2023年2月16日(木)
 前回に続き、映画鑑賞備忘メモの日本映画編2。

 

 まずは岩井俊二監督作品をまとめて。

 

 

・「花とアリス(2004年)」(岩井俊二監督) 4.0点(IMDb 7.2) インターネットで再見

 手持ちのDVDより高画質のもので再見。

 主役2人の最も輝いていた瞬間をフィルムに収めた幸福な映画(一般的には最後にバレエを披露する蒼井優=上の写真の方がメインなのかも知れないが、私にとっては鈴木杏の方がより印象的だった)。

 記憶喪失の「先輩」を巡る恋愛映画を装いながら実際には2人の少女の友情物語であり、観る側の年齢層や性別に関わりなく魅力的な作品たりえている。

 もっともそれはエロオヤジ監督の目線とエロオヤジ観客の目線が合致してこその魅力であるかも知れず、観客によっては物語らしい物語のない少女漫画のような他愛ない内容にしか思えないのかも知れない。

 

 

・「花とアリス殺人事件(2015年)」(岩井俊二監督) 3.0点(IMDb 7.1) インターネットで視聴

 「花とアリス」の前日譚(アニメ作品)で、決して悪くはないものの話の中心となる殺人事件(の真相)が余りに陳腐で、全体のプロットもかなり緩い(中にはそれこそが良いのだと言う人もいるだろうが)。意図的なのだろうが、アニメとしての画作りが余りうまくないのも個人的には今ひとつ。

 

 

・「GHOST SOUP(1992年)」(岩井俊二監督) 2.0点(IMDb 6.1) インターネットで視聴

 テレビ・ドラマ作品。

 ヨーキー(ヨークシャー・テリア)好きとしては藤田弓子が抱っこしているヨーキーが気になって仕方ない。内容的には上記点数通り。

 

 

・「Fried Dragon Fish(1993年)」(岩井俊二監督) 2.0点(IMDb 6.0) インターネットで視聴

 これまたテレビ・ドラマ作品で可もなく不可もなし。浅野忠信が実に若い(上の写真)。

 今作における芳本美代子演ずるキャラクターは、この後、今作のエンディング・ソング「Break These Chain」を歌っているCharaへと引き継がれて行ったのだろう。

 

 

・「Undo(1994年)」(岩井俊二監督) 1.5点(IMDb 6.5) インターネットで視聴

 緊縛というテーマだけで1本撮ってしまった安易な映画(ドラマ?)。映像や画作りは岩井俊二らしいものの、それだけ。

 

 

・「PiCNiC(1994年)」(岩井俊二監督) 3.5点(IMDb 7.1) インターネットで視聴

 真の「映画」たりうるにはほんのあと一歩という映像作品だが、岩井俊二らしさは既に顕著である。ロケーションの秀逸さ(塀の上を歩いていく危うさ)と撮影の妙が光る。結末はヌーヴェル・ヴァーグ(特にゴダールの「気狂いピエロ」)を想起させる。

 

 

・「ラストレター(2020年)」(岩井俊二監督) 3.5点(IMDb 6.9) インターネットで視聴

 そもそも姉が死んだことを同窓会で告げずに帰る設定自体に無理があり、その後の幾度かにわたる「なりすまし」にも本当らしさや説得力が欠如している。それ以前に、徹底的なまでのアナクロニズムをどこまで許容出来るかが問題だが・・・・・・。

 なぜ若い2人が別れ、未咲が身勝手なダメ男の阿藤と結婚したかといった核心が語られないもどかしさ。手紙が複雑に交錯し混乱を招くことが、「前から分かっていた」という突然の変化球によってウヤムヤにされ、設定自体が無効化されてしまっているのはもったいなく、この設定こそを活かすべきではなかったか。

 

 

