【人は誰でも幸せになる権利がある】──誰が言ったか知らんが、こんな言葉がある。
読んで字の如くに解するなら“幸せは誰でも平等に得られる機会がある”というコトだが、オイラはこの言葉は全く信じちゃいない。
何故なら、幸せになりたいという“希望”は誰にでも開かれているが、全ての人間が希望通りの幸せになれるとは限らないし、どんなに努力しても報われないヤツ、何も努力しなくても簡単に幸せが掴めてしまうヤツだっているこの世界。
そんな何をやってもやらなくても運次第で幸せにも不幸にも転んでしまうこの不平等で不公平な現実を前にし、それでもこの言葉を真顔で言えるか?
幸せになりたくてもなれなかったヤツはこの言葉を聞いてどう思う?
幸せになる権利を持ちながら幸せになれなかったヤツはどうなるんだ?
幸せのために努力しても報われなかったヤツはどうすればいいんだ?
これほど無責任で残酷な言葉ないと思う。
少なくともオイラは自分が望んだ“幸せ”はことごとく売り切れで、幸せとは程遠い場所にいる人間だから言えるけど、そう軽々しく“誰でも幸せになれる云々”を語る偽善者は反吐が出るほど大嫌いだ。
そういう理想論を臆面もなく語るヤツは何も努力せずとも幸せになったヤツか、努力が報われない苦しさや悔しさを味わったコトがないヤツだからそんな奇麗事が吐けるんだと思うよ。
クソ食らえだ。
まぁ、オイラのこの能書き(妬み恨み辛み)を読んで不快に感じられたら申し訳ないが、オイラは皮肉屋の批評家だからこう毒のあるボヤキしか書けないわ。
オイラを劣等感の塊というならどうか好きに笑ってやってくれ。
もとより、このボヤキを書いてる時点で半分自虐が入ってるから…(-.-)y-~~~
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