2023年2月8日(水)

 前回の読書備忘メモに続き、今回は映画鑑賞記録のうち、海外の作品を。

 数が多いので出来るだけ簡潔に(したいところだが、どうなることやら・・・・・・)。

 

・「午後の網目(1943年) 原題:Meshes of the Afternoon」(マヤ・デレン監督) 2.0点(IMDb 7.9) インターネットで視聴 上の写真(以下、各作品説明の前にその映画の画像を貼付)

 全部で14分程の実験映画で、以前当ブログで紹介した英国映画協会(British Film Institute、略称BFI)の月刊誌「Sight and Sound」における歴代映画ベスト100でも16位にランクインしている有名作ではあるのだが、今となっては歴史的価値があるだけとしか思えない、実験映画としてはごくごくフツーの(そして退屈な)作品。

 

 

・「マグダレンの祈り(2002年) 原題:The Magdalene Sisters」(ピーター・マラン監督) 3.0点(IMDb 7.7) インターネットで視聴(テレビ放映を録画した動画も持っているが、インターネットでより綺麗な映像のものがあったので、英語字幕で鑑賞)

 ケン・ローチ作品などで活躍している名優ピーター・マランの監督作で、ヴェニス映画祭金獅子賞受賞作。

 これまた歴史的意味合いからすれば大いに意義のある映画だろうし、今作で扱われているような特殊施設は今も世界のどこかに存在しているのかも知れず、もはや時代錯誤かつ非人道的でしかない旧弊的な施設の改善や廃止を求める啓蒙的な意味合いもあるだろう。

 映画作品としても決して悪くはなく、淡々とした演出ながら「洗濯所」という名を借りながら実は何でもありの劣悪な収容所に他ならない修道院の実態を簡潔かつ的確に描き出している。

 これまでも書いて来たように、歴史的事実に基づくこの種の作品を評価するのは困難なのだが(映画そのものに対する評価ではなく、歴史的・倫理的な評価も否応なく混じってしまうため)、あえて映画自体として評価するならば「可もなく不可もなし」と言うしかない。

 

 

・「レディ・バード(2017年)」(グレタ・ガーウィグ監督) 4.0点(IMDb 7.4) インターネットで視聴

 「アメリカン・グラフィティ」(1973年)を彷彿させる青春映画の佳作(点数はやや甘め)。

 映画「フランシス・ハ」(2012年)などで女優としても活躍しているグレタ・ガーウィグによる演出自体は取り立てて優れたものと思えないが、自伝的内容をフィクションに仕立てた見事な脚本や女優たちが素晴らしい。

 あえて短所をあげるなら、自分の殻を破って生まれ育った土地サクラメントを出ていこうとする主人公が余りに善人かつ優等生で真の葛藤が見られないということか(その点においても「アメリカン・グラフィティ」のリチャード・ドレイファスを想起させる)。そうした見方をするなら、結果的に映画人として成功を収めた監督自身の、予定調和的な回顧談に過ぎないと言うことも出来る。

 それでもシアーシャ・ローナンとビーニー・フェルドスタイン(上の写真の2人)の仲良しで、かつイケていない女子学生コンビの様子は見ていて微笑ましく、娘に期待し過ぎてうまく対することの出来ない母親役のローリー・メトカーフを始め、父親や兄夫妻などちょっと変わった家族たちの造型も素晴らしい。

 冒頭でスタインベックの「怒りの葡萄」の朗読を聴いて母娘が涙する場面があるが、今作を見たことが「怒りの葡萄」を(ようやく)通読する大きなきっかけとなった(そしてこのアメリカ文学の傑作を「発見」することにもなった)。

 

 

・「男と女(1966年)」(クロード・ルルーシュ監督) 2.5点(IMDb 7.5) テレビ放送を録画したもので再見

 もっと「見られる」作品だろうと思って久々に見返してみたのだが、実際のところ退屈でたまらないドキュメンタリー風(ミュージック・ヴィデオ風?)作品でしかなかった。撮影も監督自身によるもので、カラーと白黒の画面が何度か切り替わるのだが、その切り替え基準が最後までよく分からなかった。

 生々しいラヴシーンは勅使河原宏の「砂の女」(1964年)やゴダールの「恋人のいる時間」(1964年)を想起させる。

 フランシス・レ(イ)による有名な主題曲は印象的なものの、他の音楽は凡庸でしかない。

 

 

・「男と女 人生最良の日々(2019年) 原題:Les plus belles annees d'une vie」(クロード・ルルーシュ監督) 2.0点(IMDb 6.7) インターネットで視聴

