2023年12月19日(火)
当ブログでも生誕100年や歿後50年といったテーマを何度も採り上げて来たのでこんなことを書くのは心苦しいのだが、個人的には50年だの100年だのといった区切りに何か特別な意味があるとは(ほとんど)思っていない。
それでも暇にあかせてインターネットなどを眺めていると、そうした「周年」関連の記事に行き当たることが少なくない。大手新聞社にしては珍しく今のところ無料で読めるため頻繁に覗いているウェブサイトに英国ガーディアン紙(The Guardian)があるが、同紙でも映画や音楽関連でそうした「周年もの」の記事をよく目にする。
今回それらの記事で採り上げられていた映画を何本か見返してみたので、簡単に触れてみたい(50年前の1973年は、米国映画に限っても他に「スティング」や「アメリカン・グラフィティ」(★)、「ペーパー・ムーン」、「パピヨン」、「追憶」、「さらば冬のかもめ」、「イルカの日」、「燃えよドラゴン」、「ジーザス・クライスト・スーパースター」などの傑作や有名作が目白押しだった)。
★当ブログの関連記事→https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12818895940.html
まずは最初に写真を掲げた米国映画「セルピコ」から(英紙ガーディアンの関連記事は以下を参照)。
☆Serpico at 50: a daring look at police corruption anchored by Al Pacino
https://www.theguardian.com/film/2023/dec/05/police-corruption-docudrama-al-pacino
☆Serpico review – Al Pacino is at his intense best in classic 70s corrupt-cop thriller
この作品を初めて見たのがいつだったか全く覚えていないのだが、米国公開翌年の1974年に日本で上映された際でなかったことだけは確かである(当時私はまだ7歳だった)。おそらくこの作品より前に「ジャスティス」(1979年、下の写真)という作品を見てアル・パチーノに興味を持ち、この人の主演作を1本でも多く見ようとする過程で鑑賞することになったのだろうと思う。
「ジャスティス」の方は東京南端の歓楽街・蒲田にあった二番館(というより三番館か?)の3本立てで見たことをはっきり覚えており、やはり米国公開の翌年である1980年3月に日本で上映されたこの映画を私が見たのは、(当時ロードショー公開からどれくらい間を置いて二番館、三番館に流れて行ったか分からないものの)早くても1980年後半か翌年以降ということになるだろう(私は既に中学生になっていた)。
それ以前にもテレビで「ゴッドファーザー」は見ていたはずだが、アル・パチーノという俳優に本格的に興味を持ち始めたのはこの「ジャスティス」が直接のきっかけだった気がする。もともと私は特定の俳優や芸能人に強い関心を抱くことはまずないのだが、それでも上記の二番館で主にB級映画を見まくっていた中学から高校の頃には、他にもフランスのジェラール・フィリップなどに「入れあげた」時期があった(過去記事→https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12777549251.html)。
「入れあげた」と言っても、せいぜい図書館でこれらの俳優を特集した本や雑誌(上の記事でも挙げているが、芳賀書店から出ていた「シネアルバム」など)を借りて来て出演作を「研究」したり、情報誌の「ぴあ」や今はなき「シティロード」などで出演作(主に旧作)の上映情報を調べて名画座などに足を運ぶくらいが関の山だった(当時はレンタル・ビデオもなく、古い作品を見るには名画座や私的な上映会に出かけて行くくらいしか手段がなかった)。
「ジャスティス」でアル・パチーノに興味を持った私は、それ以前の出演作を目にする機会をじりじり待ち望みながら、たまにテレビ放映される「ゴッドファーザー」や「狼たちの午後」などの有名作を見ることで溜飲を下げていたのだった。もっともこの人に強い関心を抱いていたのはわずかな期間で、その後この人が出演する「新作」を映画館に見に行ったのは1990年公開の「ゴッドファーザーPARTIII」1本のみで、「スカーフェイス」や「カリートの道」、「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」、マイケル・マン監督の「ヒート」や「インサイダー」などもビデオやDVDで鑑賞しただけで、2019年公開の「アイリッシュマン」などは未だに見てすらいない。
そんな思い出話はどうでも良いとして映画「セルピコ」に話を戻すと、テレビで度々放映されるような人気作品ではないことから、おそらくビデオを気軽に借りられるようになった1990年代以降になって初めて見たのだろう。長らく待ち望んでいた上、30代前半のアル・パチーノも脂の乗り切っていた頃の作品で、さらには上記「ジャスティス」にも通ずる「正義」や「信条」を貫き通そうと苦悩する孤高のヒーローという役柄もあって、長年の期待は全く裏切られなかった(はずである)。
