私達は普通に生きていると、5感覚からさまざまな情報が刺激として入ってきていますので
INPUTをしていない時は余りなさそうですし、
一方、カラダを動かしたり、何かを考えてみたり、何かの刺激に反応もしているので
OUTPUTもしていない時は余りなさそうです。
つまり、息をして生きているだけで何らかのINPUTとOUTPUTを繰り返している訳で
何もしていなかったようでも、何かをしていたことになり得る。
意識的に行っていることもあれば、無意識的に行っていることもあるようです。
なんだか漠然としてきましたが
今日書いておきたかったことは
何かを学んだり、氣付いたりするとき
”OUTPUTして初めて、INPUTした情報が結晶化される”
ということ。
”何かを学んだら自分なりにOUTPUTする”
”何かに氣付いたとき自分なりにOUTPUTする”
ということが、大切だよなーと。
OUTPUTが成長に繋がるんだよなーと。
ということは、
”応援したい人、支援したい人には、OUTPUTするチャンスをあげましょう”
ということも考えられますね。
あなたはどう思う?
あなたはどうしたい?
と質問し、本人がOUTPUTする場を支えてあげる。
子育てにも良さそうです。
これはコーチングの基礎でもありますし、ヒトを育成する上でもとても重要なファクターですね。
別のシーンでは、
セミナー会場で最も学んでいるのはセミナー講師という可能性。
INPUTしているヒトよりOUTPUTしているヒトの方が学びが深く、結晶化されている可能性は高いです。
ですのでワークショップ形式やディスカッション等、講師というよりはファシリテーターとしての在り方が
参加者の成果に繋がると実感しています。
そうそう、INPUT過多、OUTPUT過多の時に、面白そうな本がありますので、メモしておきます。
まだ読んでおりませんので、あしからず。
アラン・コーエン (著), 本田 健 (翻訳)
この瞬間も、何もしていないようで、何かしている、かもしれません。