2023年8月27日(日)

 相変わらずブログを書く気力がないので、すっかりたまってしまっている映画鑑賞の記録をいつも以上に簡潔に(結局簡潔には済まなかった・・・・・・)。

 

 まずは日本映画から。

 

・「野性の証明(1978年)」(佐藤純彌監督) 1.5点(IMDb 6.1) 日本版DVDで再見

 先ごろ亡くなった森村誠一原作(既読)。

 作られた順番は逆だが、ある意味で日本版「レオン」(1994年)とも言える作品で、映画自体はどうしようもない代物と言うしかないものの、懐かしさも手伝ってついつい見入ってしまった。

 しかしクライマックスの町田義人「戦争の休息」(https://www.youtube.com/watch?v=qc9T9jLAZII)をバックに薬師丸ひろ子のプロモーション・ヴィデオ然とした場面にはさすがに呆れるしかない(しかもここで主題歌を使ってしまったせいか、エンディングの音楽がやたらと渋いのも反対に印象的である)。

 とにかく終始男っぽく格好良い高倉健を見るためだけの映画と言って良い(当時はその魅力が全く理解できなかったのだが、今から見ると薬師丸ひろ子もそれなりに可愛かったのだということが分かる)。

 

 

・「運命じゃない人(2004年)」(内田けんじ監督) 4.0点(IMDb 7.7) 日本版DVDで再見

 見直す度に新たな発見のある作品で、もう10回以上は見返しているだろうものの、今回も「桑田真紀」という登場人物の名前に意味があったことを初めて知った。

 人間なるものの卑小さや滑稽さ、愛おしさや醜さといったものをさりげなく描き出している傑作コメディだが、鑑賞後の感動だの作品の深みだのと言ったものを映画に求める人には余りお勧めしない、観ていてただただ愉快で楽しい映画である。

 

 

・「苦役列車(2012年)」(山下敦弘監督) 3.0点(IMDb 6.8) インターネットで再見

 西村賢太原作(映画を見直してから初めて原作を読んだ)。

 しばらく前に西村賢太の小説や随筆/日記を何作かまとめて読む機会があったため、唯一の映画化作品である今作を見直してみた。映画を見返した時点では原作未読だったため、どれだけ原作を反映した内容か分からなかったのだが、原作者が「一私小説書きの日乗」等で今作の類型的な「青春映画」的描写を強く批判していることも理解出来なくない、後から青春モノの要素を無理やり付け足したようなチグハグさが感じられる作品である。

 

 

・「十九歳の地図(1979年)」(柳町光男監督) 3.0点(IMDb 7.0) 日本版DVDで視聴

 中上健次原作(未読)。

 如何にもATG風の地味で暗い青春映画で(かつにっかつロマンポルノ的なお色気要素も兼ね備えている)、新聞配達の青年が配達先の詳細な地図を作成し、購読者ごとの年齢や職業、家族構成などを記載して「✕印」で評点をつけていく(ほとんどが「✕」)という発想は面白いものの、もはや時代性を強く感じさせる内容で、当時の空気を経験/共有していない人間にまで共感を覚えさせる程の普遍性はない。

 自殺をはかって足に大怪我を負った自らの体験をそのまま反映させた沖山秀子という女優や蟹江敬三が好演。

 

 

・「モスラ(1961年)」(本多猪四郎監督) 3.0点(IMDb 6.5) 日本版DVDで再見

 原作は中村真一郎、福永武彦、堀田善衛(未読)。

 ザ・ピーナッツが例のモスラの歌を歌うあたりまでは悪くないものの、そこから話はどんどん失速し、成虫になったモスラのショボい造型(上の画像)もあって、後半はグダグダな展開である。最後にモスラを飛行場に呼び込む方法も実にいい加減で、せっかく拉致・監禁した姉妹(ザ・ピーナッツ)をあっさり子供に奪われかけたりする悪役陣の間抜けぶりもお粗末そのもので、やはり「お子様」向け映画だと言うしかない。

 

 

