2024年4月9日(火)

 このところの今ひとつパッとしない天候のもとで、ソウル(南部)の桜は満開を迎える前にあえなく散り始めてしまっている。

 それでもこの週末は花見日和の上天気で、近所の河畔には大勢の花見客が繰り出して(もう少しで満開になるだろうという)桜の花を愛でていた(実際ほとんどの人々は桜を背景にした「自撮り」に夢中で、花を愛でるというより自分たち自身を愛でているようにしか思えなかった)。

 人間嫌いの私は花見客たちを避けるように川べりから少し離れた(桜の木のほとんどない)市民公園の中をスマートフォンでクラシック音楽を聴きながらひとり黙々と歩き続けた(そこは亡き愛犬と何度か散歩したことのある懐かしい場所でもある)。

 そんな私としては、桜の花がかなり散ってしまった今、散策コースの川べりが再び人気(ひとけ)の少ない静かな空間に戻ってくれていることを期待しているところである。

 

 

 今回は前回の記事の補足だが、YouTubeで故マウリツィオ・ポリーニの演奏を色々渉猟していたところ、2014年のドキュメンタリー映画「マウリツィオ・ポリーニ/巨匠の手から」(原題:Maurizio Pollini, De main de maître)がアップされているのを知った(英語字幕付き)。

 

 

 監督は「スヴャトスラフ・リヒテル 謎(エニグマ)」(https://www.youtube.com/watch?v=ZNmb7It0G7c あるいは https://www.youtube.com/watch?v=A5GkKEwZmPo)や「グレン・グールド~アルケミスト(錬金術師)」、「グレン・グールド~ヒアアフター」など、クラシック音楽(家)に関する数々のドキュメンタリー映画で知られるブリュノ・モンサンジョンで、ポリーニ本人へのインタビューを通じて幼少期から2014年現在に至るこのピアニストの音楽人生を駆け足で辿っている。

 

 

 父母を始めとする芸術家気質の濃厚な家族に囲まれて幼時から音楽的才能を育まれ、わずか18歳でショパン国際ピアノ・コンクールに優勝したことで世界のクラシック音楽界の注目を浴びながら、より広いレパートリーの開拓とさらなる音楽的研鑽を積むため数年にわたってコンサートをキャンセルし、名匠アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの下で学ぶなど、このピアニストの生真面目で誠実な人柄がよく窺われるエピソードが次々と披露される。

 同郷ミラノ出身で年長の友人でもあったクラウディオ・アバドとの交流や、ソ連のチェコスロヴァキア侵攻を公然と非難した共産党への共感をきっかけに始まった政治活動への言及もあり、これまでCDやYouTubeの演奏でしか知らなかった(そしてその演奏が余りに精確無比なため時に機械的で冷たいとも言われる)マウリツィオ・ポリーニというピアニストが、暖かい血肉を備えたひとりの人間として身近に感じられる内容となっている。

 

 

 インターネットの記事によれば、今作で取り上げられている楽曲(抜粋)は以下の通りである。

 ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第3番」、「ピアノ協奏曲第5番」、「ピアノ・ソナタ第26番」、「ピアノ・ソナタ第27番」
 シューマン「ピアノ協奏曲」
 ショパン「ピアノ協奏曲第2番」、「即興曲第3番」、「前奏曲第16番」、「前奏曲第8番」、「スケルツォ第3番」

 ドビュッシー「前奏曲 風変わりなラヴィーヌ将軍」、「前奏曲 西風の見たもの」

 プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第3番」
 バルトーク「ピアノ協奏曲第1番」、「ピアノ協奏曲第2番」
 ルイジ・ノーノ「Sofferte onde serene」
 シュトックハウゼン「Klavierstuck X」
 ブーレーズ「ピアノ・ソナタ第2番」

 

 

 ポリーニの生まれ育ったミラノでは数多くの有名音楽家が頻繁に訪れて演奏会を開いていたそうで、幼少期の思い出としてアルトゥール・ルービンシュタインやヴァルター・ギーゼキング、クララ・ハスキル、エドウィン・フィッシャー、ヴィルヘルム・バックハウス、アルフレッド・コルトーなどの懐かしいピアニストの名前が言及されている(これにウラディミール・ホロヴィッツやヴィルヘルム・ケンプを加えれば、前回の記事では記さなかった20世紀前半の世界的ピアニストがほぼ網羅されると言って良いだろう)。

 

 このドキュメンタリー映画、惜しむらくは1時間に満たない短さだということで、70年近くの長きにわたるポリーニのピアニスト人生に関して、詳細で貴重な証言をもっと聴いてみたかったものである。

 

 最後に、この映画を監督したブリュノ・モンサンジョンによるグレン・グールド関連動画が数多く紹介されているYouTubeのプレイリストも以下に紹介しておきたい。