2023年8月27日(日)
 引き続き日本映画鑑賞の記録(日本映画は一旦これで終了)。

 

 まずは中平康監督作品を何本かまとめて。

 

・「現代っ子(1963年)」(中平康監督) 4.0点(IMDb 6.8) 日本版DVDで視聴

 労働者の定年後の生活保障や交通事故死亡者多発の問題など、都市生活が抱える社会問題も扱いながら、たくましい子供たちの生き様をユーモラスに描いた傑作。やはり中平康という人は実に多岐にわたるジャンルを横断しながら、次々と優れた作品を送り出した稀有な監督だったことを改めて実感させられる佳作。

 浦山桐郎の「キューポラのある街」(1962年)同様、市川好郎が好演しており、兄役の鈴木やすしや妹役の中山千夏がそれぞれ個性的な存在感で脇を固めている。

 

 

・「地図のない町(1960年)」(中平康監督) 2.5点(IMDb なし、CinemaScape 3.3) 日本版DVDで視聴

 船山馨原作(未読)。

 これは中平康と橋本忍コンビにしては至って凡庸。声高なメッセージが先走ってしまっていて映画としての内実が伴っていない。時系列が意外と複雑だがそれがかえって全体に散漫な印象をもたらしている。

 

 

・「俺の背中に陽が当る(1963年)」(中平康監督) 3.0点(IMDb なし、CinemaScape 3.0) 日本版DVDで視聴
 これまた中平康としては凡作。当時たくさん作られたヤクザ映画をほぼそのままなぞりながら、青春スター浜田光夫の善良さを損なわないようなハッピー・エンディングで締めくくっている。吉永小百合も添え物といった扱いで印象が稀薄である。

 

 

 

・「砂の上の植物群(1964年)」(中平康監督) 3.0点(IMDb 6.7) 日本版DVDで視聴

 吉行淳之介原作(未読)。

 初見時には満腹後に見たせいで途中で居眠りしてしまい、改めて最初から見た訳だが、極めて文学的な作りで出来も悪くないものの、おそらく原作に対する違和感が今作への違和感そのものとなっているに違いない。私はこれまで吉行淳之介の小説をまともに読めたことがないのだが、生理的とも言えるこの作家との相性の悪さが今作に対する居心地の悪さにも通じていると言えるかも知れない。

 主演陣より助演の小池朝雄や信欣三が良い。

 

 

・「現代悪党仁義(1965年)」(中平康監督) 3.0点(IMDb なし。CinemaScape 3.0) 日本版DVDで視聴
 何ということもない軽いコメディだが、主演の宍戸錠や二谷英明を始めとする俳優陣の軽いノリが楽しい佳作。こうした気楽なコメディをあっさり撮ってしまうのも名匠・中平康ならではの力量と言えるだろう。

 

 

・「野郎に国境はない(1965年)」(中平康監督) 2.5点(IMDb なし。CinemaScape 3.5) 日本版DVDで視聴

 前半はまだ見られたのだが、後半はご都合主義満載のなんちゃって「007」で苦笑しか出てこない。時限爆弾を回避するのが単なる偶然というものさすがにひどい(どうしてニトログリセリンを2度使わないのか疑問。そもそも印刷工場とは言え、ニトログリセリンを作るのにピッタリの薬品が置いてあるというのも余りに都合が良過ぎる)。

 作中で話されるフランス語がお粗末過ぎるのも、仏語をかじったことのある観客にはお笑いでしかないだろう(そもそも何を言っているのか分からない箇所も多い)。

 キザな小林旭とズッコケの鈴木やすしのコンビは悪くないのだが、如何せん脚本が弱すぎる。

 


