私の大師匠にあたる、桂ざこば師匠がお亡くなりになりました。
あまりにも急なことで、我ら門弟もただただ今は、驚きと悲しみでいっぱいです。
世間的には、豪胆・豪快・豪放磊落といったイメージが強かったとは思いますが、実はとっても繊細で、ナイーブで、それなのに体裁の鎧で身を固めたりすることなく、いつも剥き出しで……。
誰よりも人間味に溢れ、正直で、金無垢のように純粋で、とびっきり面白く、可愛い方でした。
私は初めてのざこば師匠の孫弟子として、随分気にかけて可愛がって戴きました。
もちろん、時には随分叱られもしましたが……。
その全てが宝石のように輝かしい思い出であると同時に、大切な大切な噺家としての財産です。
14年前、『都んぼ改め 四代目桂米紫襲名披露公演』での、ざこば師匠の口上を思い出します。
「私も昔、朝丸からざこばを襲名する時には、随分と悩みました。“朝丸”の名前で売れてるのに、今さら“ざこば”という世間に馴染みのない名前に変えるのはどやねんと。その点彼(私のこと)は、“都んぼ”の名前で全然売れてない!」
客席が笑いに包まれる中、ざこば師匠はこのように続けられました。
「……しかし皆様のご支援で、四代目米紫をこれから大きな名前に育ててくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」
恥ずかしながら、いまだに“米紫”の名前を大きく育てられていない不肖の孫弟子ではありますが、規格外の異才・桂ざこばという噺家の初孫弟子として、多大なる恩恵と影響を戴けた幸せを、今改めて噛み締めております。
桂ざこばは、魂の人でした。
架空の存在であるはずの落語の登場人物たち全てが、確かにそこに息づき、もがき、これでもかというぐらい生の輝きを放っておりました。
あの巨星に比べれば、私などは星屑の欠片にも及ばぬ存在です。
しかしあの熱く生々しく、かつ哀愁に満ちた魂の、たとえ百分の一でも受け継ぐことが出来れば……と、切にそう思うのです。
金無垢のように純粋で正直で、そして剥き出しであるが故に、我々には分からない悲しみや苦しみも、たくさん感じ取られてきたのではないかと思います。
師匠、どうぞごゆっくりなさってください。
師匠からは、たくさんのことを勉強させて戴きました。
そして本当に本当に、お疲れ様でございました。