・「必死剣 鳥刺し(2010年)」(平山秀幸監督) 3.5点(IMDb 7.2) 日本版DVDで視聴

 藤沢周平原作(未読)。

 突然の濡れ場や池脇千鶴のヘンテコな泣き顔には思わず笑ってしまったが、最後の殺陣には迫力があり、「鳥刺し」と称する「必死剣」の凄みも感じられて決して悪くない。如何にもという拙劣なタイミングでの回想シーンや、「日本映画あるある」の作風に全くそぐわない主題歌に辟易とさせられるものの、そこそこ鑑賞に耐える時代劇として評価したい。

 

 黒澤明監督作品を何作か。

 

 

・「用心棒(1961年)」(黒澤明監督) 4.0点(IMDb 8.2) 日本版DVDで再見

 これまた何度見返しているか分からないものの、安定した面白さ。特に中盤から結末まで一気呵成に流れていく息も継がせぬ展開には改めて感服させられた。主役陣に加え、東野英治郎の名演が光る。

 

 

・「野良犬(1949年)」(黒澤明監督) 4.0点(IMDb 7.8) 日本版DVDで再見

 冒頭の不自然なナレーションを始め、出だしこそかなりもたついているものの、千石規子と志村喬が対峙する取調室のシーンで一気に作品が引き締まり、後は結末までこれまた一気呵成である。

 俳優たちの顔や体に浮き上がる汗と、大雨や雷鳴の使用で日本の夏の蒸し暑さややりきれなさが巧みに表現されているのも見ものである。戦後間もない東京の風景や野球場の様子など、映像で見る現代史という意味合いでも興味深い。

 

 

・「どん底(1957年)」(黒澤明監督) 3.0点(IMDb 7.3) インターネットで画質の良いものを再見

 ゴーリキー原作(既読)。限られた空間で複数の人物が膨大な台詞をやり取りする演劇的作品。

 左卜全が一見好々爺のようでいながら、実際には弱者たちを惑わす死神のような役回りを演じていて見せる。女優陣では山田五十鈴が意外なまでの妖艶さで絶品。ヒロイン(?)の香川京子の人物造型はかなり不自然で、突然豹変するのも不可解。

 最後の「トンツク」などは、演じる側は面白いのかも知れないが、見ている方は白けるだけで、投げ出しっぱなしの(開いた?)結末もあって、収拾がつかなくなって無理やり終わらせたのではないかという疑問を抱いてしまった。

 

 

・「八月の狂詩曲(1991年)」(黒澤明監督) 1.5点(IMDb 7.2) 日本版DVDで再見

 村田喜代子原作(映画鑑賞後に読了)。
 全盛期の黒澤作品は複数の優れた脚本家と早坂文雄という卓越した音楽家によって支えられていたが、「影武者」以降の作品はそうした支柱を失い(途中降板した「乱」の武満徹が唯一の例外)、どれも無惨な出来となってしまっている(「乱」だけがまだ何とか鑑賞に耐えるのは、脚本作りをサポートした小国英雄と井手雅人、そして音楽の武満徹の存在が大きかったためだろう)。

 今作も誰を相手にしているのか分からない少女の語りを始め、不自然で浮ついた台詞に充ち満ちており、ヴィヴァルディの「スターバト・マーテル」は悪くないものの、音楽的にも「野ばら」のしつこい反復など、およそセンスが感じられない(武満徹と池辺晋一郎の才能の差か)。愚かで醜い大人たちに純朴で素直な子供たちといった、余りに図式的な対比も幼稚極まりなく、リチャード・ギアを始めとする登場人物の造型がとにかく紋切り型過ぎて人形芝居でも見ているようである。

 

 

・「殺陣師段平(1962年)」(瑞穂春海監督) 2.5点(IMDb 7.0) 日本版DVDで視聴

 中村鴈治郎や市川雷蔵の演技はさすがだが、黒澤明の脚本とは言え元の話が余りにベタな「浪花節」調で、しかもそれを活かすべき演出も余りに凡庸で、結果的にはもはや過去の遺物と言って良い古臭さである。