 この前作にあたる「男と女II」(Un homme et une femme, 20 ans déjà、1986年)は未見。

 ルルーシュによる自己模倣の最たる作品だが、第1作の「男と女」を見た人が懐旧の念を抱くには悪くないのかも知れない。ルルーシュがパリ市内を自動車で疾駆して撮った短編ドキュメンタリー「ランデブー(C’était un Rendez-vous、1976年)」の映像も用いられている。主人公だけでなく、第1作で子役を演じていた2人もそのまま同じ役で出演している(歳月の残酷さを感じさせる)。

 養老院内をくるくる回る撮影や自動車の脇にカメラを据えて撮った映像は悪くない。モニカ・ベルッチは完全な添え物で、どうして主人公に娘がいるという設定をわざわざ作ったのかが不明(彼女を出演させることを前提に作られたか)。

 

 

・「日曜日が待ち遠しい!(1982年) 原題:Vivement dimanche!」(フランソワ・トリュフォー監督) 3.0点(IMDb 7.2) インターネットで再見(最初はテレビ放送を録画したもので見始めたものの、字幕の日本語訳がかなりおかしかったので途中でやめ、インターネットで探した英仏語字幕付きのもので視聴)。

 初見時は非常に面白く見た記憶があるのだが、改めて見直してみるとなんとも微妙な出来で、結末に進むにつれて台詞が早すぎて誰が誰だが分からなくなり、何度も戻して見直す必要もあった。

 真犯人も初登場時から既に怪しげですぐに見当がついてしまい、ミステリー作品としては全く頂けない。むしろ今作は主演2人のドタバタのロマンチック・コメディと言うべきだろう。

 遺作でありながら全体に軽快でユーモラスな雰囲気なのは悪くなく、結末もトリュフォーの恋人だったファニー・アルダンの幸福な姿で終わり、52歳での早すぎる死にもかかわらず、その映画人生は見事に幕がおりたという思いがする。

 

 

・「パンチライン(1988年)」(デヴィッド・セルツァー監督) 3.0点(IMDb 5.9) テレビ放送を録画したもので視聴

 トム・ハンクスはこの頃の方が遙かに魅力的だったと思える作品で、共演のサリー・フィールドもいつもながらに素晴らしい。

 最後のコンテストでのトム・ハンクスは、それまでの病院ネタなどに比べると全く面白くなく、下ネタ満載ではあるものの誰が見てもサリー・フィールドの方が優勝だろう。また家庭の幸福を最優先させるという結末も今一つで、IMDbの評価が著しく低いのも分かるような気がする。

 うらぶれた街並みを始め作品の雰囲気と音楽は素晴らしく、コメディ映画でありながらどこか淋しげなのが良い。最後の優勝も決して心から喜べるものではなく、限りなく苦い味がして余韻が残る。

 

 

・「これからの人生(1977年) 原題:La Vie devant soi」(モーシェ・ミズラヒ監督) 4.0点(IMDb 7.2) インターネットで視聴

 エミール・アジャールことロマン・ガリ原作(日本語訳「これからの一生」、既読)。

 原作をかなり忠実に映画化していて、しかも成功している。

 マダム・ローザを演ずるシモーヌ・シニョレは設定通り、かつては美しかったものの、アウシュヴィッツでの体験を経て一気に年老いた女性を実にリアルに演じており、モモ役の少年を演ずる若き俳優をはじめ、他の助演陣も見事に脇を固めている。

 途中まで人間関係や過去についての説明らしい説明がほとんどないため、原作を読んでいない観客には不親切な程だが、言葉の端々からも彼らがどういう人生を歩んで来たのかが徐々に浮かび上がって来る仕掛けが素晴らしい。

 アカデミー外国語賞を受賞したことを政治的文脈で捉えて今作を貶める評も散見されるが、大概ろくでもない映画を選ぶ傾向のあるアカデミー賞が今作を認めたことはむしろ数少ない成果と言って良いだろう。

 

 

・「暗殺の森(1970年) 原題:Il conformista」(ベルナルド・ベルトルッチ監督) 4.0点(IMDb 7.9) 日本版DVDで再見(?)

