2022年6月18日(土)

 

(追記)

 いきなり追記から始めるが、今日6月18日はポール・マッカートニーの80歳の誕生日である。

 しかし私はザ・ビートルズの音楽には多大な関心を寄せているものの、個々のメンバーの人生にはさほど興味がなく(そのくせジョン・レノンの80歳の誕生日や死去40年の際には当ブログでも記事にしたのだが・・・・・・)、たまたま今日別の記事をアップすることがなければ、このことに言及するつもりもなかった。2年前(2020年)の7月7日にリンゴ・スターが80歳を迎えた際も触れたことはなかった(はずである)。

 

 とは言え、未だ現役で今もアメリカでライヴ・ツアーを続けているそのヴァイタリティにはただただ感服するよりなく、ザ・ビートルズの音楽がこれからも世の関心を惹き続けるためにも、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターには1日も元気に長生きしてもらいたいとは思っている。

 

 そこで(リンゴ・スターに対しては遅ればせながら)、この2人に満腔の祝福を捧げたい(こんなことをあえて言葉で書くのは結構恥ずかしいのだが・・・・・・) 。

 Happy birthday, Paul and Ringo!

 

《追記は以上で、以下が元々の記事》

 

 備忘メモが埋もれていた映画鑑賞記録の続きで、今回は日本映画(の3)。今のところはこれで一旦打ち止め。

 

 まずは濱口竜介監督作品を4作。 

・「偶然と想像(2021年)」(濱口竜介監督) 4.0点(IMDb 7.6) インターネットで視聴

 偶然の出会いや再会をモチーフにした3つの短編から成るオムニバス作品。これまでオムニバス映画で本当に面白いと思ったものは皆無と言って良いのだが、今作はコンセプト・アルバムのように主題に関連性もあり、それぞれが独立した物語でありながら、3編が大きな長編を構成していると言えなくもない傑作である。

 3作のうち最後の「もう一度」は偶然と錯誤による出会いが、思いがけず両者の人生の深い部分に突き刺さり、意味や方法は異なれ互いに希望や前途を見出す稀有の瞬間を味わうことが出来る(今作は続きが予定されているらしいので今から楽しみである)。

 

 

・「ドライブ・マイ・カー(2020年)」(濱口竜介監督) 3.5点(IMDb 7.9) インターネットで視聴

 原作は村上春樹の短編集「女のいない男たち」(既読。集中の「ドライブ・マイ・カー」や「シェエラザード」、「木野」に、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」を組み合わせている)。

 自己の過失と向き合い、その事実を受け入れながら生きていこうとする人々の物語、と要約してしまうと説教めいて響くかも知れないが、「ワーニャおじさん」の台詞を鍵としながら、過去のトラウマを抱えた登場人物同士の関係性が淡々と描かれていく。

 「偶然と想像」同様、こちらの予想を裏切る意外な展開や、次に何が起きるか分からない不穏な空気が常に立ち込めていて気を緩めることが出来ず、3時間という長さを全く感じさせない。

 原作の「シェエラザード」からは「千夜一夜物語」にある死の匂いが感じられないのだが、この映画では妻が夫に隠れて不倫をしているという設定によって、遠からず破綻が訪れることが予感され、実際にある日、唐突な死が到来する(死という懲罰を与えられるのは、彼女が記憶にある物語を語れなかったからだろうか? やつめうなぎへの言及は、不倫と死の組み合わせも含め、吉村昭&今村昌平の「うなぎ」を連想させる)。

 結末の韓国でのエピソードは蛇足気味だが(元々韓国で撮影を予定していたらしいのだが、コロナ禍で撮影を断念したことに配慮した結果か?)、西島秀俊と三浦透子が、それぞれ己の傷や罪と向き合いつつある姿を示すためか。細かいことでは、見ている間は全く気づかなかったのだが、最後に三浦透子と一緒にいる犬は、韓国人夫婦が飼っていたのとは別ものらしい。

 

 

・「ハッピーアワー(2015年)」(濱口竜介監督) 3.5点(IMDb 7.6) インターネットで視聴
 評点は3.5点と4点の間(3.75点)。

 5時間強の長尺でありながら、全く弛緩するところのない作劇はやはり並大抵の才能ではない。台詞が考え抜かれて通俗に堕さず、いつどこに飛び出していくか分からない不穏さに満ちみちているのは「偶然と想像」同様で、この時点で濱口竜介という監督が既に完成していたことが分かる。山と海に挟まれた神戸という土地が産み出す、上昇と下降の連続も緊張感をもたらしている。

 

 

・「寝ても覚めても(2018年)」(濱口竜介監督) 3.0点(IMDb 7.0) インターネットで再見

 初見時は全く評価しなかったのだが、他の作品を見てから改めて見返してみると、「ハッピーアワー」から発展している部分もあり、初見時よりはマシに思えた。

 それでも到底ありえないような偶然が度重なるこの「痴情」話への違和感は相変わらずで、震災や難病という題材にしても余りに安易に用いられているように思えてしまう。

 そもそも麦と亮平が瓜二つという設定でなければ、どこにでもある陳腐な痴話でしかなく、撮影(構図)などに多少見るべき点はあるとしても、これまで見た濱口作品の中で最低評価であることには変わりがない。

