酒からの自由ね | behindcrossのブログ

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30年以上付き合ってきた「酒」
縁を切れるかな・・・!

 飲酒してると車に乗れない。これ当たり前。だから、夕方6時以降はどっかり座って、ちょびちょびやる。足りなくなったら、夜中でも近所のコンビニへ、徒歩でいって、買い足し、寝るまで飲む。

 飲酒していないと、ちょっとどこぞの本屋へ、とか、DVD]でも借りに行くかとか、スーパー銭湯でも行ってくるはとか、映画とかいろんな選択肢が出てくる。

 いつもこんな話題ばかりだが、本来に我々には飲酒するかしないかの選択の自由がある、はずだ。いわゆる2者択一だが、本当に現実にそうなっているだろうか。夕方近くなると、ビール、日本酒のCM。これはTVを見なければいい。職場でのお誘い。ちなみに昨日参加していないのは私を含め2,3名。90パーセント以上は参加している。私の親族、姻族を含めて飲酒しない選択の男性は0。こうやって書いてると、私に50,50の選択肢は与えられていないような気がするのですが。また、環境のせいにする癖が出てきましたが。

 飲まないと5時には目が覚める。早々、昨夜は20年来飲んできた睡眠導入剤と安定剤を飲まないで寝てみた。なんと、いつもと同じに寝ることができた。

 ま、次の日休みだから不安もないので、当たり前だが、薬も20年も飲んでいると耐性ができて、効かなくなっているんだろうなって思う。もう、プラセボ効果しかないのだろうけど。

 そんな中で、早朝ラジオを聴いていると、禅の教えでの「自由」という言葉のとらえが説明されていた。英語でのfree,livertyというと何か、束縛からの解放のようなイメージだが、「自分に由来する」「自分に由る」ということらしい。要は自分というものをしっかり見つめ、何をしたいのか、何をするべきなのかを判断せよということだ。ちょっと漠然としているが、アルコール依存はアルコールに由っている。だから、夜中に買いに行かされたりする。徒歩で。自由な身ならそんなことは絶対にない。

 自由であるのだから、自分を信じよう。アルコールを一度でも服用すれば、また、アルコールに自由は奪われ、束縛感で嫌になる。

 すがすがしい朝、頼るものは自分しかいない。結局、そういうことだったのか。