 アルベルト・モラヴィア原作(未読)。

 名匠ヴィットリオ・ストラーロによる美しく見事な構図の映像や、光と影や白黒とカラフルな画面の対照を生かした美術、ジョルジュ・ドルリューのけだるい音楽が醸し出すファシズムの台頭する暗黒時代の頽廃的で官能的な美が見ものである。ステファニア・サンドレッリとドミニク・サンダがダンスをする場面は白眉。

 

 

・「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(2021年) 原題:No Time to Die」(キャリー・ジョージ・フクナガ監督) 3.5点(IMDb 7.3) インターネットで視聴

 007マニアからすれば「こんなのはボンドじゃない!」と思うだろうこと必至の設定で、結末もああいう結末であるため評判は芳しくないようだが、もともとおバカ作品ばかりの007シリーズに全く思い入れがない私にとっては決して悪くない出来だった。

 確かにボンドが自らの子供の誕生を目尻を下げて喜んだりしているのはどうかと思ったし、最後の島の破壊にしても「スター・ウォーズ」シリーズの「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」(2016年)を見直しているような既視感に襲われたのも確かである。

 しかしあの結末は私としては全く予想していなかったものだけに、良い意味で非常に驚かされた。やはりイギリス映画は、おバカなハリウッド映画とは一線を画しているようだ。

 

 

・「リコリス・ピザ(2021年)」(ポール・トーマス・アンダーソン監督) 2.0点(IMDb 7.3) インターネットで視聴

 これはひょっとしたら舞台となっている1970年代にカリフォルニアで若き日を過ごした人でないと楽しめない映画なのかも知れない。全く行ったことのない時代や場所なのに行ったような気にさせるのが映画やフィクションの魔力だとすれば、今作には(少なくとも私にとって)その魔力が決定的に欠けている。

 主人公2人の古めかしくイケてない顔つきがもたらすリアリティや、謎めいた挿話がどこに向かうのか気になる細部の作りや雰囲気、音楽選択のセンスの良さは認めるものの、それらの行き着く先が所詮あのようなものだとすれば、今作を見ることに費やした2時間強の時間をそっくりそのまま返して欲しいものである。

 

 

・「怒りの葡萄(1940年)」(ジョン・フォード監督) 3.5点(IMDb 8.1) 日本版DVDで再見

 原作既読。

 原作と別物だと思えばよく出来た佳作だと感じ入るのだが、原作を読んだ後に見ると、物語の順番を変え、原作ほど過酷な結末で終わらない今作は余りに分かりやすく改変されていて物足りない(特に上述の「レディ・バード」でも朗読される極めて印象的な最後の文章が全く活かされていないことが惜しまれる)。

 

 

・「アンチクライスト(2009年)」(ラース・フォン・トリアー監督) 2.5点(IMDb 6.5) 英国版DVDで視聴

 とにかく痛々しい映画である。最初はより心理的で深いドラマ作品かと思っていたのだが、途中からホラー映画に一転し、そのまま終了。

 シャルロット・ゲンズブールの(痛々しいまでの)熱演は買うものの、ある意味でこの監督らしいと言える奇を衒った内容と演出に置いてけぼりにされたと言って良い。しかし退屈する訳でもなく、一定の面白さや奇抜さはある。

 

 

・「マルクス兄弟 オペラは踊る(1935年) 原題:A Night at the Opera」(サム・ウッド監督) 1.0点(IMDb 7.8) 日本版DVDで視聴

 マルクス兄弟の出演作はとにかく下品でくだらないドタバタ喜劇で、前々から見るに耐えないと思って来たのだが、今回は無理をして何とか最後まで見てみた。公開当時は新鮮だったのかも知れないが、権威やハイブラウをあざ笑うという意図も既に耐用年数切れで、もはや見る価値のないガラクタ喜劇でしかなく、見ていて終始不愉快でしかなかった。

 

 

・「肉体の冠(1966年) 原題:Casque d'or」(ジャック・ベッケル監督) 3.5点(IMDb 7.6) テレビ放送を録画したもので視聴

 フランス風ハードボイルド&ファム・ファタルもの。セルジュ・レジアーニが自分たちを貶めた男に復讐の弾丸を撃ち込む場面が圧巻である。冒頭の川遊びから始まって、何気ない場面の映像やキャメラの陰影も見事。

 レジアーニもシモーヌ・シニョレも素晴らしいが、レーモン役のレーモン・ビュシェールやフェリックス役のクロード・ドーファンもくっきりとした人物造型で忘れがたい。

 

 

・「現金に手を出すな(1954年) 原題:Touchez pas au Grisbi」(ジャック・ベッケル監督) 3.0点(IMDb 7.7) インターネットで視聴

 題名が印象的な「バディ」ものの有名作だが、実際に見てみると思ったほど面白くない。ジャン・ギャバンが激しく平手打ちをする場面や、大仕事を前にしてパテをビスコットに塗って頬張り、白ワインを飲みながら食事をする場面は(単に私の食い意地が張っているからか)印象に残る(ジャン・ギャバンはジャン・ポール・ベルモンドと共演した「冬の猿」(1962年)などでも食事場面が印象的だった)。