・「狙われた男(1956年)」(中平康監督) 3.5点(IMDb 6.0) インターネットで視聴
 ヒッチコック作品のパクリかと思いきや、今作は「めまい」(1958年)や「サイコ」(1960年)よりも前に撮られており(ただし「裏窓」(1954年)は既に作られている)、犯人が簡単に分かってしまうのは惜しいものの、映像やデザインなどの細部にも凝っており、後のヒッチコック作品を彷彿とさせるシーンまであって(美容院の渦巻きやカーテンの輪っかが外れていくシーン、2階で起きた殺人をカメラが1階から上がって行って捉えた後、犯人の視点で1階まで降りていくのを写し続けるところなど)、フランスのヌーヴェル・ヴァーグを先取りしたと言われる「狂った果実」(1956年)だけでなく、サスペンス映画においても中平康が時代を先行していたことが伺える。

 山さん役の市村俊幸は川島雄三の「幕末太陽傳」(1957年)でも怪演していたが、今作もはまり役で、さしずめ日本版ロバート・ミッチャムとでも言うべきか。

 

 

・「ケイコ 目を澄ませて(2022年)」(三宅唱監督) 3.0点(IMDb 7.0) インターネットで視聴

 期待が大きすぎた反動か、悪くはないものの可もなく不可もない作品としか思えなかった。冒頭の主人公の説明が字幕で説明されてしまうことの違和感から始まり、要所要所で如何にも感動させますというような場面にも作為を感じてしまった。

 作品の出来と直接関係はないかも知れないが、主人公のボクシングのスキルも、正直それほど優れたものとは見えず(作中で彼女には才能がないという言及があるものの)、むしろ勝てた試合があったことの方が不思議に思える程だった(対してジムのコーチ役の2人は、ボクシングのスキルのみならず、役柄やその演技も非常に魅力的だった。場末のボクシング・ジムを陰ながら支える彼らの物語こそを見てみたかった)。

 これがキネマ旬報ベスト・テン1位なのだとすると、昨年の日本映画界は例年以上に作品に恵まれていなかったのではないかと思ってしまった程である。

 

 

・「夜明けまでバス停で(2022年)」(高橋伴明監督) 2.5点(IMDb 5.9) インターネットで視聴

 ベタな音楽、思わせぶりなカメラ(特に冒頭のアヴァン・タイトル)、生の言葉そのままの政権批判、拙劣なカメラワークなど、高橋伴明というのはここまで下手な監督だったのかと驚いてしまう程で、映画(人)としてその時代の政治や権力を批判的に描くのであれば、あからさまで直截的な方法(特に余りに軽薄な台詞)によってではなく、メタファーや寓意などで観客の想像力をより刺激する方法を取るべきだろう。

 映画がテロルを肯定的に描いてはならないなどということはないものの、今作における爆弾テロへの言及にも違和感を抱かざるを得なかった。映画や文学などの芸術は、むしろ安易にテロルに走ろうとする想像力の欠如こそを否定すべきものではないのか。やはり高橋伴明は世代的に全共闘などへの馬鹿げたノスタルジアや幻想を抱き続けているのではないか。

 最後の台詞(「爆弾に興味ない?」)やエンド・タイトルにおける国会議事堂爆破を示唆する画面も、やはり軽率とそしられても仕方ないと思う。「ケイコ 目を澄ませて」同様、こうした作品がキネマ旬報ベスト・テンの上位に来る状況というのは、やはり映画の作り手や批評家などの幼稚化や思考の短絡化を示していると思わずにいられない。

 

 

・「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間(1969年)」(石井輝男監督) 2.5点(IMDb 6.5) 日本版DVDで再見

 江戸川乱歩原作(「パノラマ島奇談」、「孤島の鬼」、「屋根裏の散歩者」、「人間椅子」、「白髪鬼」など。既読)。

 前回はインターネットで視聴。今回DVDで見直してみたが、やはりこの悪趣味路線には乗れないままだった。土方巽が登場する荒波が打ち寄せる海岸沿いの風景だけは壮絶で見ごたえがある。

 

 

・「帰って来た木枯し紋次郎(1993年)」(市川崑監督) 2.0点(IMDb 7.6) インターネットで視聴

 すっかり年老いた紋次郎。ヒロインは坂口良子と鈴木京香か?

