人間のエゴという事を考えていて・・・今日思った事

息子が小さかった時の話・・・前にも書きましたが・・・

誕生日かクリスマスの時の話

パイナップルの半分にカットした所に フルーツを入れたのです。何故かサクランボは一つしかなかったんです。

3人の子供たちに フルーツを分けていた時 小さな耕司君が

「サクランボが欲しい」と言ったのです。

「はーい」と答えました。

下の子も「僕も欲しい」と言った時 瞬間に「はーい」と言いながら 一つしかないサクランボを下の子の器に入れようとした時

「僕が最初に欲しいって言ったんだよ」と耕司君

「あっ ごめんね 耕司君のだね」と言って耕司君の器に入れたら 

そのサクランボを2等分して「としと太一に分けてあげる」 と言ったのです。

その話を思い出しながら・・・
私は 耕司君のエゴを認めてあげたのではないだろうか・・・認めてもらえたので 弟達に分けてあげたのではないだろうか・・・と思えたのです。


・・・と言う事は、人間は「エゴがあっていい」 と認められると、人に自然にやさしくなれたり

「愛さなくていい」 と思えた時に 「愛している事」に気がついたりする動物なのかもしれません


そんな事を クレアさん達に話していると・・・

クレアさんが

「息子さんがここに立って 私の頭を通して何かを伝えたがっている・・・」と言われるのです。

「・・・心の底に眠っている物に気がついてよ」と言っていると

私の心の奥底にあるもの?



かなり前のワークショップの最後に見たビジョン

草原にテーブルがあり 誰かが紅茶を入れてくれているのです。

そこに風がさっと吹いて 幸せだなぁ と感じ 涙が出たのです。


涙が出た理由がわからなくて チャネラーの方に聞いてみたんです。

「これってどんな意味があるのかしら・・・」と

ひと言で言われました。

「それが 愛よ」って


それを思い出しながら・・・クレアさんに、
「これかしら・・・」と聞くと 

「そうみたい」との答え


これを現実化させたら というメッセージなのだろうか?