 

 

・「リフキンズ・フェスティバル(2020年) 原題:Rifkin's Festival」(ウディ・アレン監督) 3.0点(IMDb 6.1) インターネットで視聴

 ウディ・アレン作品の中でも極めて自己言及的な映画で、かのアレンも映画人生の総決算に入ったかと感じられる内容。過去の様々な名作映画をパロディにしつつ、老齢でスノッブな映画専門の教授が若く美しい妻と訪れた映画祭で人生を振り返り、ちょっとした妄想を楽しみつつ、最終的に愛妻との離別を迎えるという内容。

 主演のウォーレス・ショーン(上の写真左)のモゴモゴと口ごもるような年寄りめいた台詞使いが(悪い意味で)気になって仕方なかった。

 

 

・「ウディ・アレンの6つの危ない物語(2016年) 原題:Crisis in Six Scenes」(ウディ・アレン監督) 3.0点(IMDb 6.6) インターネットで視聴

  相変わらず見る者の神経をいちいち逆撫でするような台詞や挿話の数々で、それを楽しめればいつものウディ・アレンらしさを堪能できる作品だろう。最後はアレンが映画製作から身を引き、作家として余生を終えたいという意欲を感じさせる結末となっている。

 今作でもまた主人公の妻役のモゴモゴいう年寄りめいた台詞使いが気になって仕方なかった。

 

 

・「銀河ヒッチハイク・ガイド(2005年) 原題:The Hitchhiker's Guide to the Galaxy」(ガース・ジェニングス監督) 2.5点(IMDb 6.7) テレビ放送を録画したもので再見

 ダグラス・アダムス原作の英国お馬鹿SF小説(未読)の映画化作品で、初見時はそこそこ楽しんだのだが、改めて見返してみるとひどく馬鹿らしく思えてならなかった(もっともその馬鹿らしさは初めから意図されているのだが)。改めて原作を読んでみたくなったが、日本に置いて来てしまったのが惜しまれる。

 

 

・「パンズ・ラビリンス(2006年) 原題:El laberinto del fauno」(ギレルモ・デル・トロ監督) 3.5点(IMDb 8.2) 英国版DVDで再見

 スペイン内戦をモチーフにしたダーク・ファンタジーで、ところどころにご都合主義的な展開は見られるものの、結末を安易なハッピー・エンディングにせず、少女の最期に象徴的な意味を持たせている点は評価出来る。

 幻想的な映像表現も見事だが、細部に至る音作りが実にリアルかつ精巧で(虫の体の節々が軋む音など)、音響に耳を澄ますだけで独特な作品世界に引き込まれてしまう。

 全体的に宮崎駿の「となりのトトロ」(1988年)や「千と千尋の神隠し」(2001年)の影響が見られるか?

 

 

・「小さな恋のメロディ(1971年) 原題:Melody」(ワリス・フセイン監督) 2.5点(IMDb 7.6) インターネットで視聴

 1970年代始めのロンドン南西部やソーホーを見られる懐かしさ(?)も手伝って途中までは決して悪くないのだが(ビー・ジーズの歌も作風に合っている)、最後のドタバタですっかり台無しで、そもそもジョン・オズボーンやアラン・シリトーの「怒れる若者たち」を始め、モッズやヒッピーなどを経た1970年代の作品としては、さすがに余りに幼稚かつナイーヴ過ぎる内容だろう。

 トロッコに乗った2人を俯瞰する最後のショットだけは悪くない(他の映画で似たような構図を見た気がするが、果たしてどの映画だったか?)。

 

 

・「リバー・ランズ・スルー・イット(1992年)」(ロバート・レッドフォード監督) 4.0点(IMDb 7.2) インターネットで視聴(英語字幕付き)

 原作ノーマン・マクリーン(未読)。

 最後に悲劇が起きることは随所に示唆されていたので意外感はないが、とにかく美しいアメリカの大自然と、牧師一家の強い信頼と絆(それでいて兄弟の間には微妙な感情の行き違いが絶えず存在し続ける)、少しも奇をてらうことのない落ち着いた演出や演技で、如何にも名作然としているのが鼻につくものの、やはりこれは見事な佳作だろう。下記の「普通の人々」(1980年)同様、レッドフォードらしい生真面目さと誠実さが滲み出ている作品である。

 語り手の台詞(語り)が多いのはやや気になるが、その言葉はどれも詩的で耳当たりが良く、レッドフォードの朗読も淡々としながらも見事である。時折引用されるワーズワースの詩などが(英語力不足で)十全に味わえないのが惜しまれてならない。

