知った日のこと
あれから1週間…
早かったようなやっとのような…
だいぶ落ち着いてきたので記録を残します。
「ストレスが原因なんかなぁ…」と旦那チャンがいいました。
実は私達、妊娠後初の喧嘩中だったのです…
最近旦那チャンは、私のつわりがたいしたことないと思ってきたのか、家事を手伝ってくれなくなりました。最初らへんは私が家事しようとすると、俺がやるけん!ってはりきってしてくれてたのに…そんなことで結構イライラしてました。
あと、仕事やサッカーから帰ってきて体臭がすごいのに風呂に入らず、リビングでそのまま寝てしまって部屋中臭くなるのもさらに私をイライラさせました。何度も風呂入りよって言っても聞いてくれなくて。ホント嫌でした。
それでだんだん口調が強くなり、旦那チャンも私がうざくなったみたいで、「あいつうざいけんここにおりたくない」みたいなことを誰かに電話し、アパートを出ていってしまいました。
この日、私の両親がアパートに遊びに来る予定でしたが旦那チャンは帰って来ず…私はさらにイライラ

そんなこともあったから旦那チャンは自分を責めてました。
でも毎日風呂掃除してくれてた。残業で帰りが遅くなってもしてくれた。私も感謝の気持ちがたりなかったょ。
だから自分を責めないで、お互い感謝の気持ちを忘れずにお互いを大切にしようと思いました。
もしかしたら、私達の赤ちゃんは命をかけて夫婦仲良くねって教えてくれたのかな…
色々考えたりして眠れなくて…お別れの日の朝を迎えました。
早かったようなやっとのような…
だいぶ落ち着いてきたので記録を残します。
今、妊娠中の方や幸せいっぱいの方は見ないほうがいいかもです
12月10日
ついにべび待ち病院を卒業の日
転院先はどっちにしようかとか考えながら、もらったばかりの母子手帳を持って、偶然沖縄から帰ってきてた父に病院まで送ってもらいました
いつものように体温表を提出し、呼ばれるまで…今日でこの病院ともお別れやなとか、ベビはどのくらい大きくなってるかなぁ
とドキドキして待ちました。
転院先はどっちにしようかとか考えながら、もらったばかりの母子手帳を持って、偶然沖縄から帰ってきてた父に病院まで送ってもらいました
いつものように体温表を提出し、呼ばれるまで…今日でこの病院ともお別れやなとか、ベビはどのくらい大きくなってるかなぁ

ついに呼ばれて内診台へ
画面を見るとついに人間の形になってて…わぁ!すごい
と、思ったのもつかの間…
女医さんに、心拍がこのへんに見えるはずなんやけど見えないことを告げられた。



女医さんに、心拍がこのへんに見えるはずなんやけど見えないことを告げられた。
この時はまだ、は?え?なんなん?ってかんじでした。
その後、院長が走ってきた。そして、なんでかやぁ…とまっちょんわ。って言われ…涙がでた。
体の底からわき出るようなかんじで、呼吸するのも大変なくらい苦しくてそれでも止まらない涙…
しばらく診察室、処置室のベットなど占領してしまった。他にも大変な患者さんいるのに…ごめんなさい。
ちょっと落ち着いて院長の話を聞いた。
稽留流産ということ。
明日手術して取り出すこと。
最後に、あんた達が何したけんこうなったっち訳じゃないから。と言われた。
自分をせめるなといいたかったのかな…
院長この日は怖くなかった。
そのあとすぐミーティングルームにて手術の説明など聞いた。
もぉ落ち着いたつもりだったのに、[子宮内容除去術]って見たら悲しくてまた泣いた。
もぉ赤ちゃんぢゃなくて、子宮内の組織とか目的組織と書いてるのが悲しかった。
また生き返るかもしれんのに。とさえ思った。
だってね、私出血も腹痛もなかったんだよ。
先週だって心拍ばくばくで先生にもこれだけ元気なら大丈夫!ちょっと早いけど次は卒業でいいねって言われたのに。
母子手帳だってもらえて、センターの人からおめでとうって言われて、やっと妊婦なんだ
って自覚したのに。