 

 

・「幕末太陽傳(1957年)」(川島雄三監督) 4.5点(IMDb 7.3) インターネットで再見

 歴史的な背景やフランキー堺のおどけた台詞回しの面白みなど、おそらく海外(特に欧米)での評価は容易ではないだろうが、しかしこれはまさに日本でしか作れない(そして今後二度とは作れないだろう)作品で、川島雄三の才能が遺憾なく発揮された、見返すたびに新たな発見がある傑作である。

 南田洋子と左幸子の大立ち回りや、フランキー堺の細かい動きひとつを見ても、それらが計算と準備とに裏打ちされた一点の狂いもない動作だということが分かり、入念に仕上げられた脚本をさらに入念に仕組んだ撮影や演出によって見事に活かしきっていて惚れ惚れさせられる。

 遊郭のさりげない風習(番号札をまとめて塩をまく動作など)や、街道を行き来する大勢の人々の動きを何気なく映し出すことで、当時の歴史や風俗の細部を巧妙に描き出している点も見逃せない。動物好きからすると、犬猫の使い方もユーモラスで見事(あの猫の死体は本物で、たまたま撮影中に死んでしまった猫を用いたとのこと)。

 

 

・「乳房よ永遠なれ(1955年)」(田中絹代監督) 3.5点(IMDb 7.8) インターネットで視聴

 4K修復版に基づくもので視聴。

 実にいびつでグロテスクでさえある作品だが、そのいびつさこそが映画監督・田中絹代ならではの個性や技倆を示しており、これはやはり並々ならぬ異才による優れた作品だと言うしかない。特に後半のホラー映画のような描写の連続には驚かされると同時に圧倒されもする。主人公2人の「濡れ場」(?)の不気味さとエロティシズムにも思わず息を呑むしかなかった。

 とにかく映像が素晴らしく、記者が帰京する際の手鏡のショットや、2人の抱擁の場面(月丘夢路の手がするする伸びて来るおそろしさ)、霊安室の蛇腹扉が閉まって彼我が隔てられる場面(最後の場面でも子供たちが母親の遺体と隔てられてしまう)、手術で失われた胸を見てくれと杉葉子に頼むお風呂場のシーンなど、目を瞠る場面が実に多く映像的な魅力に満ちている(子供の遊び場を映す場面や札幌市内の何気ない風景なども印象的である)。

 

 

・「天国はまだ遠く(2008年)」(長澤雅彦監督) 2.5点(IMDb 7.4) インターネットで視聴

 加藤ローザが美味しそうに朝食を食べる場面をYouTubeで見て視聴してみる気になったのだが、正直そこだけ見れば良かったと思うような凡庸な作品。加藤ローザをはじめ、演者の多くは俳優プロパーでなく決して上手くないが、ひどくて見られない出来でもなかった(格別上手いという訳ではないもののベテラン絵沢萠子はさすがに風格がある)。

 

  深作欣二監督作品を何作か。

 

 

・「県警対組織暴力(1975年)」(深作欣二監督) 3.0点(IMDb 7.2) 日本版DVDで視聴

 結末の松方弘樹と菅原文太の対決は見ものだが(黒澤明の「椿三十郎」の最後を想起させる)、それ以外はストーリーも演出も行き当たりばったりで、陳腐な音楽と過剰な演技とで見ているのが苦痛な程だった。やはりヤクザ映画はメンツだのなんだののくだらない情実に充ち満ちた幼稚な世界で、私の肌には全く合わないことを痛感。ラストの後日譚も蛇足そのもので、それまでの緊張感を削いでしまっている。

 

 

・「仁義の墓場(1975年)」(深作欣二監督) 1.5点(IMDb 7.1) 日本版DVDで視聴

 主人公の身勝手な行動も全く理解不能なものだが、それ以上に周りのヤクザが揃いに揃って人が良すぎる上に余りに無能&間抜けで、まるでギャグとしか思えない場面に満ちた愚作。

