例の怪しい時計屋に… | 華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

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ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

昨日の話になりますが、昨日(12日)の午後、例の怪しい時計屋のシャッターが開いているのを確認し、思い切って突入してきました(`・ω・´)ゞ

んで、中に入ると……そこにはおとぎ話に出てくるのとは違うリアルなドワーフが………((((゜Д゜;;))))ガクガクブルブル…






























と、思ったら…一時期ネットで流行った“小さいおじさん”ならぬ“小さいおじいさん”だったwww

ランニングシャツと半ズボンというラフな格好に、盆(?)を団扇代わりに左手でパタパタ扇ぎながらテレビを観ていて、右手には缶ビールを握り、テーブルの傍らにはおつまみがあった…。

そのあまりに生活感のある店内(?)の光景に「え?え?アレ…??オイラ…来る場所間違えた…???」とかなり焦ったんだが、老人はオイラと目を合わせても特に何のリアクションもなく、数秒の間が流れてようやく嗄(しわが)れた声で「……いらっしゃい」とだけ言葉を発した。

何が何やら状況をよく理解出来ていないオイラに「どしたんじゃ…坊や。キツネにつままれたようなショボくれた顔をしよってからに」と、じいさんはのほほんとした顔で言葉を続ける。

坊やって……オイラもいい歳のオサーンなんだが…(´・ω・`)

そのじいさんの言葉でようやく我に返り、「あー…ここは時計屋?」と確認すると「まぁ……一応そうじゃな」と、歯切れが悪いがそう答える。

明るい場所から薄暗い店内に入って目が慣れていなかったのと、この思いっきり生活臭のするドワーフ(笑)みたいなじいさんのインパクトが強過ぎて最初は気付きませんでしたが、よく見ると店内の壁には所狭しと古い掛け時計が掛けられ、左右両サイドには古いガラス張りのショーケースが並べられている。

「じいさん、この店は営業しとるんか?」と念のため尋ねると「そうじゃよ。ただ…最近は歳のせいで通院せにゃあならんから、店は閉めとる日んちが長いのう…」と言う。

なるほど……これで少し疑問が解けた。

最近、シャッターが閉まっているコトが多かったのは病院に行くために“休業”していたワケだ。

それにしてもこのドワー…じゃなかった、
このじいさん…いくつなんだと思い、歳を尋ねてみると「今年でいくつじゃったかのう…」としばらく思案し、「生まれは………大正2年…いや、元年じゃったか…いや、3年くらいじゃったような気がするが……昭和、平成とコロコロ変わりよったからもう忘れたわ(苦笑)」と答えた。

大正元年~3年の間……ウチのじい様が明治41年(1908年)生まれの106歳だから、というコトはウチのじい様と大して年代は変わらないようだ!Σ(-ω-;ノ)ノオォ…

腰が曲がって杖をついているあたり、まだ杖なしで普通にシャキシャキ動いて頭もしっかりしているウチのじい様よりもずいぶん老け込んで見えますが、元気なもんだw





じゃあ、あの電波でキ○ガイじみ貼り紙、“土田酔い”は何なんだと尋ねてみると「ありゃ~子供のイタズラじゃよ。【二日酔いにつきお休みします】と書いたんじゃが、どこぞの子供が“二日”に縦の棒線を足して“土田”にして遊んだんじゃろうに」と言っていた。

ずっと気になっていた“土田酔い”の真相は“ガキのイタズラ”だったのかよwww

そういや…縦の棒線の部分は少し細いマジックで書かれた感じだったような気が……(汗)

コレを思い付いたガキはなかなかいいセンスしてやがると思った反面、今も昔も悪ガキはロクなイタズラをしないなぁとつくづく感じました…(;´Д`)





