夜の10時頃、週末のお仕事が終わり野菜などを購入して
家に向かって歩いていた。
毎週の日曜日に映し出される現象。
小さい頃から常に感じられる
全てである、と感じられる無限にあるエネルギーにあるのを感じていた。
何もない、無の状態、からどんどんと感じられる。
何も感じられない。
身体があることも、願望も、期待も、要求も、感情も、判断することも、推測することも
できない。
どうしたら、それらが感じられるのかも、感じられない。
何も感じられない。
アクセスができない。
完全にないから、自分に存在しないから、アクセスされずに感じられない。
条件なども感じられずに
どんどんと感じられるのは
全体、全てと繋がっている
全体、全てである自分自身から、喜びや美しさ、が感じられる。
何もない、そこからどんどんと感じられる。
自分のエネルギーは、ただそこにある
でも、存在していない、と感じる。
自分の存在を感じない。
でも、どこでも、全てから
自分のエネルギーが感じられる。
完全に調和されている。
自己は完全になくなった。
自分の存在を感じなくて
全てから自分のエネルギーが感じられる。
自然に、木に、葉に、石に、建物に、人間の姿に。。。
目に映し出される全ての現象に優しく微笑みながら歩いていた。
形や姿は感じられずに
全てからエネルギーとして感じられる。
全てが話しかけ、微笑み返す。
全てが、全てを優しく包み込んで、最高に美しいエネルギーである、のが感じられる。
自然に全てに微笑んでいた。
ありがとう。全てを愛しているよ。
って、表現して、エネルギーが広がっていくのを感じていた。
あなたを愛しているよ。あなたもね。あなたもね。あなたもね。。。
っと、木に、葉に、人に、草に、犬に、バスの運転手に、
目に映し出される、感じられる全てに対して、自然に溢れ出している、のを感じた。
全てがこんなにも美しいなんて。
とても自然で、全てが広がっている。
特別な現象ではなくて、常にあり、自然な現象。
何の特別でもない、普通の夜だった。