 実在の人物がモデルらしいが、現実のヤクザがこんなに愚かだとしたら(そして狂った一人の男にあそこまで簡単に翻弄されてしまうとしたなら)、ヤクザなるものは所詮、虚勢を張っているだけの無能な歯車の集合体ということになってしまう。

 そしてこんな凡作がヤクザ映画の傑作として高く評価されていることにも、1970年代以降の日本映画の不毛さを見て取れるだろう。

 

 

・「白昼の無頼漢(1961年)」(深作欣二監督) 3.5点(IMDb 7.0) インターネットで視聴

 蔵原惟繕や鈴木清順などの作品同様、当時よく見られた犯罪映画の典型的作品とも言えるが、キャメラや音楽などに特徴があり、そのスタイリッシュさは後年の(深作自身の)泥臭さと比べると新鮮で、後に量産された(深作自身の)ヤクザ映画などより遙かに優れている。ラストの中原ひとみのアップも意表をついて印象的。丹波哲郎はいつもながらの見事さで、脇を固める曽根晴美や久保菜穂子も他の作品では見かけない大活躍ぶり。

 

 

・「約束(1972年)」(斎藤耕一監督) 3.5点(IMDb 6.9) インターネットで再見

 イ・マニ(李萬煕)監督による韓国映画「晩秋」(1966年)のリメイク作品。

 内容は全くのメロドラマだが、北陸の風景を見事に捉えた撮影がとにかく目を瞠る素晴らしさである。ショーケンの演技は稚拙ながらも人物造型は巧妙で、台詞のほとんどない岸恵子の存在感にも曰く言い難いものがある。フランス映画を思わせる宮川泰の音楽も作品のけだるい雰囲気作りに大いに貢献している。

 

 同じく「晩秋」(1966年)を韓国でリメイクした以下の作品も見てみた。

 

 

・「肉体の約束(1975年)」(キム・ギヨン監督) 1.5点(IMDb 6.5) 韓国版DVDで視聴

 さすが鬼才キム・ギヨン(金綺泳)の作品で、上記「約束」と対極に位置する、いわばポルノ版の「約束」(「晩秋」)に他ならず、「約束」の純愛路線とは正反対の肉欲・食欲、そして韓国的な過剰なまでの感情に満ち溢れたトンデモ作品である(ついでながらナレーションを始めとする台詞も多く、音楽もコテコテのメロドラマ風でやたらくどい)。

 監視役の女性も「約束」の南美江とは大違いで、べらべらやたらとお喋りな上、女を絶望させないため(?)に、ソウル行き列車が特急待ちで30分停車する間に、道連れの男と隣に停車している列車内でセックスするようそそのかす(しかも事が済むまで男の逮捕は待つように刑事たちを説得さえする)という暴挙を演じ、その後も食堂車の中で男女と共にビールを飲みながらハンバーガーやローストチキンに食らいつくという、とても監視役とは思えない無茶ぶりである。

 

 

・「無宿 やどなし(1974年)」(斎藤耕一監督) 2.5点(IMDb 5.6) 日本版DVDで再見

 上記「約束」と同じ斎藤耕一監督作品で高倉健と勝新太郎の唯一の映画共演作(ヒロインは梶芽衣子)。もろにフランス映画「冒険者たち」(1967年)のリメイクと言っていい内容だが、出来はオリジナルには到底かなわない。最後の海岸のロケーションだけは素晴らしい。

 

 

・「乱れる(1964年)」(成瀬巳喜男監督) 4.0点(IMDb 8.0) インターネットで再見

 初見時に同じ松山善三が脚本を担当した「名もなく貧しく美しく」(1961年)に匹敵する唐突なエンディングに衝撃を受けた作品で、改めて見返しても観客を突き放すようなその結末には主演の高峰秀子(上の写真)同様、ただ呆然とするしかない。

 近松浄瑠璃における「道行き」の変型であり、高峰秀子のその後は描かれないものの、彼女の視線の先にあるのはおそらく「後を追う」ことでしかないだろう。

 

 