・「Love Letter(1995年)」(岩井俊二監督) 3.5点(IMDb 7.9) 日本版DVDで再見

 徹底的に甘ったるく雰囲気重視の作品だが、此処まで徹底してやればひとつのスタイルとなりジャンルにすらなるという一例。しかし決して他人が真似してはならない作風である。最後はプルーストの「失われた時を求めて」の陳腐な使用例(おそらく監督はこの本をまともに読んではいないだろう)。

 

 

・「リリイ・シュシュのすべて(2001年)」(岩井俊二監督) 3.5点(IMDb 7.5) インターネットで再見

 良くも悪くも「時代の映画」で、実際に起きた事件の顛末をこれぞとばかりに投入して「14歳」の「最悪」を描こうとしたらしいのだが、現実の模倣以上のものではない(現実をフィクションとして昇華しえていない)という気がしてならない。

 市原隼人や蒼井優、忍成修吾といった若き才能を発掘しただけでも今作の意義はあるだろう。世評は余り芳しくないようだが、リリイ・シュシュの曲も個人的には嫌いではない。

 

 

・「四月物語(1998年)」(岩井俊二監督) 2.5点(IMDb 7.1) インターネットで再見

 芸能一家に生まれ育った「七光り」女優・松たか子のプロモーション映画で、それ以上でも以下でもない(当の芸能一家も揃ってご出演)。

 主人公の行動は若く美しい女性だからかろうじて許容される(?)だけで、同じことをブサイクな男がやれば単なるストーカー行為でしかないだろう。そうした危ない人を危なくないように見せることに成功しているだけ、岩井俊二も松たか子も非凡だとは言えるかも知れないが、それ以上でもそれ以下でもない、映画以前の映像作品である。

 途中で挿入される時代劇シーンの無駄な長さにはなにか意味があるのだろうか(おそらく有名俳優やタレントを起用する宣伝効果以上のものはないのだろうが・・・・・・。そもそも時代劇としては目も当てられない出来である)。

 

 

・「スワロウテイル(1996年)」(岩井俊二監督) 4.0点(IMDb 7.5) インターネットで再見

 手持ちのDVDより高画質のもので再見。

 今作が個人的に最初に見た岩井作品で、当時の時代感覚と合っていたこともあって強く惹かれ、岩井俊二という存在に一気に注目したのだが、むしろこれは同監督の作品中では異色作であり、その後この系統の作品が撮られていないことを残念に思ったものである。

 初見時の懐かしさもあって上記のような高点数。良くも悪くもバブル経済の崩壊を経た時代の空気が横溢している。当時私の夢想していた21世紀は、今作で描かれているような混沌かつ猥雑とした多様で複雑怪奇なる世界だったのだが、その後の現実世界はインターネットやSNSによって単一の価値観(特にPC的倫理観)が隅々にまで蔓延した狭隘な世界になりつつあるようである。

 

 

 続いて寺山修司の作品を。

・「田園に死す(1974年)」(寺山修司監督) 3.5点(IMDb 7.7) 日本版DVDで再見

 凝りに凝った映像や独自な感覚による美術は相変わらず素晴らしいが(情報量が凄まじいので大きなスクリーンで見たい作品である)、常に背後で鳴り続けている音楽や大げさな効果音はやり過ぎで鬱陶しいほどである。

 主人公と母親の関係は類型的なまでにフロイトそのままで、他のエピソードも断片的で散漫な印象を受けるが、例えば雛段飾りが川を流れてくる場面には映像的に圧倒される。

 「刑務所の中」の花輪和一が「意匠」担当としてサーカスの絵などを描いている(「美術」担当も映画に詩人役で出ている粟津潔)。

 細かいことだが、最後の方でタイム・マシンに乗って数百年遡り、3代前のお祖母さんを殺すという話が出てくるのだが、「3代前」なら数百年にはならないだろう(そもそも「祖母」は「3代前」ではなく「2代前」では?)。

