条件付きの愛情が創るヒト
自分自身を定義しているモノ、
それをセルフイメージと云ったりします。
条件付きの"愛情"だけを受け取り、
無条件の"愛"を受け取るコトが出来なかったヒトの自分自身の定義(セルフイメージ)には沢山の条件が連なっているケースが多い。
しかも、その初期設定(定義)は頑な。
というのも、それが意識(メンタル)から出来ているものでなく、
感情(アストラル)から出来ており、当時の感情を伴ったまま凍結している。
あなたという存在を心から受け入れられなかった悲しみや怒りや苦痛が再現されないように凍結していても、その影響下にある。
結果として、在りのままでなく
"○○というコトは○○である"
"○○するためには○○が必要"
"○○のときは○○すべき"
"私は上述のように○○なヒトである"
・・・
というような条件付きの、
本来の自己でなく負の感情避けることを動機とする表層意識的な造られたもうひとつの自己の人生を生きようとする。
悲しみや苦痛を味わうコトもなければ、喜びや感謝・感動も味わうコトもない、無機質な時間の流れ。
そして、また自分自身も条件付きの"愛情"を無意識的に"愛"と取り違えて与えるようになる。
この連鎖を食い止め、
"感情(アストラル)"から"意識(メンタル)"への移行をサポートするのが、私達が目指しているもののひとつです。
この移行には、
ココロとカラダと意識、
そして、氣とフィールド(場)
の総合的なアプローチが欠かせません。
今日は、ちょっと小難しいテーマになってしまいました。
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