 話もつまらないし、殺陣も今一つで、しかし最大の敗因はやはり皆が余りに年老いてしまったことだろう(その意味で同じ市川崑によるリメイク版「犬神家の一族」を彷彿させる)。谷川賢作の薄っぺらなデジタル音楽は相変わらず最低最悪。

 


・「草の響き(2021年)」(斎藤久志監督) 3.5点(IMDb 6.6) インターネットで視聴

 佐藤泰志原作(未読)。

 なかなかの秀作(監督は今作を最後に亡くなってしまったらしいのが惜しまれる)。

 季刊誌「映画芸術」ベスト・テン1位だが、キネマ旬報ベスト・テンでは圏外と、評価は割れているが、個人的には「ベスト1」級の作品だと思う(要するにキネマ旬報ベスト・テンがもはや信用ならないということか)。

 台詞による説明を極力省略し、長回しを多用したカメラが素晴らしい。

 スケートボードに乗っている少年と東出昌大の行く末は、泳ぎが出来ないことや遊泳禁止区域であること、医師からもらった錠剤が余っているという描写などからあらかじめ察せられてしまうが、それでも不穏な雰囲気が終始漂い、観客の意識が弛緩することを許さない。

 最後の場面は今作だけを見たらハッピー・エンディングと捉えたくなる描写だが、原作者の最期を思うと複雑な気持ちにならざるを得ない。走ることで狂気に陥ることから何とか耐えていた主人公は結局再び狂気に近づいて行くのだが、最後の走る描写は彼をどこに導いていくのか。病院から妻にかけた電話が留守番電話になり、妻はまさに東京に戻る車を運転中だというすれ違いの描写も秀逸。

 そして犬好きには、今作のニコ(犬)の活躍も見逃せない。特に最後の自動車の中での、演技指導を受けたまま演じているのではないかと思えてしまうような絶妙な動きには思わず胸が熱くなった。主演2人の演技も秀逸である。

 唯一不要に思えたのは、主人公が発作を起こして友人に病院に連れて行ってもらう場面が唐突に挿入されるところで、その後の友人との会話だけで十分だったのではないか。

 

 

・「火まつり(1985年)」(柳町光男監督) 4.0点(IMDb 7.0) インターネットで視聴

 中上健次原作・脚本(既読)。

 これだけの熱量と気迫に満ちた作品は近年の日本映画には全く見られない。バブル経済真っ只中で、これだけ不経済で非商業的な作品が作られていたことが信じられない(しかし逆に言えば、バブル経済で余裕があったからこそこうした作品が撮れたのかも知れない)。

 中上健次原作の映画の中で「青春の殺人者」と並ぶ傑作(柳町光男としても最高作だろう)。安易な説明を排し、圧倒的な自然の中で抗いがたい自己破滅への道を辿っていく男の姿を冷徹に描き出している。田村正毅の映像も見事で、従来の役柄とは全く異なる無骨で直情径行な主人公を北大路欣也が熱演(おそらくこの人の代表作だろう)。太地喜和子、安岡力也、三木のり平、宮下順子、森下愛子といった助演陣も素晴らしい。

 初見時には違和感を覚えた移動売店(パン屋?)の脳天気な歌(「歌の町」)や若者たちの唐突な踊りなども、核となる神話的な物語との対比で捉えると周到な装置であることが分かる。今作の脚本は中上健次の代表作でもあるだろう。

 武満徹の音楽もこの映画に欠かせない神話性を帯びていて見事である。
 

 

・「さらば愛しき大地(1982年)」(柳町光男監督) 3.5点(IMDb 6.9) 日本版DVDで再見

 「火まつり」を見た後、同じ柳町光男監督のこの作品が見返したくなった。

 前作「十九歳の地図」や上記「火まつり」同様、中上健次の影響が濃厚な作品である。

 ただし主人公が堕ちていき、最後の殺人を犯すのが結局はシャブ中毒に収斂してしまうのはつまらない。閉塞的な地方都市、農業の衰退や過疎化といったものが彼をシャブに向かわせ、その果てに狂気や暴力に至る過程がより説得力をもって描かれていたら、「火まつり」以上の傑作になりえていただろう。

