猫の相談は犬ほど多くはありませんが、困った行動に耐え忍んでいる飼い主さんは結構いらっしゃるんじゃないかと思います。
そのひとつが、トイレ以外の場所での排泄ではないでしょうか。
伝言板などの「子猫もらってください」の記事に、「トイレのしつけ済み」と書いてあるのをよく見かけますが、猫が一般的な砂のトイレを使用するようになるのは、しつけ、いわゆる訓練によって身につくものではありません。生まれ持った習性を利用しているだけです。「トイレのしつけ済み」の子猫は、ある程度成長し、寝床から離れた場所に置いてあるお気に入りの素材が敷かれた静かな場所を見つけると、そこを排泄場所として使うことを決めることができるようになっています、という意味です。
それがふつうの猫トイレなら飼い主さんにとっても猫にとってもハッピーです。
しかし、様々な理由から、トイレを使わなくなったりトイレ以外の場所でも排泄するという行動が見られることがあります。
今日はその中の一つ、マーキングが原因の不適切な場所での排泄行動で来院された猫さんの話を書こうと思います。
初老のご夫婦が飼っている若い女の子で、避妊手術を受けていない猫でした。
広いお家の2カ所に置かれたトイレでもちゃんとおしっこ、うんちもするのですが、部屋の壁や床、ソファ、玄関、台所、飼い主さんのベッド、はては新聞を読んでいる飼い主さんの身体にまで、一日に何カ所もおしっこをぴゃっとかける、とのことでした。
おしっこを調べたら膀胱炎の兆候がありましたので治療をすることにしました。ですが、お話から行動の問題であることが明白だったのでそちらの治療も同時におこなうことにしました。
まず、お家の見取り図を見せていただきます。トイレの場所や、お気に入りの場所を書き込んでもらいます。その子は庭に出る子だったので、外の排泄場所も聞き取ります。
そして、経歴や家族構成、生活パターン、食事の内容、誰が食事を与えるかなどについて話をきいていきますと、だんだん原因が見えてきます。
その家では、一年ほど前まで大人の雄猫が同居していました。その猫もマーキングをしていたのですが、その子が亡くなってからくだんの雌猫がするようになったとのこと。
見取り図を見ますと、お家の庭側、つまり南側と西側にマーキングされる場所が集中していることがわかりました。
「外に野良猫やよその猫が遊びに来ませんか」と尋ねると、「毎日来る」とのことでした。
この子がおしっこを直接かけるのは、ごはんをくれるお母さんよりも外に出してくれるお父さんが多く、ベッドもお父さんの寝ている側にかけているようでした。
サスペンスの犯人探し(動機さがし?)のような気分になりませんか(^^)
どうやらこの猫ちゃんは、今までよその猫を排除してくれていた雄猫がいなくなったために、縄張りを守らなければならなくなり、それでもいなくならない侵入者に対する不安が原因でマーキングするようになったのではないかと思われました。
縄張りを主張するためのマーキングは正常な行動です。このケースだと、庭に数箇所マーキングする程度が妥当で、室内ではしなくても良いはずです。
室内であまりに頻回にマーキングしている、ということが異常な行動であり、不安症という診断の根拠になりました。
行動学的なアプローチとしては、猫の場合、環境操作が最も効果的です。
不安をなくすためにできることを考えて色々試すわけですが、まずよその猫を家の敷地内に入れないこと…これは難しいということでした。近所の猫ですし、毎日箒を振り回すわけにはいきません。猫の侵入を防ぐ方法はいくつかありますが、確実なものはありません。堀でもなければ無理です。
となれば、猫の縄張りを確実に安全な場所に限定してやるのが良いと考えました。
外出をやめ、一部屋を猫部屋にしてそこでゆったり過ごせるよう工夫するのです。外に出さないの?可哀想、と思われる方もいらっしゃいますが、この子の場合、外に行きたがるのは不安だからです。出して出して、とアピールするのは遊びたいからではないのです。ですので、居心地の良い室内環境を整えましょうということになりました。
6畳ほどの洋室の角に棚を二つ直角になるように置き、段の高さを互い違いにして高いところでくつろげるようにしてもらいました。窓にはカフェカーテンのようなものをかけて、外が見えにくいようにしてもらいました。その部屋にトイレをおき、食事ももっていくようにしたところ、この猫ちゃんはすっかり気に入って、その部屋で過ごす間は一切マーキングしなくなりました。
たまに玄関へ脱走してしまうとかけてしまう、という行動が後々残ってしまいましたが、それでも相談前に比べればずいぶん改善し、なにより落ち着かなかった猫が棚の上で幸せそうに眠るようになったことに飼い主さんは満足してくれました。
猫や犬にも不安症があり、時には薬も使います。この子も半年間ほど処方しました。
今はサプリメントでも抗不安作用があるものがあり、使いやすくなっています。
日本では獣医行動学はまだまだ取り組む臨床医が少ない分野ですが、アメリカで専門医の資格を取った先生が二名になりました。国内でも専門医制度ができ、認定医が次々誕生しています。
でも、やっぱり必要なのは「うちの子の獣医さん」が行動について関心を持ち、それは異常な行動じゃないから心配しなくて良いけど、こうした方がいいよ、とか、それはちょっと詳しい先生に相談した方がいいよ、と言ってくれること、だと思っています。
そんなことを思いながら、地域の臨床獣医師の勉強会に参加しています。