 やはり細かいことだが、八千草薫が「父さんが出征した後」と言う場面で、出征を「しゅっせ」と発音していて一瞬意味が取れなかった。

 東京都新宿区恐山という表現や、生年月日が昭和49年12月10日(映画公開日の少し前)となっているのは、この映画を撮ることが(そして最後に登場する新宿という場所が)寺山修司にとってもうひとつの人生の出発点を意味しているからか。

 

 

・「草迷宮(1978年)」(寺山修司監督) 1.5点(IMDb 7.3) インターネットで視聴

 泉鏡花原作(既読)だが、原作とは似て非なるもので、「田園に死す」のもうひとつのヴァリエーションとでも言うべきか。

 

 

・「さらば箱舟(1982年)」(寺山修司監督) 3.0点(IMDb 7.3) 日本版DVDで再見

 原作はガブリエル・ガルシア・マルケスの「百年の孤独」(既読)だが、細部はすっかり忘れてしまっているので、どこまで原作に準拠しているのかは不明(「原作」と冠することも結局許可されなかったようである)。

 冒頭からの異国情緒ただようロケーションや映像を始め、前半部は「田園に死す」以上に寺山修司独自の世界観が横溢する見事な出来だが、後半に入って原作を逸脱していくにつれて収拾がつかなくなったのか、演劇的な祭りの場面以降は訳が分からなくなり、時代がいきなり100年後に飛ぶなどして消化不良のまま終わってしまった印象。

 

 

 続いて今村昌平作品を何本か再見。

・「豚と軍艦(1961年)」(今村昌平監督) 4.0点(IMDb 7.5) インターネットで再見

 これまたDVDを持っているのだが、インターネットにかなり高画質のものがあったので見直してみた。

 確か前回見た時には以前ほどの痛快さを覚えなかった記憶があるのだが、今回改めて見てみるとやはり見事な出来で、何よりも姫田真左久によるキャメラが絶妙な素晴らしさである。

 台詞が聞き取りづらいのは相変わらずだが、日本語字幕をつけて(今では死語となっている言葉もあるので解説も必要か)高画質でリヴァイヴァル上映などすれば、まだまだ再評価される傑作だろう。個人的には今村昌平作品の中で最も偏愛する作品である。

 主演の吉村実子の生き生きした表情も素晴らしいが(上の写真)、東野英治郎や丹波哲郎、加藤武、佐藤英夫、大坂志郎、南田洋子などの助演陣もそれぞれ個性的な存在感を漲らせていて見逃せない。これ以上惨めな死に方はないだろうという最期をさらすキンタ役の長門裕之や、見た目も豚そのものの親分役・三島雅夫も悪くない。菅井きんと武智豊子の老婆(?)2人組が最高。

 舞台となる横須賀を始め、日本に駐留しているアメリカ(軍、兵)と日本(人)を巡る政治的・風俗的・文化的な関係についても実に示唆的/多義的な作品だが、そうした小難しいことを考えなくとも純粋に物語や映像、音楽(黛敏郎)などからなる映画的愉悦に浸ることが出来る傑作。

 

 

・「にあんちゃん(1959年)」(今村昌平監督) 4.0点(IMDb 7.5) インターネットで再見

 やはりDVDは持っているが、インターネットの高画質のもので再見。

 実話に基づくよく出来た苦労話だが、今作でも撮影が特に素晴らしい。中でもトロッコで高台に子供2人が上がって行き、街を見下ろすショットは絶品。

 今村昌平は今作で文部大臣賞をもらったことを恥じ、次作はもっと猥雑なものを撮ろうと思ったそうだが、その「次作」が上の「豚と軍艦」である。

 今作でデビューした松尾嘉代や若き教師役を演じている吉行和子が実に初々しく、北林谷栄や小沢昭一は相変わらずの巧さ。「にあんちゃん」という題名に反して、元々「末子」が書いた日記を原作としていることもあり、次男(にあんちゃん)よりも末子や兄たちの存在が目立つ内容になっている。