 今作の最良の「役者」は、間違いなく絶妙なタイミングで鳴いたり動いたりする猫の「仁丹」だろう。

 

 

 「ドライブ・マイ・カー」鑑賞後、同じ村上春樹の短編を原作とする以下の映画も見てみた。

・「ハナレイ・ベイ(2018年)」(松永大司監督) 2.0点(IMDb 6.3) インターネットで視聴

 原作既読。

 とにかく主人公があちこち行ったり来たりしてひどく慌ただしく落ち着きのない作品で、その割に(元々が短編小説であることもあって)大したことが語られている訳でもない。長編にするため無理やり付け加えられた部分が、読み手の想像力にゆだねられている原作の簡潔さを台無しにするようなものばかりで(例えば元米兵で主人公にからんで来る男との喧嘩など)、作品としてはかえって底が浅くなってしまっている。

 

 

 中川右介著の「角川映画 1976-1986」を読んで改めて見たくなった角川映画を、何作かまとめて(本当は手持ちの作品を全て見て記事にするつもりだったのだが、本数が余りに多いため何本も見ないうちから呆気なく挫折)。

・「人間の証明(1977年)」(佐藤純彌監督) 3.0点(IMDb 6.6) 日本版DVDで再見

 角川映画版「砂の器」とも言える作品だが、到底ありえない偶然が相次ぐ脚本が致命的で、夜明けの雲海での犯人と刑事たちとの見事な対峙場面をもってしても、今作を救うことは出来なかった(キャメラは今村昌平監督作等で知られる名匠・姫田真左久で、作品にもカメオ出演している)。

 3点という評点はこれでも大甘なのだが、原作にはない主人公・棟居のNYでの捜査を現地撮影するなど、当時の角川春樹の意気込みや熱量だけは感じ取ることができる。

 

 

・「時をかける少女(1983年)」(大林宣彦監督) 3.0点(IMDb 6.6) 日本版DVDで再見

 原作は筒井康隆の短編(既読)。

 チープな特撮や下手なMVもどきのエンディング(https://www.nicovideo.jp/watch/sm28461017/sm40251228 あるいは https://www.youtube.com/watch?v=KY1RdQj843Y)、「桃栗3年柿8年」から始まるくだらない歌などはどれもお寒い限りなのだが(さらに原作には記載のある、主人公が時間跳躍と瞬間移動をするに至った原因や方法も省略されてしまって訳が分からなくなっている)、往々にしてオフザケの過ぎる大林作品にしては真面目で落ち着いた作風で、それなりに見られる(古く懐かしい風景を擁する尾道のおかげも大きい)。

 スチルカメラで尾道の街並みを1枚ずつ撮って作ったという、時間を遡行するシーンも悪くない(ただし冒頭の安っぽいキラキラ/金ピカ加工(?)だけは全く頂けないのだが・・・・・・)。

 

 

 角川映画ではないが、同じ原作をもとにしたアニメ映画も見直してみた。

・「時をかける少女(2006年)」(細田守監督) 4.0点(IMDb 7.7) 英国版DVDで再見

 時間跳躍に関する矛盾点が放置されたままなのが惜しまれるものの、原作以上と言って良い傑作である(しかし細田守監督作はこれ以降、右肩下がりでクオリティが劣化し続け、もはや端から見る気になれなくなってしまった)。

 大林版を見たり原作を読んだりした後で見直してみて、今作の「魔女のおばさん」が、原作の少女の成長後の姿であることがはっきり分かった(初見時もそういう評を目にしてはいたのだが、当時は原作も未読で、大林版の内容も忘れていたので、よく分からなかったのである)。

 

 

 大島渚監督作品を3作。

・「青春残酷物語(1960年)」(大島渚監督) 3.5点(IMDb 6.9) テレビ放送を録画したもので再見

 中平康の「狂った果実」(1956年)などと並び、フランスのヌーヴェル・ヴァーグやアメリカン・ニューシネマなどを先取りしている大島版「俺たちに明日はない」(製作の順番は逆なのだが)。

 今から見ると拍子抜けするくらいまっとうな青春映画で、大島渚監督作にしてはお行儀の良い作品である。当時の「運動」の挫折が私などの世代にはよく分からない上、結末の事故シーンも映像的に貧弱極まりないのだが(川又昂による撮影/映像自体は素晴らしく、病床で眠る桑野みゆきの横で川津祐介がリンゴにかじりつくシーンはとりわけ印象的である)、大義や大望が失われ、投げやりに目先の快楽を求めるしかない現代の刹那的な生き方を既に予見しており、今でも全く古びていない。

 ただし真鍋理一郎の音楽は今ひとつで、黛敏郎あたりが担当していたら、映画としての完成度はさらに増していただろう。

 

 