 根津甚八と秋吉久美子は言うまでもなく、山口美也子や矢吹二朗、蟹江敬三などの助演陣も素晴らしい。田村正毅による撮影もいつもながらに見事である。

 

 

・「忠臣蔵外伝四谷怪談(1994年)」(深作欣二監督) 1.0点(IMDb 6.4) 日本版DVDで視聴

 元々歌舞伎では表と裏をなしていた「忠臣蔵」と「四谷怪談」をくっつけた企画自体は素晴らしいし、もっと面白い映画になりえたはずなのだが、監督の深作欣二を始め、脚本、俳優の演技(俳優が悪いのではなく、演技をつける監督が悪いのだろうが)、音楽等々、とにかく何もかもが安っぽく大げさで見るに堪えない。

 こんな大愚作が当時のキネマ旬報ベスト・テン2位、日本アカデミー賞では作品賞や監督賞をはじめほとんどの主要部門を席捲するという結果で、よほどこの年の日本映画が大不作だったのか、日本映画界(批評家および観客)が既に救い難く劣化してしまっていたかなのだろう。

 

 

・「TOMORROW 明日(1988年)」(黒木和雄監督) 3.5点(IMDb 7.3) 日本版DVDで視聴

 「明日」に何が起きるか知らない人々が過ごす日常は淡々として退屈ですらあるし、映像や演出もまた凡庸極まりないのだが、1945年8月9日という「明日」がどんな日かを知っている我々観客に、彼ら普通の人たちの「今日」がどんな意味を持つのかがあらわになり、悲痛な思いに満たされざるを得ない。その意味で今作は状況設定が全てで、その勝利と言って良い。彼らの「明日」を永遠に奪ったものが、交通事故でもなく、病気による自然死でもなく、原爆投下による無差別な殺人行為であるということの重さ。

 不満を言えば、登場人物たちがあまりに善人揃いであり、戦争がもたらした負の部分がおそらく意図的に排除されている点だろうか。

 だからこの映画をアメリカを始めとする連合国の人々や、日本の敗戦によって解放された国々の人たちが見た時、どういう思いを抱くだろうかと思ってしまう。やはりこの映画もまた日本人の「被害者コスプレ」の産物でしかなく、我々は「加害者」としての日本(人)をより冷徹に見つめるべきなのだろうか。

 

 

・「おもひでぽろぽろ(1991年)」(高畑勲監督) 1.5点(IMDb 7.6) インターネットで視聴

 高畑勲という人とはどうにも相性が悪く、今作も驚くほどつまらない。幼い時の主人公と現在の主人公はまるで別人としか思えないし、わがままで性格のひねくれた少女時代とは180度違って、現在の主人公は余りに常識的かつ必要以上に(病的なまでに)控え目で、いずれも見ていてイライラさせられる。

 都会と田舎の対比も驚くほど単純で類型的で、物語もまた余りに手垢のついたありふれた内容(これは原作によるものかもしれないが)。

 作中で言及される日本映画は小津の「麦秋」(1951年)か。

 

 

・「四月の魚(1986年)」(大林宣彦監督) 2.0点(IMDb 6.2) 日本版DVDで視聴

 バブル景気真っ只中に作られた勘違い「シャレオツ」映画だが、それなりに見られてしまうのは高橋幸宏の音楽と、演技以前の高橋の演技が意外と悪くないからか。

 本作は1984年公開の「天国にいちばん近い島」以前に撮られていたそうで、作中で「天国にいちばん近い島」と思われる映画への言及がある(南の島の国の酋長=丹波哲郎がやって来るという設定も「天国にいちばん近い島」と重なる部分がある)。

 舞台となる東京の高級住宅街や高級スーパー(明治屋?)、繁華街やディスコなど、当時の風俗を見ることが出来るが(その軽薄さも合わせて)、我が事ではないにもかかわらずなぜか気恥ずかしさを覚えずにはいられない。

 

 

 

