もう一度、会いたいな… | 華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

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ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

こんばんわ、南部廣洲です。





ブログを読まれている方はすでに知っているとは思いますが、今日は昨日亡くなった父方の祖父の告別式に行ってきました。





昨日は散髪が終わったあと、すぐに礼服の支度し、じっちゃんが安置されている平安祭典の葬祭場にある控室に親父と私、伯母、伯父の4人で泊まり、じっちゃんと一晩を過ごしました。





普通のお葬式ならこの日は家族や親類縁者などが集まり、お通夜をするのが一般的なんでしょうが、何故かそういうのは一切なかったです。





そういえばじっちゃんは生前、神道系(?)か何かの宗教を熱心に信仰していたらしく、昔誰に私の父方の方のお葬式は少し変わってると聞いたような覚えがあるので、たぶんそれが理由なんでしょうね。





そのため一般的な仏式(私たちの場合は浄土真宗)のお葬式のようにお通夜というものはありません。





そればかりか、お葬式では必ず供えられるはずの【献花】や【果物】といった物は全くないし、【お経】や【線香】【焼香】といったコトも一切行わないので、葬儀場内にはマイクスタンドが2つ、棺桶とじっちゃんの遺影…――そしてその上には宗教を開いた教祖のモノクロ写真がぽつりと飾られるのみ――。





さらに告別式の内容も最初と最後に御祈詞(おいのりのうた)というお経の代わりみたいな歌をそれぞれ10分くらい歌い、その間を挟んでじっちゃんの信仰していた宗教の偉い信者の方と遺族代表の伯父がそれぞれ挨拶をするだけの何とも無味乾燥な進行。





私のように浄土真宗(西本願寺派)の礼式や作法しか知らない者にとっては、じっちゃんの信仰していた宗教に則ったお葬式は何とも質素で寂しいものでした…。





でも、こういう形での式をじっちゃんが望んでいたのであれば、じっちゃんの意思は最大限に尊重してあげたいし、これでじっちゃんが安心して眠るコトが出来るならこれが残された私たちに出来る一番の供養だと、後になって気付きました。





そもそも、他宗教の私がどうこう言える問題じゃありませんし、ヒトには信教の自由というモノがあり、それを無下に否定したり、強制したりする権利は誰にもありませんからね…。





それから告別式が終わり、私たち家族と親類の伯父さんたちでそれぞれ車に分乗して火葬場に向かいました。





最後の別れ際、じっちゃんの頭に手をのせて、心の中で「今までずっと可愛がってくれてありがとう。じっちゃんからもらった命、大事するよ」と伝えて、両手を合わせて見送りました。





先週くらいから体調を崩し、肺気腫で入院して以来、少しずつではあるけど、体調も良くなって退院もいつか出来るだろうと思っていた矢先、呼吸困難による心肺停止で亡くなったと聞いたときは本当に驚きました。





近いうちにお見舞いに行こうと考えていたのに…、一度もお見舞いに行けなかったのは何よりも心残りで残念です…しょぼん





でも、死に顔は一見眠ってるだけにしか見えないくらい穏やかで、微かに笑っているようにも見えたので、あまり苦しまずに逝けたのかなと思いつつ、正直安心もしていますニコニコ





……最後に、もう一度だけ会って、話がしたかったな…しょぼん





何か…、じっちゃんの顔を思い出してきたらちょっと書くのがしんどくなってきたので、続きは明日書きますね……。