なお、今回は(も)文章ばかりの内容ですので、時計に興味の無い方、「画像はねぇのかよ?!使えねぇなっ!」──と、資料探しで閲覧されている方はどうぞ遠慮なく【戻る】ボタンを押して回れ右で即刻退場していただいて結構ですw
そしてまぁ…今更なんですが、オイラがここで書く内容は自分がネットで調べて得た情報と現物から読み取った手掛かりを元に憶測などを交じえながら書いているコトと、自分は時計に関してはまだまだ素人で間違った記述をしている場合も十分有り得るため、資料としての信憑性や情報の正確性を保障するものではない(信じる・信じないは閲覧者の判断に委ねる)というコト、この記事が元で如何なる不利益や損害を被っても私は一切責任を負いかねますコトを予め明記しておきます。
以上のコトをご理解して頂いた上で「それでもいいよ~」という方だけ暇つぶし半分、話のネタ半分程度に読んでやってつかぁさい…σ(^^;)
んじゃ、ボチボチ書いていきます。
まず、この時計の名前は“MEDIS”(メヂス、又はメディス)と言います。
わざわざ市内の東○ハ○ズまでルーペを買いに行き、文字盤の印字を確認して判明しました
そして意を決して浴室(※)でこのメヂスの裏蓋を開けて中を確認。
(※浴室を選んだ理由は埃が舞いにくい場所を考えた際、適度に湿気があって埃が溜まらない場所はここしかないから。クラカメを修理する際に埃がレンズ内に混入しないように組み立てる時、現像済みのネガを整理する時も実は浴室をクリーンルーム代わりによく使っていますw)
なお、スマホのカメラでは接写が出来なかったため、あいにく裏蓋を開けた際の写真は撮れませんでした…(汗)
デジモノには疎いため、デジカメの画像をスマホでアップする方法や手段が分かり次第、いずれ画像は載せます。
なので、ここからはオイラの拙い文章でご勘弁を…σ(^^;)
まず、裏蓋を開けて目に飛び込んできたのは経年による汚れ(?)で煤けたように茶色くくすんだ機械がそこにありましたが、よく見ると高価な機械式時計の機械に装飾として施されるという【コート・ド・ジュネーブ】の美しい筋目仕上げが為されており、特に錆も見当たらず。
地金の各部にはしっかり“MEDIS”“15JEWELS”“3ADJ.”“SWISS”、裏蓋の内側には製造番号らしき6桁の数字の刻印、“WATCH CASE”“○H○RM?○”“NI○○E?○”と刻印され、さらに裏蓋内側の縁の外周に沿って“HIGH CLASS”“CROWN WATCH CASE”と浮き彫りの刻印がありました。
(※○の部分は完全に判読不可、文字の後の?の部分は刻印が薄かったり、傷があったりと不鮮明で、おそらく“M”と“E”だと思います…汗)
一部、刻印が読み取れなかったり、刻印の意味が分からない箇所(“3ADJ.”など)もあり、詳しいコトは不明ですが、刻印を信じるならこの時計に積まれている機械はメヂスが作った(若しくはエボーシュから機械を買い付けて加工・調整した)スイス製の15石というコトになり、スイス時計で間違いないと思います。
地金の仕上げや使われている石の数から素人目に見ても決して安物な機械という感じには見えず、「当時としてはそこそこ高級な部類だったのかも?」という印象を受けました。
んで、ここからはネットで得た情報なのですが、このメヂスというのはおよそ100年くらい前にスイスのアルプス山脈に程近いジュラ山脈にあった“ジュウ渓谷”という時計作りが盛んな地域(日本のかつての火縄銃の産地で例えれば和泉国(大阪府)の“堺”や近江国(滋賀県)の“国友”や“日野”といった、職人の集まった土地)に100社以上存在したとされる大小様々な零細企業に近い(?)時計メーカーの一つだった、らしい(←ソースはこのメヂスの時計を所有されている方のネットの記事に書かれていた記述によるものなので、情報の真偽については確証が持てず…)。
そして現在は既に存在しないメーカーのようです。
まぁ、分かった情報は本当にこれだけで、海外のアンティーク時計を扱ったサイトなどを調べても全く情報が出て来ないコトから、おそらく短い間だけ存在し、ひっそりと消えていった忘れられたメーカーの一つで、あまりまとまった数の時計は作られていないであろうコトが想像出来ます。
結局年代もハッキリしないため、どれほどの年月が経った品かは分かりませんが、腕時計が本格的に商業向けとして販売され始めたのは第一次世界大戦(1914-1918)以降、懐中時計の生産量が腕時計に抜かれ、庶民にも腕時計が普及し始めたのは1920年代末~30年代初頭と言われているそうなので、長く見積もって90年以上、少なくとも70年くらいは裕に過ぎているだろうと推測されます。
どちらにしても、オイラの死んだ父親よりは年上、そして我が家のじい様よりは年下の“おじいちゃん(もしくはおばあちゃん)な時計”というのは確かでしょうね。
70年、80年以上は過ぎ、OH歴も分からないながら、特にトラブルもなく今のところ元気に動いているのだから、機械式時計は凄いなぁと思うのと同時に、この当時の小型の腕時計は時代の先端を行く技術の結晶だったであろうこういったアンティーク時計も、今の廉価な機械式時計では考えられない手の込んだ作りはなかなか侮れないなぁと、改めて再認識させられた時計でした。
こういった時計はブランドやグレードが云々ではなく、厳しい風雪に耐え、大きな大戦を乗り越え、長い年月を経て今日まで生き残ってきたコトに“価値”がありますし、中身を見た限りでも普通にいい機械を積んでそうな感じですから、これは絶対にOHしなきゃいけませんね。
こうなると多少の投資は覚悟してもそれならにしっかりしたパリス環ベルト、そして余裕があれば防塵ケースも揃えてやりたいところです。
Android携帯からの投稿