・「熱海殺人事件(1986年)」(高橋和夫監督) 1.5点(IMDb 3.2) 日本版DVDで視聴

 上の「四月の魚」との併映作品。つかこうへい原作(既読)。    

 今ではありえない放送禁止用語満載のシュールなブラック・コメディ。

 原作戯曲か小説を初めて読んだ時には全く理解不能だったが、今でもどこを面白がれば良いのか迷ってしまう実に下品で奇を衒った作品である。演劇作品をそのまま映画にしても成立しづらいということの典型で、俳優陣の大げさな演技にもただ白けるだけ。初読時にも違和感を覚えたサディックな台詞や内容に、数十年後の今ではさらに拒否反応を覚えてしまう。

 

 

・「十八歳、海へ(1979年)」(藤田敏八監督) 3.0点(IMDb 6.5) 日本版DVDで視聴

 中上健次原作(未読)。

 最初は衝動的でお金目当てだったはずの主人公たちの狂言心中が、やがてその動機が曖昧になって死ぬことが目的になってしまったり、小林薫が森下愛子の姉(島村佳江)と関係してしまう流れも唐突で、全体に行き当たりばったりの内容である(それでいて結末は最初から自明でもある)。

 それでもそれなりに見られてしまうのは、未来像を描きえない若者たちの焦燥や絶望を描く脚本がしっかりしているのと、演出や音楽も悪くないからだろうか。時代臭漂う古臭さを感じさせる内容ではあるものの、青春映画らしい美点も併せ持っている。

 

 

・「醜聞(スキャンダル)(1950年)」(黒澤明監督) 3.5点(IMDb 7.2) 日本版DVDで再見

 現在にも十分通ずる、有名人のスキャンダルを利用して売上を伸ばそうとする雑誌や新聞などのメディアや野次馬的な大衆の問題を採り上げながら、作品そのものは黒澤が愛読していたゴーゴリやドストエフスキーの世界そのものでもある。

 ロマンチスト黒澤の演出過剰や俳優のオーヴァー・アクション、お寒い台詞なども多々見られるものの、戦後間もなく世知辛い日本社会で人間の良心を信じてこうした作品を撮ってしまう黒澤のことを嘲笑することは私には出来ない。

 左ト全が登場して蛍の光を皆で合唱するシーンは感動ものだし、千石規子はいつもながらに主演俳優たちを食ってしまうほど素晴らしい。成瀬作品などでお馴染みの小沢栄太郎の悪役ぶりは堂に入っているし、清純そのものの桂木洋子には感涙を禁じえない。

 

 

・「張込み(1957年)」(野村芳太郎監督) 3.5点(IMDb 7.1) 日本版DVDで再見

 何度見返しても冒頭の横浜駅から佐賀駅までの列車移動シーンが実に素晴らしい。

 全編にわたって映像/撮影が見事で、特に佐賀市内のロケシーンには目を瞠る場面が多い。雨の中で刑事が高峰秀子を追うシーンや日傘を差した高峰秀子を後ろから捉えるショット、大勢の観客が入り乱れる祭りのさなか高峰秀子を追う大木実の姿などなど。

 ただし結末がやや残念なのも確かで、サスペンスを盛り上げて男女二人の会話を盗み聞きする設定にするためか、二人が温泉旅館に泊まることを知りながら、刑事の大木実が闇雲に山や林の中を走り回るのは際めて不自然である。

 また大木実による内的独白を多用し過ぎなのも難点で、もう少し映像によって高峰秀子の内面の変化を描き出しても良かっただろう。最後に大木実が田村高廣に説教をする場面も全く不要。終わりそうでなかなか終わらない最後の列車出発の場面は良くも悪くも独特なエンディングである。

 

 

・「ヴァンパイア(2011年)」(岩井俊二監督) 3.0点(IMDb 5.2) 日本版DVDで視聴

 日米加合作(なので日本映画とすべきなのか海外映画とすべきなのか分からないが)。

 米国を舞台とした「吸血鬼」ものでありながら、演出、映像、音楽等はまぎれもなく岩井俊二の世界で、海外で撮ってもその世界観のブレのなさはある意味で貴重である。話もそれなりに興味深く最後まで飽きさせることがない(それゆえ世評の低さは意外でもある)。

 

 以下はテレビ・ドラマだが、

 

 