・「日本の夜と霧(1960年)」(大島渚監督) 3.5点(IMDb 6.9) テレビ放送を録画したもので視聴

 ノンポリ世代やシラケ世代より後のバブル世代としては、今作で描かれている安保闘争や共産党活動などに全く興味がなく、むしろ彼らの頭でっかちで唯我独尊的な言動をひとりよがりで不毛なものだと思うしかないのだが、ほとんどそうした論争で成り立っているこの映画がそれでも面白く感じられるのは、スパイが誰なのかといったミステリー的要素もあるものの、会社からいつ撮影中止を言い渡されるか分からない不安定な状況下で、台詞の言い間違いもお構いなしに長回しを多用して撮られた現場の緊張感がそのまま観客に伝わって来るからだろう。

 そうした撮影方法の稚拙さや未完成さを批判する意見も少なくないが、映画にしても文学にしても、完成度だけが作品の良し悪しを決定づける訳ではない。

 「青春残酷物語」では陳腐だった真鍋理一郎の音楽も、作品自体のある種の不協和音と重なる部分があって悪くない。

 

 

・「儀式(1971年)」(大島渚監督) 3.5点(IMDb 7.3) インターネットで視聴

 もはや形骸や形式のみになってしまった「儀式」において、まるで何の問題もないかのように皆がそれぞれの役割を演じ続ける様が、天皇制や戦後の日本社会を示していることは間違いない(下の写真にある中村敦夫の最期が彷彿させる三島由紀夫の自決は今作公開前年の1970年のことである)。

 

 

 花嫁なしに披露宴が続けられる場面に顕著なように、儀式に参加する人々が真面目で深刻であればあるだけ、第三者の目には無惨なまでに滑稽に映り、しかし「自動機械」と化した儀式自体を止めることは参加者の誰にも出来ないのである。

 そうした日本社会への懐疑や問題意識が果たして現在も有効かどうかは微妙であるものの、かつてこうした映画が若き第一線の映画監督によって撮られ、それを高く評価する批評家や観客たちがいたこと(キネマ旬報ベストテン第1位)を思うと、まさに隔世の感がある。

 最近になって初めて見る機会のあった山田太一脚本のテレビドラマ「想い出づくり。」(1981年)での「花嫁なき結婚式」の元ネタが、この映画だと分かったのは収穫だった。

 

 

・「劇場版 おいしい給食 Final Battle(2020年)」(綾部真弥監督) 1.5点(IMDb なし) インターネットで視聴

 友人に勧められて見たテレビドラマ版は懐かしさも手伝って非常に面白かったのだが、映画版は昨今の日本映画の駄目な部分を集約したような残念な出来となってしまっている。この後作られたドラマ版のSeason2も今作同様「おフザケ」が過ぎて最初のドラマ版とは比較にならず、ドラマにしても映画にしても、当初のクオリティを保ちながら続編を作ることの困難さを示している。

 


・「夢一族 ザ・らいばる(1979年)」(久世光彦監督) 0.5点(IMDbなど評なし) Amazon Prime Videoで視聴

 原案はコーネル・ウールリッチの短編「睡眠口座」(未読)。

 Amazonのセールで100円だった上、向田邦子脚本のドラマなどで知られる久世光彦が監督した映画ということで見てみたのだが、演出にも内容にも良いところが一切なく、無意味なヌードシーンや笑うに笑えないギャグなど、テレビと同じ軽いノリで作られた駄作である(評点は0点でも構わない位である)。

 題名は久世が演出したドラマ「ムー一族」から取ったものか。

 

 

 知人に勧められて「孤狼の血」シリーズ2作を鑑賞。

・「孤狼の血(2018年)」(白石和彌監督) 3.5点(IMDb 7.0) インターネットで視聴

 今作同様、広島を舞台とする「仁義なき戦い」からの影響は顕著で、ナレーションなどはほとんどパクリと言っても良い。

 冒頭で役所広司とMEGUMIが警察の取調室でかき氷を食べる場面は、黒澤明の「野良犬」(1949年)そっくりである(続編「孤狼の血 LEVEL2」において中村梅雀が松坂桃李を自宅に連れて行ってご馳走する場面も、やはり「野良犬」へのオマージュだろう)。

 そうした過去の作品を想起させる部分は多々あるものの、警察とヤクザが持ちつ持たれつの癒着体質にある中、自ら悪役をあえて買って出て巨悪の撲滅を目論む役所広司と、役所の不正を追及するという使命に惑わされ、結局は上層部の隠蔽工作に加担して権力の犬と化すだけの松坂桃李との対比が見事で、なかなかの力作である。

 

 

・「孤狼の血 LEVEL2(2021年)」(白石和彌監督) 3.0点(IMDb 6.7) インターネットで視聴
 これまでのイメージを完全に覆す鈴木亮平の熱量あふれる演技は見ものだが、作品自体は前作に比べリアリティを欠き、警察幹部やヤクザの親分衆の馬鹿さ加減も失笑モノである。鈴木亮平や村上虹郎が在日韓国人だという設定にも必然性や説得力があるとは思えず、最後のカー・アクションも取って付けたようで余計でしかない。

 前作も含め内容的に香港ノワール映画の傑作「インファナル・アフェア」シリーズとどうしても比べたくなってしまうのだが、残念ながら到底比肩しうるレヴェルにはない。やはり続編で同じクオリティを保つのは至難のようである。