 

 

・「普通の人々(1980年)」(ロバート・レッドフォード監督) 3.5点(IMDb 7.7) 日本版DVDで再見

 ジュディス・ゲスト原作(既読のはずだが、映画との違いなど全く記憶にない)。

 数十年ぶりに再見。ちなみに今作のDVDはかなり初期に買ったDVDの1枚。

 原作通りの内容かも知れないものの、初見時もメアリー・タイラー・ムーア演ずる母親(上の写真左)に対して余りに厳しすぎる内容だと思った記憶があり、あるいは原作者が女性であることも同性に対する酷薄さに影響しているかも知れないと感じたものである(単に私の偏見か)。たとえそれがより「リアル」な描写であろうと、結末での家族との別れの場面で彼女に和解のチャンスを与えて欲しかったと思わずにいられない。

 

 

・「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ(2009年) 原題:Nowhere Boy」(サム・テイラー・ウッド監督) 3.5点(IMDb 7.1) 日本版DVDで再見

 ザ・ビートルズの伝記映画やドラマではこれがベストで、ジョン・レノンを演じたアーロン・ジョンソンとミミおばさん役のクリスティン・スコット・トーマスがいずれも素晴らしい(惜しむらくはポール・マッカートニーとジョージ・ハリスン役の俳優がいずれも存在感に乏しすぎる点である)。

 幼くして母をなくしたポール・マッカートニーと、これから母と和解しようとしていたさなかに事故で亡くしたジョン・レノンが、お互いの傷を認めあって理解や絆をさらに深める場面が特に良い。

 

 

・「オール・ザ・キングスメン(1949年) 原題:All The King's Men」(ロバート・ロッセン監督) 3.5点(IMDb 7.4) テレビ放送を録画したもので視聴

 原作未読。

 ヒューイ・ロングという実在のモデルがいるらしいし、全体的に余りに図式的過ぎるきらいがないでもないものの、ドナルド・トランプなどのポピュリズム政治家が跳梁跋扈する中で見直すとよりリアリティや説得力を感じられる傑作である。

 黒澤明の「悪い奴ほどよく眠る」(1960年)は今作から影響を受けているか?

 

 

・「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密(2019年) 原題:Knives Out」(ライアン・ジョンソン監督) 3.0点(IMDb 7.9) インターネットで視聴

 推理モノとして決して悪くはないのだが、探偵役のダニエル・クレイグのわざとらしい演技(特に米国南部訛りだというおかしな話し方)が鼻につき、どんでん返しの推理自体にもそれほど新味がある訳でもなく、全体的な雰囲気もどこか軽くて印象に残らない。

 最後の「きみは善人だ」というような台詞からも、今作も移民排斥問題などで物議を醸していたトランプ政権下におけるPC映画のひとつであり、その皮相で薄っぺらな人間観が今作全体に漂う薄っぺらさをそのまま反映していると言えるだろう。

 他の人も書いているが、モルヒネを多量に注射された(はずの)プラマーがいつまで経っても頭脳明晰なままなのに、たとえ自分のミスに動転していたとしても、常に沈着冷静な看護婦が全く気づかないのは極めて不自然である(私ですら瀕死の人間がこんなに普通に思考・行動できるはずがないと感じた位である)。

 

 

・「ナイブズ・アウト: グラスオニオン(2022年) 原題:Glass Onion: A Knives Out Mystery」(ライアン・ジョンソン監督) 4.0点(IMDb 7.7) インターネットで視聴

 世評とは反対だが、アガサ・クリスティ作品(「そして誰もいなくなった」など)へのオマージュも感じられ、個人的には前作より今作の方が断然説得力もあり面白く見られた(ただし冒頭の余りに軽薄な雰囲気には違和感を覚えた)。最後に満を持して登場するジョン・レノンの「Glass Onion」にはしびれた(この曲に0.5点を献上)。

 


 

・「わが谷は緑なりき(1941年) 原題:How Green Was My Valley」(ジョン・フォード監督) 3.0点(IMDb 7.7) インターネットで再見

 題名とは裏腹に、村人たちは余りに偏見や悪意に満ち、貧しさ故か寛容の精神にも欠け、結局主人公の家族は新天地を求めて村を出るか、事故にあって死んでしまうしかなくなる(娘は娘で牧師とスキャンダル沙汰になって不寛容な人々の間で肩身の狭い思いをしている)。

 主人公の父親や母親の言動には深い信念や家族への愛情や信頼に満ちたものが感じられるのだが、結局彼らも周囲の人々から理解を得られず、失意の人生を歩まざるをえないでいる(それでいて決して自ら恥じることはないというプライドも維持してはいる)。