・「季節のない街(2023年)」(宮藤官九郎、横浜聡子、渡辺直樹監督) 3.5点(IMDb 8.9) インターネットで視聴

 山本周五郎原作(既読)。

 黒澤明の「どですかでん」好きな人間からすると、この全10話のドラマは山本周五郎の原作や黒澤版の映画を土台に、舞台を「ナニ」(311)から12年後の仮設住宅に置き換え、現代的な意味合いをもたせた意欲作だとは思うのだが、如何せん原作や映画の世界を大きく逸脱してはおらず、改めてドラマにするだけの意義が余り感じられなかった。

 それでも個性的な俳優陣を配し、1話30分ほどのオムニバス形式でまとめる構成は悪くなく、連続ドラマが苦手な私でもストレスなく全体を見通すことが出来た(と言いつつ、実はPCで作業などをしながら斜め見していただけなのだが・・・・・・)。ただし猫の擬人化だけはやり過ぎで余りに下品。

 結末のドタバタ騒ぎや、いつもながら大仰な仲野太賀らの演技は今ひとつだが、今作を見て改めて原作や黒澤明版に進んでくれる若い世代が1人でも多く出てくることを願っている。

 俳優陣ではベンガルや三浦透子などの他、又吉直樹や藤井隆、塚地武雅、LiLiCoなどの役者プロパーではない人たちが意外に良かった。中でもLiLiCoはこれまでのイメージをかなぐり捨て、黒澤版の丹下キヨ子を意識した悪妻を果敢に演じていてなかなかの力演。

 

 

・「どですかでん(1970年)」(黒澤明監督) 3.5点(IMDb 7.3) 日本版DVDで再見

 ついでに黒澤明版も見返してみたが、これは初見時から大好きな作品で、決して黒澤作品らしくない内容や作風ではあるものの、ともすると浮ついた台詞やセンチメンタリズムに傾きやすい黒澤明の欠点がギリギリ抑制されており、お世辞にも優れているとは言い難い晩年の作品群とは一線を画している。

 

 

・「鬼太郎が見た玉砕(2007年)」(柳川強演出) 3.0点 日本版DVDで再見

 水木しげる原作(既読)。

 自らの戦場体験を描いた漫画を実写化した内容自体も決して悪くないものの、とにかく香川照之の実に美味しそうな食べっぷりに毎回魅入られてしまう(日本にいる時にこのドラマを見、作中に出てくるアイスクリームを買いに行った程である)。DVDの特典映像も面白い。

 

 

・「大江戸神仙伝(1985年)」(藤田敏八監督) 2.5点 インターネットで視聴

 石川英輔原作(未読)。原作がKindleセールで安売りになっていたのでドラマ版を先に見てみた(ただし原作は結局購入せず)。

 滝田栄主演の、江戸時代と現代を舞台とした他愛無いタイムスリップもの。内容自体も今ひとつ面白くないのだが、広瀬健次郎という人の音楽がしつこくてウンザリさせられる。

 

 

・「ストレンジャー~上海の芥川龍之介~(2019年)」(加藤拓演出) 2.5点 インターネットで視聴

 傑作ドラマ「エルピス」と同じく渡辺あや脚本ということで見てみたが、芥川の「上海游記」などを元にした内容で、特に渡辺あやならではの個性は感じられなかった(正直内容も大して面白くない)。

 

 

・「火の魚(2009年)」(黒崎博演出) 3.0点 インターネットで視聴

 これまた渡辺あや脚本。原作は室生犀星(未読だが、誰かが朗読しているものをドラマ鑑賞後に聞いてみた→https://www.youtube.com/watch?v=sDMwuN_p-_8)。

 原作とは内容の異なる部分が少なくなく、原田芳雄演ずる作家が通俗的な作品を書く大衆作家に設定されていることや、尾野真千子演ずる編集者の病気が原作以上に深刻なものとして描かれている点、作家の編集者に対するロマンティックな感情などの改変部分は、地味な内容の原作をドラマ化するには必要な変更なのかも知れないものの、いずれも作為的なものを感じて違和感を覚えてしまった。