誕生日祝いの意義を履き違えている人間があまりに多いコトに激しく疑問を感じた件 | 華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

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唐突だけど、皆さんは自分自身の誕生日祝いについてどう思いますか?

何の話じゃという話ですが、どうも皆さん、“誕生日は祝ってもらって当然”と思い込まれている方があまりに多いんですよね、うん。

でもさ、オイラは思うんだが、誕生日祝いって自分自身じゃなくて自分を産んでくれた親、育ててくれた親を祝い、感謝する日じゃないのかって思うんですよ。

そりゃ、自分は過去のコト(不倫、離婚、家庭崩壊、借金地獄、極貧体験)があるから未だに両親のコトは完全に許しちゃいませんが、こんなロクでもない親でも“生みの親”には変わりはないし、産んでくれたコトに関しては素直に感謝の念を持っている。

父親が2年前に亡くなり、その間、父親の遺品整理やら片付け、回忌を重ねるうちに子供の頃の父親との思い出を(良い意味でも悪い意味でも)思い出し、最近ようやく父親を許してやってもいいかなぁと思えるようになり、ロクに親孝行してやらなかった父親の分を母親にしてやろうという気にもなった。

今では毎年、私の誕生日には母親とじい様を連れ立ち、メシを振る舞って母親とじい様を祝う。

(※普段は外食嫌いの自分だが、この日ばかりは待ち時間にイライラしながらも我慢する)

誕生日は産んでくれた親、育ててくれた親に感謝し、孝行する日──こういう考え方が出来るようになったオイラも多少は大人になれた気がするよ…この歳になってやっと(笑)



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