・「乱れ雲(1967年)」(成瀬巳喜男監督) 3.5点(IMDb 7.8) 日本版DVDで再見
 コテコテのメロドラマで(武満徹の音楽もいつになくロマンチックである)、今こんな作品を作ったら笑止ですらあるだろうが(そもそも鑑賞に耐えるような俳優がもはや存在しない)、それをあっさり成立させてしまうのがまさに成瀬巳喜男だった。
 主演の加山雄三や司葉子以上に、脇を固める森光子(赤木春恵と一緒に滑稽な踊りを踊る)や加東大介が良い。
 

 山田洋次監督作品を何作か。

 

 

・「いいかげん馬鹿(1964年)」(山田洋次監督) 2.0点(IMDb なし。CinemaScapeでは5点満点で3.2点) 日本版DVDで視聴

 全く面白みのない喜劇(?)だが、ドサ回りのストリップ劇団(?)内部の刃傷沙汰の後、海沿いの丘の上を追いかける何人かの人物をロングで撮影する場面だけは素晴らしい(他に見るべきものがない)。

 

 

・「馬鹿が戦車でやって来る(1964年)」(山田洋次監督) 1.0点(IMDb 6.6) 日本版DVDで視聴

 これまた全く面白さの分からない駄作で、どうしてこんな内容を映画にしようと思ったのか(そしてその企画が通ってしまったのか)すら理解しがたい、意味不明で不愉快ですらある内容である。山田洋次とハナ肇による「馬鹿」3部作の中でも突出してつまらない。

 

 

・「吹けば飛ぶよな男だが(1968年)」(山田洋次監督) 3.0点(IMDb 6.5) 日本版DVDで視聴

 フェリーニの「道」(1954年)の翻案と言って良く、作品そのものは悪くないのだが、上京したての田舎娘を強姦して映画を撮ろうとしたり、主人公がわずかな金でその娘をトルコ風呂に売り払ってしまったりと、昨今の「PC」的風潮ではとても受け入れられないだろう設定や下品な台詞の数々は、時代を考慮してももう少しどうにかならなかったものだろうか。コテコテ昭和生まれの私でも見ていてウンザリしてしまうひどい台詞や設定にはただただ呆れるしかない。

 なべおさみやミヤコ蝶々らの好演(お人好しのヤクザ役を演じている犬塚弘も良い)もあって、それでも最後にはホロリとさせられる。ジェルソミーナ役の緑魔子も良い。

 

 

・「キネマの天地(1986年)」(山田洋次監督) 2.5点(IMDb 7.0) 日本版DVDで視聴

 古い日本映画を愛好する人間には懐かしい作品ではあるが、なんとも「浪花節」調で映画としては全く頂けない。有森也実も主役を十分こなしきれておらず、演出にしても俳優の演技にしても(さらにチープ極まりないセットも)、不出来なテレビ・ドラマでも見ているようである。

 渥美清はさすがに巧いものの、全盛期から比べると見劣りがする。井上ひさし、山田太一、朝間義隆、山田洋次という錚々たる面々が脚本を担当しているにもかかわらず、この出来なのは悲しいと言うより無惨ですらある。

 

 

・「男はつらいよ お帰り寅さん(2019年)」(山田洋次監督) 1.5点(IMDb 6.7) 日本版DVDで再見

 初見時の評点は3.0点と今から思えば信じられない程甘いのだが、その後「男はつらいよ」シリーズ全作を見た後でこの作品を見ると無惨な自己模倣としか思えず、こんな後ろ向きの凡作を見るくらいなら、他の48作(+再編集版1作)のどれか1本でも見た方が遙かにマシである。

 所詮、渥美清のいない「男はつらいよ」など「男はつらいよ」ではないし、今作で見る価値のあるのは過去のシリーズの切り貼り部分だけで(それにしても有名なメロン騒動の場面からどうして最後のリリーの啖呵を削ってしまうのだろう?)、後は見る価値が皆無と言って良い愚作である。

 吉岡秀隆は今作でもヘンテコなギョロ目を繰り返し、後藤久美子の演技も若い時以上にとても見ていられない拙劣さである。