なんでなんでなんで…
そんなことばっか考えてずっと泣くもんだから、看護師さんに、家も遠いみたいだから今から入院しようか?って言われたけども…
最後は旦那チャンと三人で過ごしたかったから、実家が病院近いから帰らしてと行ったら許可が出た!のでタクシーで泣くの我慢して帰った。
そして実家に着いて狂ったように沢山泣いた。
苦しかった。
こんなに声を出して泣いたの…
何年ぶりだろ…
でもとりあえず旦那チャン、母に知らせないと。
電話とメールした。でも二人とも仕事中…つながれなかった。
それでまた苦しくて泣きながらなぜかこんなときにブログ更新

気持ちわかってくれる人がほしかったのかな…
しばらくして旦那チャンから電話あり。病院で言われたことや明日のことを泣きながら伝えると、今からそっちに行くと言ってくれた。
同じころ、母からも電話があり。パートもその後予定してた旅行も中止してすぐ実家に帰ってきてくれた。
母は鼻を真っ赤にして帰ってきた。
うちの母も3回流産しているからすごく気持ちをわかってくれて…
ふたりで泣きながら沢山話しました。
そして落ち着いたころに旦那チャン到着
悲しそうな様子だったけどご飯をもりもり食べて、その後疲れたと言って二人でお昼寝…の予定でしたが。こんなに沢山泣いて頭かち割れそうなくらい痛いのに、眠れず…
子供が生まれたら一緒にしたかったこと…
一緒にエレクトーン弾くこと

沢山あったけどそのうちのたったひとつだけど…
いろんな曲を弾いた

けど私腕落ちたなぁ…今度戻ってきてくれたら沢山弾けるように練習しとかんとね



そして夜ご飯は今まで我慢してたサーモンを食べました

だいぶ落ち着いてきたのかなとも思っていたけど…
いざ電気消して寝ようとしたらやっぱりさみしくて…TV見てた旦那チャンを呼んで、シングルサイズの小さな布団で一緒に寝ました。
最初は私が泣いてたけど、旦那チャンも泣き出して…
きっとずっと我慢してたんだろうね。男の人は人前で泣けないし。つらかったんだろうね。
不安ばかりの私をよそに…あんなに喜んで幸せいっぱいやったもんね。
そう思うと私が旦那チャンを守ってあげなくちゃと思いました。
「ストレスが原因なんかなぁ…」と旦那チャンがいいました。
実は私達、妊娠後初の喧嘩中だったのです…
最近旦那チャンは、私のつわりがたいしたことないと思ってきたのか、家事を手伝ってくれなくなりました。最初らへんは私が家事しようとすると、俺がやるけん!ってはりきってしてくれてたのに…そんなことで結構イライラしてました。
あと、仕事やサッカーから帰ってきて体臭がすごいのに風呂に入らず、リビングでそのまま寝てしまって部屋中臭くなるのもさらに私をイライラさせました。何度も風呂入りよって言っても聞いてくれなくて。ホント嫌でした。
それでだんだん口調が強くなり、旦那チャンも私がうざくなったみたいで、「あいつうざいけんここにおりたくない」みたいなことを誰かに電話し、アパートを出ていってしまいました。
この日、私の両親がアパートに遊びに来る予定でしたが旦那チャンは帰って来ず…私はさらにイライラ


そんなこともあったから旦那チャンは自分を責めてました。
でも毎日風呂掃除してくれてた。残業で帰りが遅くなってもしてくれた。私も感謝の気持ちがたりなかったょ。
だから自分を責めないで、お互い感謝の気持ちを忘れずにお互いを大切にしようと思いました。
もしかしたら、私達の赤ちゃんは命をかけて夫婦仲良くねって教えてくれたのかな…
色々考えたりして眠れなくて…お別れの日の朝を迎えました。