いや、あれですよ。
実家の物置部屋や押し入れを整理(というか物色…苦笑)してこれまで発掘したカメラの総数ですが、過去に自分や家族が使っていたモノや父親の遺品、そして写真屋だった母方の祖父の仕事道具も含めれば現在確認した限りでは72台(明治末期~戦前のモノは17台)。
戦後のカメラ(50~70年代)は父親とじい様、じっちゃんが愛用していたモノが大半だろうから、出てくるコト自体は別に珍しくないですが、戦前、戦中のカメラは庶民にはまだまだ手の届かない非常に高価な品で、それこそ高嶺の花でしたでしょうから、戦前のカメラが17台も実家から出てくるのにはさすがに驚きました。
まぁ、最初にも書いた通り、じっちゃんの家は代々写真屋で、商売道具として必要だったからカメラを複数持っていたコトは容易に想像出来るとして、実家のじい様が戦前に愛用したモノもそれ以上の数が出てきたのだからすごい…(汗)
実家は昔、そこそこに名の知れた地主だったとは聞いたコトがあり、当時の平均的な一般家庭よりはかなり恵まれていたみたいですから、もしかしたら戦前の実家は経済的に割と裕福で、カメラを気軽に買って楽しむ余裕があったのかな???
その証拠に明治中頃~末期、昭和初期までの写真(じい様やばあ様の20代頃の写真やひいじい様、ひいひいじい様が存命中に撮られた家族写真、実家の風景写真など)を収めたアルバムが20冊ほど出てきたコトからも、当時の一般家庭よりもカメラが身近な道具として我が家にあったコトが窺い知れます。
どうやら我が家のカメラと写真との縁は相当深いようで、もはや家系的というか、我が家の血筋、DNAに刷り込まれているのかもしれませんね…(^^;)
ちなみに発掘したカメラの72台のうち、長年放置されたモノも多いためか、赤錆まみれで朽ちて、完全なスクラップは24台。
明治末~戦前のカメラはほぼ修復不可能なまでに全滅していましたので、やむなく全て廃棄処分…(-_-;)
そして残った48台のうち、現在持ち帰ったのは12台。
比較的程度がいいモノからデザインが気に入ったモノ、思い出深いモノを中心に選別して持ち帰り、あとは実家に保管している状態。
本当は全てのカメラを引き取って点検なり修理なり出してやりたいところですが、30台近いカメラを保管するスペースに困るし、全てのカメラの点検・修復は金銭面を考えた時、とてもじゃないけど現実的に無理…(汗)
なので、残りのカメラの処遇は現在検討中。