今日は… | 華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

父親の祥月命日でしたので家族3人(じい様、母親、私)で墓参りに。

この前(5日ほど前)、お墓の掃除も兼ねて墓参りしたばかりですが、じい様や母親をお墓まで連れて行ってやらねば遠いので。

早いもんでもう3年経ちました。

元々私は生涯を通して父親と一緒に過ごした時間はそう長くなく、普通の家庭のような団欒らしい団欒というものをほとんど経験していない親子でしたから、自分は普通の家庭の息子に比べると父親に対してはかなり薄情で冷めた物の見方をしていたヤツかもしれない。

ただ、実際に父親を亡くして初めて父親に対して涙を流し、悲しみというものを知り、少しだけ人間らしい感情を取り戻した気がする。

ロクでもない父親でしたが、そんな父親でも親は親。

産みの親としては感謝している。

遊び人だっただけに遊びに関しては名人で、幼い頃は父親が子供の頃に遊んだ遊びやナイフを使ったオモチャの作り方を教えてくれたり、よくパチンコや競馬、競艇、夜のキャバレーやスナック、雀荘、ビリヤード場なんかに連れて行ってくれ、“口止め料”と称して当時はまだ珍しかったファミレスでステーキやハンバーグを内緒で食わせてくれたりもした。

今にして思えば、仕事人間でロクに子供と遊んでやらない父親よりも子供と遊ぶ時間を何よりも楽しんでいた私の父親は人として“ダメ”だけど、親としてはずっと“マシ”だったと思う。

基本的に父親は温厚な性格だったから、酔っ払ったり、ギャンブルに負けた憂さ晴らしで家族や子供に暴力を振るったりするようなタイプの人ではなかったから、記憶にある限り自分は父親に怒られたり、殴られたりといった経験は全くなかった(※逆に親代わりだったじい様は躾や礼儀に厳しく、叱られたり、ぶん殴られたりはよくあったw)。

ロクに親孝行らしいコトはしてやれなかったから、せめて墓参りと掃除くらいは欠かさないようにしてきたけど、それも今となっては当たり前の日常として受け入れつつある。





しかし、父親の祥月命日に墓参りに来てふと思ったが、自分が死んだ時、果たして骨を拾ってくれる身内、弔ってくれる遺族や友人はいるのかなぁと、疑問に感じる。

「別に死んだ後のコトなんて知らんがな(-.-)y-~~~」と、いつもならそう思うし、実際そうなんだが、いざ自分の死後(葬儀や墓、遺品整理や相続はどうするのかなど)を真剣に考えた場合、気掛かりではある。

もう、半ば独身を貫くつもりでいる自分だけど、そんなまだ先の話なんて考えたくないなぁ…(´Д`)



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