何だが散々振り回されましたが、ようやくこの開かずの時計屋に潜入出来たコトなので、早速潜入した目的として店内の下見。

しかし……ショーケースの中を見てみると何か違和感が…。

確かに陳列されているのは古い腕時計で機械式のようなんだが、値札が付いてない。

代わりに何やら人の名前や数字らしきものが名刺大の厚紙に手書きで書かれたものが腕時計ひとつ一つに添えられ、中には人が写った写真も飾られている。

しかもよく見てみると並べられた腕時計は新品とは思えない傷や汚れのある中古品のようなものもある……。

いや、どうみても中古品だった。

オマケにそれらはメーカーや駆動方式、新旧もバラバラ。

反対側のショーケースは腕時計と打って変わってこちらは懐中時計屋や目覚ましばかりで腕時計コーナーと同じように謎の文字が書かれた名刺大の厚紙が懐中時計や目覚ましひとつ一つに添えられている。

「こりゃどういうコトじゃ?」とじいさんに尋ねると「そこにある腕時計や懐中時計は持ち主の生きた証じゃよ」と答えた。

一瞬、何を言っているのかサッパリ分からず、思わず聞き返してしまったが、じいさんの話によると「そこにある時計はわしが長年お客さんから修理や調整を頼まれて面倒を見てきたものなんじゃが、懇意にしておったお客さんが亡くなったりした時に遺族から時計を譲ってもらったり、時計のOHを依頼されたものの時計を返す前に持ち主が亡くなったりなどで行き場を失った時計たちじゃよ」と語る。

何でも、その持ち主だったお客さんや時計を弔う意味で最初はショーケースの上に小さいながら祭壇を作って持ち主の命日毎に時計をおいて手を合わせ始めたのがキッカケで持ち主を失った時計たちの展示コーナーを作ったらしい。

つまり、左右両サイドのショーケースと壁に掛けられた時計たちは亡くなったお客さんの遺族から寄贈されたり、持ち主が亡くなって行き場を失ったりで集まった展示品──身も蓋もない言い方をすれば“非売品”になるようだ。

そして紙に書かれていたのは元の持ち主の名前と亡くなられた命日だった。



※過去に何度も時計マニアや業者であるコトを隠した古物商が譲ってほしいと持ち掛けられたそうだが、どんなに大金を積まれても売るつもりはないとして一律に断っているらしい。



なるほど……この時計屋が地元では昔から“開かずの時計屋”と噂されていたのも、店主の通院で休業が多いというのとはまた別に、持ち主や時計を弔うために飾っていた展示品を無分別な輩から売買目的の目で向けられる、押し掛けられるのが嫌で店を閉めがちにしていたコトもそう呼ばれた由縁なのかもしれない。

この一角にある時計たちは持ち主だった方々の人生や生き様、思い出を帯びたいわゆる遺品──位牌やお墓も同然なんだと思うと、とてもコレクション目的や営利目的で売買なんて出来るはずがないですね…。

この話を聞くまで知らなかったとはいえ、一瞬でもコレクション目的でアンティーク時計を漁ろうなんて考えた自分の俗っぽさや罰当たりな考えが本当に恥ずかしくて情けない……。

ここのじいさん、本当に心から時計を愛し、かつて縁のあったお客さんを大切にしているんだなぁと感じました。

何か、しんみりしてしまって腕時計の下見どころではなくなってしまったため、この日は「じいさん、また来るから店を開けといてくれよ」と言い、帰りました。

帰り際「また遊びに来んさい、坊や。生きとれば店は開けとるよ」と、じいさんは言うので「ウチのじいさんよりは若いんだからまだくたばるなよっ」と、また近いうちの再会を約束しました。

収穫らしい収穫は何もなかったんですが、じいさんが座っていた側のショーケースや棚、壁には普通に値札の付いた時計があったコト、こういう歴史のありそうな老舗の時計屋とお近付きになっておけば何か“いい物”が引き出せるのではないかという下心(笑)があるのと同時に、純粋にいろんな時計が飾られた展示コーナーに興味を惹かれたので、次にまた訪れるのが楽しみ。

次に訪れる時は手土産に何か持って行ってやろうかなぁと考えてみたり(苦笑)

冷やかしというのも何か悪い気もしますし…σ(^^;)



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