 眼の前のひどい貧窮や、なんの希望も見出だせない先行きに対する不安などにもかかわらず、どこまでも明るく前向きな幼い主人公たちがとにかく眩しい。兄と妹が朝鮮人の知人宅を抜け出して川で泳ぐ場面や、兄弟が海で泳ぐ場面もひどく印象的である(彼らはそうした「洗礼」のたびに新たに生まれ変わるのだろう)。

 

 

・「にっぽん昆虫記(1963年)」(今村昌平監督) 4.0点(IMDb 7.4) インターネットで再見

 これまたインターネットでかなり高画質のものがあったので見直してみた。

 波乱万丈の「女の一生」であると同時に、卓越した戦後(戦前も描かれているが)日本史ともなっており、かつ冷徹な人間観察の記録でもある傑作。

 父親思いの十代から手練手管で老成した60代(?)までのそれぞれの年代と個性とを違和感なく演ずる左幸子の名演には脱帽するしかない。体臭や口臭が臭ってきそうな汚らしい中年男役の河津清三郎も絶品である(上の写真左)。

 黒澤明の「天国と地獄」と同年公開で、改めて当時の邦画の異常なまでのレヴェルの高さには舌を巻くしかない。

 

 

 武満徹が映画音楽を担当している作品をまとめて見ようとしたのだが、この計画は以下の2作を見た時点で滞ったまま。

・「暗殺(1964年)」(篠田正浩監督) 3.0点(IMDb 7.1) テレビ放送を録画したもので視聴

 司馬遼太郎原作(連作「幕末」中の「奇妙なり八郎」、未読)。

 当時の史実に全く詳しくない割には面白く見られたのだが、何度も繰り返されるストップ・モーションの陳腐さや、結末の「暗殺」シーンで突然手持ちキャメラになる唐突さには違和感を覚えるだけで、そうした技巧が活かされていない(もっとも反対にこれらの試みを今作の白眉だと見なす人たちもいるようである)。

 朝廷からの手紙が早口かつ古文のため意味がよく汲み取れず、その後の展開からかろうじて類推するしかなく、せめて字幕が欲しいところ。

 横山勝也の尺八や一柳慧のプリペアド・ピアノによる音楽はまさに武満徹らしいのだが、全体的に音楽は少なめなのが残念。

 

 

・「処刑の島(1966年)」(篠田正浩監督) 3.0点(IMDb 7.0) 日本版DVDで視聴

 武田泰淳原作(未読)、石原慎太郎脚本。

 不安を孕んだ美しい映像は悪くないのだが、如何せん話が「大山鳴動して鼠一匹」のようで何とも物足りない。三國連太郎の造型や父娘の関係なども説明不足でよく分からず、単なる復讐譚以上のものとは思えない。武満徹の音楽も総じておとなしめで余り印象に残らない。

 

 

 村上春樹原作の未見作を何本かまとめて。

・「風の歌を聴け(1981年)」(大森一樹監督) 2.0点(IMDb 6.7) テレビ放送を録画したもので視聴

 原作既読。原作に大筋は借りながら(双子という設定などは「1973年のピンボール」も参照していると思われる)、雰囲気的には全くの別物といって良く、映画好きの学生が撮ったアマチュア作品であればまだしも、プロの作品としては許容しがたい素人臭さと青臭さとに満ちた失敗作と言うしかない。

 特に原作のイメージから余りに乖離したキャスティングにはセンスが感じられず、例えば小林薫自体は悪くはないもののとても大学生には見えず、終始違和感を覚えるしかなかった。

 作中に登場する新宿騒乱や神戸まつり事件は、同時代を生きていなければその意味が全く汲み取れないだろう(私自身そうだった)。その意味からも今作は極めて個人的な「プライヴェート・フィルム」と言うべきものだろう。

 

 

 真行寺君枝は他の俳優たちからも作品の雰囲気からも浮き上がってしまう美しさで(上の写真)、それを愛でることが今作を見る最大の価値かも知れない。好事家(?)にとっては、若き日の室井滋(の裸身)が見られるのも(上の最初の写真)今作の利点(?)か。