実は今から5年程前にもDVDで久々に見返していて、その時はさほど強い印象を受けることなく、評点は5点満点中3点(私の基準としては平均点)に留まっている。今回改めて見直してみると前回よりは評価が上がり、私的基準で秀作や佳作を意味する3.5点を献上することにした。
・「セルピコ(1973年)」(シドニー・ルメット監督)3.5点(IMDb 7.7) 日本版DVDで再見
映画サイトで他の人の映画評を見ていて面白かった(というより驚いた)のは、「正義漢」セルピコよりも汚職まみれの警官たちの方に感情移入してしまうといった意見がそこそこ散見されたことである。
周囲の同僚警官だけでなく、彼らを指揮監督する警察上層部までもが贈収賄システムや事なかれ主義にどっぷり浸かっている中、ただ一人周囲の「空気」に染まることなく、警察のメンツ維持や賄賂収入喪失を嫌った上層部や同僚たちからの圧迫や脅迫にもめげず(それでも命を狙われることに戦々兢々としてノイローゼ気味になり、恋人や友人に不満や怒りをぶつけて関係を悪化させたりする)、不正の糾弾や追及の手を緩めようとしないセルピコの姿には、確かに現実離れして近寄りがたい超人(ヒーロー)的な印象が濃厚で、すんなり感情移入しがたいことも決して分からないではないのだが、かと言って本来の警察業務そこのけで違法ギャンブルの「上がり」を集めることに日々血道をあげ、組織全体に蔓延する不正を暴こうと奔走するセルピコの口封じをしようとする同僚警官たちに同情しようとまでは(少なくとも私は)思わない。
そもそもこの映画はニューヨーク市警の警官だった実在の人物フランク・セルピコが現実に直面した警察機構の腐敗を描いた作品であり、「スーパーマン」や「バットマン」などの能天気なフィクション作品を見て「レックス・ルーサー」や「ジョーカー」などの悪のヒーローの方が格好いいな、などと言うのとは訳が違うのである。
中には「自分の会社にもこういう人間はいるんだよな」として、まるでセルピコが周囲の大多数から逸脱した問題児とも取れるようなことを書いている人までいて、同調圧力の強い日本社会ではそれ程までに「空気を読む」ことを多くの人が当然視し、不正や腐敗を追及しようと孤軍奮闘する人間までも「空気が読めない」とか「付き合いづらい」といった観点から評価しがちなのかと訝ってしまった程である。いやはや。
ついでに上記「ジャスティス」も見返してみた。
・「ジャスティス(1979年)原題:...And Justice for All」(ノーマン・ジュイソン監督)3.5点(IMDb 7.4) 日本版DVDで再見
米国法曹界版「坊っちゃん」とも言える作品である。
「セルピコ」同様、法曹界の腐敗に次々と直面し、生来の正義感の強さゆえに弁護士本来の職務たる「依頼人の弁護」からも逸脱してしまう主人公をアル・パチーノが熱演している。自殺願望を持つ裁判官役のジャック・ウォーデンや、「ゴッドファーザー PARTII」ではアル・パチーノの「敵」である黒幕ハイマン・ロスを演じていた演劇界の重鎮リー・ストラスバーグらが実に良い「味」を醸し出している。
「悪役」ジョン・フォーサイス演ずる悪徳判事はいささか類型的で、勧善懲悪的な結末などはいささか感傷的過ぎるものの、おのれの弁護士資格喪失まで覚悟し、涙を浮かべながら陪審員に語りかけるアル・パチーノの熱い演技には惹き込まれずにいられない。
続いては、やはり今月末に公開50周年を迎えるホラー映画の金字塔「エクソシスト」(1973年12月公開)。
英紙ガーディアン他の関連記事は以下の通り。
☆‘Rarely does a film cause national hysteria’: The Exorcist turns 50
☆The Exorcist review – Friedkin’s head-swivelling horror is still diabolically inspired
☆WHY THE EXORCIST STILL HAUNTS US, 50 YEARS LATER
https://www.syfy.com/syfy-wire/why-the-exorcist-still-haunts-us-50-years-later
ただし当ブログでは続編の「エクソシスト2」や「エクソシスト3」も含め、この映画にこれまで何度も触れて来たため、今回は細かい言及はしないでおくことにする。
・「エクソシスト(1973年)」(ウィリアム・フリードキン監督)4.0点(IMDb 8.1) 日本版DVDで再見(今回は2000年公開のディレクターズ・カット版ではなく、25周年記念デジタル・リミックス版)
今作で脚本も手掛けているウィリアム・ピーター・ブラッティの原作(未読)。
その後続々と現れたホラー映画の中には今作より怖い作品が少なくないかも知れないものの、映像や演出、俳優の演技や音楽、美術やロケーション等に至るまで、全体に格調が高く心理的な怖さがじわじわ襲ってくるという意味では未だに今作が随一と言って良いだろう(拮抗しうるのはスタンリー・キューブリックの「シャイニング」か、リチャード・ドナーの「オーメン」くらいだろう)。
