調!
私は好きな仕事で、周りに元気パワーを放っている!
ま、また、奇跡が起きました!!
実現ノート
に書い超オオモノを引き寄せました!日付を2015年8月中と設定していました。いろいろと確定する冬ごろに、詳細をお伝えします!!日付書いた方が絶対いいです!
さて、そんな奇跡とは裏腹に、実はここのところ体調がイマイチで、思考が働かず、始終ボーッとしていました。
なんとなく家事をして、なんとなくテレビを見て、なんとなく出掛ける…
Oo。。( ̄¬ ̄*) ヌボーーーッ。
………
……
…
夜になって、気分良かったっけ?悪かったっけ?と、あまりにも「平坦」だった一日に驚き、
『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』を開いて、助けを求める!笑
すると、
テレビを見るというのは普通、意図的な行動というよりも惰性の行動なのだ。そのようなはっきりとした意図のない、決意のない状態ではやってくるものの影響に無防備にさらしてしまう。自分が何について考えたいかというはっきりとした意識を持たずに自分が欲してない周りの世界の出来事の思考という刺激に文字どおり爆撃されていると、自分が選択しなかったものをたくさん経験のなかに取り込んでしまう。これが惰性によって創造する、ということだ。
Σ(=°ω°=;ノ)ノ マ、マジ??
どうやら、惰性の創造をしていた?!
いや、あまりにボーッとして、思考停止状態、つまり瞑想していたということにします。笑
しかし、この瞑想(笑)を経て「なんとなく」何かをすることは、自分の意図しない「惰性による創造」を促進させるということが分かりました。
それを避けるために、 エイブラハムは「一日を節目ごとに分けて意図を確認する」と言っています。例えば、
①朝目が覚めて、経験の新しい節目に入ったと認識→目覚めたあと、ベットから出るまでが一つの節目。
↓
【意図の確認】
こうしてベットに横たわって、私はこれからの一日をはっきり描きたいと思う。意気揚々と胸を弾ませて一 日を始めたい!
②ベットから出て、歯を磨き、シャワーを浴びるまでが新しい節目。
↓
【意図の確認】
私は私が素晴らしい身体を持っていることを認識し、その優れた働きに感謝しよう。自分なりに最高に見えるように身だしなみを整えよう。
③朝食の準備をする。さらに新しい節目。
↓
【意図の確認】
私は栄養豊かで美味しい食事を効率よく選んで準備しよう。それからリラックスして楽しく食事し、素晴らしい身体あで食べ物を完璧に消化吸収しよう。今の自分の身体に一番合った食べ物を選ぼう。この食べ物を補充して元気になろう。
などを例に挙げています。
まさに【意図の確認】です。ひとつひとつの行動に対して、自分が何を求めるか?の確認をする。つまり、気分良くいるためには何を求めるか?ということと同じです。
ヌボーッと過ごす前、イキイキとした日々を送れていたのは、ここまで細かく意図を確認していないけれども、気分良くなれることをいくつか意図的に選んで、行動していたからなのです。
そして、なぜヌボーッと過ごしていた日が平坦に感じたのは、意図を持たず(確認せず)に、なんとなく過ごしていたらからなのです。
これを実体験し、ひとつひとつの行動に対して、意図の確認をすることの大きさがよく分かりました。
体調を悪くしてくれて、ありがとう。
すべて起きることに意味がある。
今日はこの辺で。
おやすみなさい。
マホメット