 作中のテレビで放映されている映画の台詞を、野沢那智や小原乃梨子、玄田哲章などの声優陣が担当しているのが個人的には嬉しかった。

 製作費の大きな負担になったというザ・ビーチ・ボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」は最初と最後に2度使用されているが(予告編にも用いられている→https://www.youtube.com/watch?v=w5KO6Hg5hbA)、作品全体の雰囲気からすれば、他の(もっと安い)曲でも十分置換可能な(作風に合っているとも思えない)必然性のなさである。

 

 

・「パン屋襲撃(1982年)」(山川直人監督) 2.5点(IMDb 5.9) テレビ放送を録画したもので視聴

 原作未読。16分の短編ながら、その短さも奏功して「風の歌を聴け」より映画としてまとまっていると言えるかも知れない(台詞などは原作そのままらしいが)。「風の歌を聴け」に続いて、今作にも室井滋が出ている(以下の「100%の女の子」にも。下の写真参照)。

 

 

・「100%の女の子(1983年)」(山川直人監督) 2.0点(IMDb 7.2) インターネットで視聴

 原作既読。特に可もなく不可もない原作そのままの短編映画。

 毎回出演の室井滋は早稲田で監督(山川直人)の同級生だったらしく、当時から大森一樹などとも交流があったらしいのだが、それにしても室井滋が「100%の女の子」とは・・・・・・。

 

 

・「悪の紋章(1964年)」(堀川弘通監督) 3.0点(IMDb 5.8) インターネットで視聴

 橋本忍原作(未読)。
 内容的にはなかなか凝った作品で、最後の謎解きもそれなりに意外性があるのだが、しかしどうにも作品として面白くない。雰囲気もあるし、俳優陣も名優揃いで演技も悪くないのだが(名優・佐田啓二にとってほとんど最後の出演作でもある)、如何せん話が込み入りすぎてかえってリアリティや緊張感を欠いてしまっている。前年に撮られた同じ堀川・橋本ペアの傑作「白と黒」に比べると完全に見劣りしてしまう惜しい1本である。

 原作はKindleで読めるので、機会があったら読んでみたい(その後安くなったものの、結局買わずじまい)。

 

 

・「遠い一本の道(1977年)」(左幸子監督) 3.0点(IMDb 6.3) インターネットで視聴

 国鉄労組運動を中心に、国鉄で働く一家とその同僚たちの姿をドキュメンタリー・タッチで描いた作品。左幸子唯一の監督作であり、しかもこれが凡百の映画作品を凌ぐ優れた出来で、その後監督業を続けなかったことが惜しまれる佳作。

 さびれ果てた軍艦島の風景が見られるのも貴重である。ただし星一徹顔負けの「ちゃぶ台返し」を始めとする井川比佐志の家庭内暴力&横暴ぶりにはさすがに抵抗を覚える。
 物語らしい物語はないものの撮影も見事で、当時の風景や鉄道などを撮った画面は実に美しい。音楽は大島渚の「愛のコリーダ」(1976年)などを担当した三木稔という人で、今作でも日本の伝統音楽を交えた(武満徹などに通ずる)前衛的な音作りになっている。

 若き日の長塚京三が実に格好良い(正直、無駄に格好良過ぎる)。

 

 

・「ハウルの動く城(2004年)」(宮崎駿監督) 3.0点(IMDb 8.2) インターネットで再見(テレビ放送を録画したものを持っているが、より映像の綺麗なものがあったので、それで視聴)

 原作未読。

 動く城をはじめとするモノの描写は実に見事なのだが、子供っぽい絵柄の人物描写との乖離が大きく、終始違和感を覚えるしかなかった。

 物語も出だしは悪くないものの途中から支離滅裂になり、最後はこじつけのようなハッピー・エンディングで無理やり終わらせていて破綻していると言うしかない。監督を始めとするスタッフ入れ替えのアクシデントが影響しているのかも知れないが、それ以前に脚本が未熟と言うしかない。

