断酒 57日目 どうしても連れていかれる | behindcrossのブログ

behindcrossのブログ

30年以上付き合ってきた「酒」
縁を切れるかな・・・!

 いい加減、スポーツクラブ依存でしょうか。月曜と金曜

以外は、お世話になっている。風呂も、家風呂には入らない。


 今日は、どんな記事を書こうか。


 シャワーを浴びながら、あれこれと・・・。


 そうだ、酒をのむと、体感時間が短くなる。


 これだな、と。


 飲酒している時って、妙に早く時間が進む。飲み会なんて

あっという間に終わってしまう。


 よく、暇つぶしに飲酒をしていた。


 つれあいが、PTAだの少年団だのついて行ったりして、遅

くなるときは、飲んで待つ。必ず。そうすると、あっという間に

時間はたつ。


 あ、帰ってきた・・・。


 なんだこりゃ。自分の母親でもあるまいし。いつも、帰って

くるとうれしい。帰ってくるまで不安だ。


 私は、昔から待たされることが、大っ嫌いだ。


 だから、人も、待たさない。どこぞのお宅を訪問するときも

早く着いたら、玄関の近くで待ち、ちょうどになったら、ピンポ

ンをおす。


 また、話がずれてくる。


 本とは、体感時間のことを書こうと思っていた。


 

 シャワーを浴びながら・・・。


 そういえば、いつからこんなになったのだろう。


 幼少のころ、母も働いていた。父と同じ工場で。


 二人して働いても、薄給で、貧乏だった。それで二人とも

いつも残業していた。


 そうだ、いつも母が帰ってくるのを日が暮れるまで待ってい

たのだ。



 そうだった。自分の性格を形作っている、幼少の記憶が

蘇ってくる。


 母は、毎日遅くまで待っている私のために、貧乏ながらも

当時、せんべいの入っていた、長方形の、今の海苔の缶の

ような入れものに、駄菓子を入れておいてくれた。


 それを、楽しみに、学校から帰ると食べていた。


 残業の時は、配給されるパンを持ってきてくれた。


 そうだった、愛情深い家庭だったではないか。たとえ貧乏で

あっても、精一杯、愛情を注いでくれたではないか・・・。


 シャワーの中で一人泣いている自分がいた。シャワーの中

なら誰にも気づかれない・・・。 


 今、こうやって、ブログを書いていても、ダメですね・・。


母は、その後、私が小学校2年くらいの時に、腰を痛め、寝たき

りになる。


 今は要介護ながらも、生きながらえている母。時ににつらく

当たってしまう。


 少し、見えてきました。依存症者はは同じ屋根の下に二人は

住めないといって、父につらく当たってきた。


 自分の問題を、親や環境のせいにしてきた。


 辛いけど、少しづつ見えてきました。涙の向こうに・・・。