 そのためやるせなさだけが募る作品で、姉と牧師のエピソードなども無駄なように思えてならない。

 

 

・「離愁(1973年) 原題:Le train」(ピエール・グラニエ・ドフェール監督) 3.0点(IMDb 6.9) インターネットで視聴

 ジョルジュ・シムノン原作(未読)。

 これも一種の「ファム・ファタル」ものと言えるだろうか。主人公たち、特にロミー・シュナイダーの過去が曖昧模糊としていて、彼ら2人が惹かれ合う理由もはっきりせず(もっともそんなものは到底合理化出来ないものなのかも知れないが)、あらかじめ決められた運命のように2人が突然結びついて離れ、後に再び相まみえた際も、まるでそうすることが決められていたかのように悲劇的最期を共にする彼らの行動には理解や共感は覚えられないままだった。

 名作として讃えられて来た作品だけにこちらの期待値が高すぎたせいか、プロット的にも余りにシンプルで正直拍子抜けした。

 

 

・「(500)日のサマー(2009年) 原題:(500) Days of Summer」(マーク・ウェブ監督) 2.0点(IMDb 7.7) インターネットで視聴

 高評価につられて思わず見てしまったのだが、20代に見ていればそれなりに面白く見られたかも知れないものの、「惚れた腫れた」にもはや全く興味のなくなったすれっからしオヤジになった今、とにかく退屈かつお寒い気分のまま見終えるしかなかった。特に音楽の安易な使用にはウンザリさせられるだけだった。

 個人的に唯一楽しめたのは、ズーイー・デシャネル演ずる主人公(上の写真右)がザ・ビートルズのメンバーの中で一番のお気に入りがリンゴ・スターだというのを、相手の男が訝しく思うところである(日本とは違って欧米ではリンゴ・スターが人気だと聞かされて来たのだが・・・・・・やはりそうではないようである)。

 

 

・「父 パードレ・パドローネ(1977年) 原題:Padre Padrone」(タヴィアーニ兄弟) 3.0点(IMDb 7.3) 英国版DVDで視聴

 貧村に暮らす親子(人手が足りないため父親は子供を学校に行かせることすら嫌がったが、才能に恵まれた子供は長じて学者にまでなる)を巡る実話に基いたシンプル極まりない内容なのだが、細部には分かりづらく挿話も多く中々作品に入り込めない。

 ひどく深刻な内容かと思えば、性への目覚めや羊が牛乳に糞を落とす場面などにユーモラスさもあり、その配分がよく分からず時として置いてけぼりにされるようだった(なんと今作では動物も話す(内面の声)のである)。

 動物虐待のような場面には嫌な気持ちになる。同様に父親の暴君ぶりも見ていて辛い。

 

 

・「マーティ(1955年)」(デルバート・マン監督) 3.0点(IMDb 7.7) インターネットで視聴

 アカデミー賞で作品賞や監督賞、脚色賞などを受賞し、カンヌ映画祭でも最高賞を受賞した数少ない作品(その後60年以上経った2019年のポン・ジュノ「パラサイト 半地下の家族」まで例がなかった)。

 地味ではあるが、人生の瞬間を捉えた佳作で、当時の映画界はこのような小品を高く評価するだけの見識があったと言えるだろう。ただし今見ると時代がかっているのは致し方ない。

 それにしても同年のカンヌ映画祭では溝口の「近松物語」も候補に入っているのだが、どう考えても「近松物語」の方が圧倒的に素晴らしいだろう。候補作が多くて審査員はろくに見ていなかったのではないかと勘ぐりたくなる。

 完成版から削除されたシーンがYouTubeでも公開されているのだが(以下のアドレス参照)、これは本編に残しておくべきシーンだったのではないか。これがあることで、女主人公の絶望がさらに深いものであったことが分かり、それゆえに最後のシーンがさらに引き立ったに違いない(その後別のウェブサイトで見た今作の動画にはこの削除シーンも含まれており、今ではいわゆる「ディレクターズ・カット」や「完全版」として削除シーンが追加された形で販売されているのかも知れない)。

 https://www.youtube.com/watch?v=mQGyKNUvQT0

 

 

・「エデンの東(1955年)」(エリア・カザン監督) 3.5点(IMDb 7.8) 日本版DVDで再見

 上記「マーティ」とアカデミー賞やカンヌ映画祭で賞を争った作品の一つ。

 ジョン・スタインベックの原作は未読。

 人物造型がかなり図式的で結末もいささか出来過ぎの感があるが、誰もが愛情に飢えていながら、しかし自らは他者に素直に愛情を与えられない登場人物たちが虚しく愛を模索する物語。