プロット自体は実にシンプルで、題名にある悪魔祓い(エクソシズム)の場面にしても短く、呆気ないまでにエンディングを迎えてしまうのだが、鑑賞後は単なるホラー映画とは異なる人間ドラマを見た後のような充実感が残る。悪魔憑きへの恐怖のみならず、エクソシズムを実践する若きカラス神父の人生を通じ、人間存在の悲哀や虚無までもが描かれているのが今作の特徴と言えるだろう。
暗く落ち着いた色調を湛えた映像は終始素晴らしいのだが、白い息を吐き出しながら演技する俳優たちの姿から、物理的な寒さだけでなく登場人物の恐怖や絶望までもが観客に直に伝わり来るような室内場面の描写も実に見事である。
有名な「チューブラー・ベルズ」(https://www.youtube.com/watch?v=8c-hUWNiG8A)をはじめとする音楽の使用も抑制気味で、かえって心理的な恐怖感や圧迫感を強調することに成功している。
日本の観客の間ではよく知られているように(上の写真参照)、主人公リーガンの言葉遣いを分析する研究所の壁に「TASUKETE!」という言葉が書かれているのは、その後彼女の体に「HELP ME!」という文字が浮き上がることを事前に暗示しているのだろうか? 同じ画面の左上にも日本語らしき文字「れ(?)よ」が見えるのだが、語尾のみなので意味は不明(下は当該部分を拡大したもの)。
最後にやはり今年公開50周年を迎えた「スケアクロウ」(1973年4月公開)を。
今作も「セルピコ」や「ジャスティス」と同じくアル・パチーノ(とジーン・ハックマン)主演作品である。
・「スケアクロウ(1973年)」(ジェリー・シャッツバーグ監督)3.5点(IMDb 7.2) 日本版DVDで再見
カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞した作品だが、内容的にはとりたてて筋らしい筋のないシンプルなロード・ムーヴィーである。出自も経歴も全く異なった2人の人間が唐突に出会って意気投合し、共同ビジネスを営む新天地へと向かって旅をする途中で思わぬ事態に陥り、ふたたび別々の道を歩む(?)ことになるというだけの話で、ドラマチックな展開はほぼないと言って良い。
それでも私が今作に惹かれるのは、癇癪持ちでいつ何をしだすか分からない刑務所上がりの大男(ジーン・ハックマン)とは対称的に、繊細で人当たりの良い、そしてそれだけに葛藤を抱え込んで内攻していくしかない小男(アル・パチーノ)の危うい人物像に魅力を覚えるからに他ならない(こう書きながら、不意にスタインベックの「二十日鼠と人間」を思い出した)。
それだけに彼が長年連絡を断っていた妻子のもとを再訪してからの急展開と、観客を置き去りにするようなその後の救いのない(そして余りに素っ気ない)結末にはやりきれない思いを抱かざるを得ないのだが、万人受けするとはとても思えない今作のどんな部分をカンヌの審査員たちが高く評価したのか気になる作品でもある(今作は興行的には散々な結果だったらしく、米国アカデミー賞では候補にすら上がっていない)。
ガーディアン紙の記事ではないが、50周年を迎えた今作についての記事は以下を参照のこと。
☆Scarecrow: Al Pacino and Gene Hackman's Only Movie Together Is Still Underrated 50 Years Later
https://movieweb.com/scarecrow-movie-al-pacino-gene-hackman/
・「真夜中のカウボーイ(1969年)」(ジョン・シュレシンジャー監督)3.5点(IMDb 7.8) テレビ放映を録画したもので再見
原作は未読。米国アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞を受賞。
これまで何度か見直しており、もはや初見時のような(救いのない結末に対する)衝撃は覚えないものの、久々に見返しても相変わらず強く胸を衝かれる何ともやりきれない作品である(ただし夢の場面など、公開当時は手法的に目新しかったのかも知れないものの、今となっては古臭く思えてしまう描写も散見される)。
「ネズミ男(ラッツォ)」という渾名をつけられ、浮浪者同然に薄汚れ、発熱による汗や垢の臭いが今にも漂って来そうなダスティン・ホフマンの姿格好は凄惨そのもので、この人の迫真の演技なくしては今作の成功はあり得なかっただろう。「男娼」となって一旗あげるべく米国のど田舎からニューヨークに出て来たお上りさんの「カウボーイ」ジョン・ヴォイトの、能天気だが決して憎めない人物造型も魅力的である。
ニルソンによる主題歌「うわさの男(Everybody's Talkin')」(https://www.youtube.com/watch?v=BFKDyVPkonc)も悪くないが、ジョン・バリーのしみじみとした音楽も作品の物哀しい雰囲気を際立たせている(https://www.youtube.com/watch?v=L_c5r-bR2ys)。
最初に書いた通り、個人的には何周年というくくりに大して興味はないのだが、これからも命の続く限り、過去の傑作・名作(特に未見作品)を1本でも多く見て行きたいと思っている。