 

 

 後の「もののけ姫」(1997年)や「千と千尋の神隠し」(2001年)の焼き直しと思える描写も多く、天才・宮崎駿でも年老いて自己模倣するようになってしまったか。また今作でも声優の選び方には理解しがたいところがあり、倍賞千恵子の起用は失敗だったと言うしかないだろう(老婆になってからはまだ良いのだが、若い時の声には別の声優を当てるべきだっただろう)。

 

 

 懐かしの「大魔神」3部作をまとめて。子供の頃にテレビで見て(おそらく全作見た訳ではないのだが、どの作品だったかはっきり覚えていない)、結構怖かった記憶がある作品で、数十年ぶりに再見。

 改めて思ったのは、大魔神の出で立ちは1977年公開の松竹版「八つ墓村」の山崎努を思い出させるということである(あるいは「八つ墓村」が取材した「津山事件」が「大魔神」の造型に影響を与えているのか)。

・「大魔神(1966年)」(安田公義監督) 3.0点(IMDb 6.7) 日本版DVDで再見

 荒唐無稽で幼稚だとも言えるが、最後の「魔神」が荒れ狂う場面はなかなかの迫力で、当時劇場で見た観客はかなり怖かったのではないか。

 大魔神の表情(怒っている時)と伊福部昭の音楽が特に良い。城のロケーションなども当時の映画界の隆盛を反映してか、その豪華さに驚かされる。

 大魔神が一旦荒れ狂うと、たとえ良い人間だろうと悪い人間だろうと関係なく巻き添えを喰らうところが妙にリアルである。子供向け作品にしては相当残酷な場面もあり(特に最後の串刺しなど)、今であれば鑑賞に年齢制限がかけられているに違いない。

 

 

・「大魔神怒る(1966年)」(三隅研次監督) 3.5点(IMDb 6.4) 日本版DVDで再見

 話は前作と似たりよったりのご都合主義的なものだが、大魔神の出現で島が沈んだ後、映画「十戒」(1956年)のように海が割れてあらわれた海底を大魔神が歩く場面を始め、海上や島における特撮や、藤村志保が十字架上に架けられて火あぶりにされそうになる場面などのカメラ・ワークが実に洗練されている。

 また人身御供にされた処女の涙をきっかけに魔神が怒って悪を懲らすという展開は如何にも古代神話風で、崖から海中に落ちた島の鐘が水底から鳴り響く場面なども日本古来の沈鐘伝説や西欧神話の「沈める寺」等に拠っているのだろうが、単なる借り物という陳腐さは免れている(それなりの工夫によって活かされている)。名匠・三隅研次の起用が奏功したか。

 

 

・「大魔神逆襲(1966年)」(森一生監督) 2.5点(IMDb 6.2) 日本版DVDで再見

 今作で子供たちが食べるお握りや餅のことははっきり記憶に残っており(特に餅が独特な色をしていたのが気になった)、当時は是非食べてみたいと思ったものである。

 さすがに1年間で3作も撮るとアイディアが枯渇した上、予算まで減らされたのか、最後の大魔神登場まではプロットもいい加減だし、子どもたちの演技も正視に耐えないひどさで、今作で打ち切られたのも宜なるかなの出来。しかし猛吹雪の中で大魔神が暴れ回る場面はさすがの迫力で、最後に刀を抜く場面などは3作中で最も迫力に満ちている。

 これまた子供向けの作品のはずだが、結構残酷な死に方で次々と人が死に、子供への配慮のようなものが全く見られないのは、座頭市シリーズなどを手掛けた森一生らしいか。最後に大悪人が殺される場面も相当なまでに残酷である。

 細かい点として、映画の最後になってようやく作品タイトルが出るのは、邦画としては珍しかったのではないか。