 原作は一家三代にわたる、よりスケールの大きい物語らしいのだが、今作はそこからジェームズ・ディーン演ずるキャルを中心とする親探し(同時に兄弟殺し)のシンプルな話だけを描いている。

 

 

 父子の対立場面での斜めに傾いだ映像やブランコの揺れに合わせて揺れるカメラなど、技巧に走った余り決して巧みとは言えない映像もあるものの、ジェームズ・ディーンが母親に会いに行くために列車の屋根の上でセーターにくるまって寒さを凌ぐショットは素晴らしい(上の画像。ただしこの直後の、如何にも合成映像と分かる場面は反対に興ざめである)。

 

 

・「理由なき反抗(1955年) 原題:Rebel Without a Cause」(ニコラス・レイ監督) 3.5点(IMDb 7.6) 日本版DVDで再見

 これまた家族を始め、誰からも愛されないことに苦しみ少年を中心にした物語。ほぼ1日の間に事件が次々と起きる構造はフランス古典演劇の「三単一の法則」のように演劇的である。

 すれっからしオヤジの私にはもはや彼らのような「若者の苦悩」を理解することは出来ず、どこか子供じみて見えてしまいさえするのだが、「シネマスコープ」を意識した画面作りや俯瞰ショット、天文台やその裏の高台、廃屋にある水なしプールなどのロケーションの妙、鮮やかな色彩など、映像的には見どころの多い作品である。

 「Chicken」をヒヨッコと訳すなど、日本語字幕がかなり怪しい(後の方では同じ台詞に「臆病者」という正しい訳を当てているのに、なぜ最初からそう訳さなかったのか理解不能)。

 

 

・「グランド・ブダペスト・ホテル(2013年)」(ウェス・アンダーソン監督) 3.5点(IMDb 8.1) 日本版DVDで再見

 今回はあえて日本語吹替版で見てみたのだが、全体的には決して悪くない出来だったものの、以下のように変な吹替(息継ぎする場所が間違っている)があった(他にもおかしな飜訳が散見された)。

 

 元の台詞→「嫌々お相手をしていたわけではなく、彼自身も楽しんでいたようだ」

 吹替版の台詞→「いやいや、お相手をしていたわけではなく(後略)」

 (本来の台詞は、心ならずも相手をしていたという意味での「いやいや(嫌々)」だったと思うのだが、DVDの吹替では、前言を打ち消すための「いやいや(そうではない)」という意味合いになってしまっている。途中で誰も間違いに気づかなかったのだろうか?)

 

 

・「マグノリアの花たち(1989年) 原題:Steel Magnolias」(ハーバート・ロス監督) 3.0点(IMDb 7.3) テレビ放送を録画したもので視聴

 前半はお気楽なコメディ、後半は一転して悲劇へと劇的に転調する作品で、最後には「それでも人生は続く」という感慨に満たされる小品。こうした地味で淡々とした作品がハリウッドでも作られることは救いだが、フィクションとは分かっていても後半の心の痛む展開は見ていて辛さを覚えた。

 元々は演劇作品らしく展開が淡々としながら急で、感情がなかなか追いついていかないもどかしさを感じた。内容よりも名女優陣の競演を楽しむ作品と言うべきか。

 

 

・「ポルターガイスト(1982年)」(トビー・フーパー監督) 3.0点(IMDb 7.3) 日本版DVDで再見

 数十年ぶりに鑑賞。

 初見時(15歳)もそれなりに面白く見たのだが、それにはジェリー・ゴールドスミスの耳に残る印象的な音楽(https://www.youtube.com/watch?v=4Q0omIwbxjw)も大いに貢献していたかも知れない。

 怪奇現象の原因(無理な土地開発で墓地の遺体をそのまま放置)などは如何にも後付けしたようで、今見ると理屈は分かるものの理が勝ちすぎていて白けるのだが、それでもそれなりに見られてしまうのは、かなりの予算を使ったという特撮技術やスピルバーグらによる脚本がしっかりしているからか。ただし如何にもスピルバーグ作品らしい家族愛の要素は取って付けたようで空々しくもある。

 

 

・「コルドリエ博士の遺言(1959年)」(ジャン・ルノワール監督) 2.0点(IMDb 6.6)英国版DVDで視聴

 原作はロバート・ルイス・スティーヴンソンの「ジキル博士とハイド氏」(未読)。

 テレビ用映画作品だが、かのジョゼフ・コスマが担当したとは思えない陳腐で安っぽい音楽にげんなりさせられたこともあり、特に面白い作品とは思えなかった(名優ジャン・ルイ・バローの変身を楽しむ作品か)。ジャン・ルノワール作品という特徴もさほど感じられない凡庸な作品。

 

 

・「レザボア・ドッグス(1992年) 原題:Reservoir Dogs」(クエンティン・タランティーノ監督) 3.5点(IMDb 8.3) 日本版DVDで再見

 よく出来た脚本だが、一発アイディアという印象も否定出来ない小粒の作品で、タランティーノの本格的な開花は次作「パルプ・フィクション」まで待たなければならない。

 私が毎週楽しみにしている日本のテレビ番組「二軒目どうする?〜ツマミのハナシ〜」でも使われているGeorge Baker Selectionによる「Little Green Bag」(以下のアドレス参照)を再発掘したことでも知られる作品。

 https://www.youtube.com/watch?v=U9VVt_dNq6U

 

 

・「パルプ・フィクション(1994年)」(クエンティン・タランティーノ監督) 4.0点(IMDb 8.9) 日本版DVDで再見

 今回同様、初見時も疑問に思ったのだが、親分のマーセラスは全く別の相手から(つまり2度にわたって)「ファックされた」のかどうかということで、そうでないと時系列上、トラボルタの最期の後で、最初の(美味しそうなハンバーガーが登場する)若者たちとのやり取りが起きることになり、矛盾を来してしまう(しかしそんな偶然がありうるだろうか)。

 おそらく今作には大した意味など全くないのだろうが、それでも意味ありげな台詞(特にかなりいい加減だという聖書からの引用句)や愉快なエピソードの積み重ね、音楽の選曲の良さ等が相俟って、実に面白い傑作に仕上がっていることだけは否定できない。

 

 

・「キートンのセブン・チャンス(1925年) 原題:Seven Chances」(バスター・キートン監督) 3.5点(IMDb 7.8) インターネットで視聴

 結末は最初から見え透いているし、途中まではのろのろしていて退屈ですらあるのだが、どうやって撮影した(出来た)のか分からない最後の20分程のアクション・シーンはとにかく圧巻である(キートンのすぐそばで鴨かなにかを鉄砲で撃ち落とす場面などにしてもまさに命がけである)。100年前にアクション撮影は既にここまでの完成度を誇っていたことを思うと、最近の映画などは技術がどれだけ進んだとしても本質的には少しも進化していない(むしろ退化している)ことが分かる。

 今日の視点からすれば、相手がユダヤ人だったり黒人だったりするだけで「結婚相手に相応しくない」とするような場面は「PC」(政治的正しさ)的には完全にアウトだろう。

 最初と最後に犬が絡んでくるのも犬好きからするとなんとも微笑ましい。

 

 

・「ロイドの要心無用(1925年) 原題:Safety Last!」(フレッド・C・ニューメイヤー、サム・テイラー監督) 3.5点(IMDb 8.1) インターネットで視聴

 これは上記「セブン・チャンス」の上を行くスリル満点のコメディで、スタント・シーンのドキドキ度だけからすれば極上の逸品である。難点はそれ以外のコメディ部分が大して面白くないことで、「セブン・チャンス」同様、コメディ作品というより最後のスタントや特撮を楽しむアクション映画と言うべきかも知れない。

 

 

・「痴人の愛(1934年) 原題:Of Human Bondage」(ジョン・クロムウェル監督) 3.0点(IMDb 7.0) インターネットで視聴

 サマセット・モームの「人間の絆」が原作(既読)。

 原作のごく一部(ミルドレッドとの絡み)を駆け足で粗筋だけざっくり追って作られた作品で、名女優ベティ・デイヴィス(上の写真左)の若き日の演技を見る以外には余り興味をそそられない凡作。登場人物の背景がほとんど描かれていないため、原作を読んでいない人にとっては人間関係や行動の意味がうまく理解できないのではないか。原作もそれなりに通俗的だが、今作はさらに通俗的で終始皮相な内容に終始している。

 

 

・「ヤング・フランケンシュタイン(1974年)」(メル・ブルックス監督) 2.5点(IMDb 8.0) 英国版DVDで視聴

 オリジナルの「フランケンシュタイン」と内容的には大して変わらない作品で、ところどころに(しばしばお下品な)ジョークを交えて描いたお下劣コメディ作品だが、世評がこぞって高評価の割には大して面白いと思えなかった。結末もまたお下品で、そうした展開を面白いと思える人には楽しい作品なのだろう。

 ただしジョン・モリスの哀切を帯びた音楽だけは悪くない。