2022年1月21日(金)

 寺田農(てらだ・みのり)という俳優の名前を初めて意識したのは、岡本喜八の「肉弾」(1968年、ATG。上と下の写真)を見た時のことで、おそらく私が10代半ばから終わりにかけての頃だったはずである。

 映画監督・岡本喜八のことを意識するようになったのもこの映画のおかげで、その前後に見た大林宣彦の「転校生」(1982年)や森田芳光の「家族ゲーム」(1983年)などと共にその製作(の一端)を担っていたATG(日本アート・シアター・ギルド)という映画会社に興味を持つようになったのも、この作品がひとつのきっかけだった。

 「肉弾」という映画に惹かれた私は(もっともその最大の理由は、若き日の女優・大谷直子の弾けるような裸体に魅惑されたからだったことを告白しなければならないだろう。下の写真)、岡本喜八の監督作や大谷直子の出演作、ATGが製作/配給した映画などを探し求めるようになったのだが、正直、寺田農という俳優のことまで追いかけようとはしなかった。

 

 

 もちろんそれ以降もテレビや映画でこの俳優の姿は何度も目にしていたのだが、「肉弾」以降は地味な助演級の役柄がほとんどだったこともあって、俳優として特別に意識するような機会は訪れなかった。

 それから数十年を経て、昨年、歿後20年を迎えた相米慎二の作品をまとめて見た際、主演作「ラブホテル」(1985年)を筆頭に、この人が相米作品の常連であることに遅まきながら気づいた(その感想等についての過去記事→https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12716457583.html)。

 しかも単なる俳優としてのみならず、相米慎二監督との緊張関係を保ちながら映画の製作過程にもかなり深くコミットしていたことも分かり、この人に対する関心はいや増した(上の過去記事にアドレスを掲げたトークショーの内容を参照。ちなみに下の対談でも言及があるが、寺田農は映画監督・実相寺昭雄とも「親友」で、その監督作にも数多く出演しているらしいのだが、私は「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」における演出作を何本か見たことがあるだけで映画作品はほとんど未見のままなので、近いうちに手持ちの「無常」や「曼荼羅」、「歌麿 夢と知りせば」などの代表作を鑑賞してみたいと思う)。

 

 

 そんな中、インターネットで様々な記事を渉猟しているうちに、「総合文学ウェブ情報誌 文学金魚」というサイトで公開されている、実父で画家だった寺田政明の回顧展や、寺田政明が詩人・画家の小熊秀雄などと共に参画していたアトリエ村「池袋モンパルナス」についての寺田農のインタヴューを目にして、この人が映画のみならず日本の美術界への造詣が並々ならないものであることを知った(しかもインタヴューの冒頭で言及されているように、まさに池袋モンパルナスのあった場所で生まれているのである)。

 

《池袋モンパルナスへの旅》2012年の記事

前編 https://gold-fish-press.com/archives/1798 (縦書版 https://gold-fish-press.com/archives/1758)

後編 https://gold-fish-press.com/archives/1854 (縦書版 https://gold-fish-press.com/archives/1787)

《生誕100年 寺田政明展》2013年の記事

https://gold-fish-press.com/archives/12030 (縦書版 https://gold-fish-press.com/archives/12020)

 

 

 正直に告白すると、私はそもそも日本の美術(特に現代の洋画家)には非常に疎く、寺田農の父親である寺田政明という画家のこともこれまで全く知らず、詩人の小熊秀雄にしても、大昔に岩波文庫版の詩集を買ったり青空文庫版の作品集をKindleにダウンロードしたりはしていたものの(https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person124.html)、いずれも現在に至るまで積ん読のままで、この人が詩人のみならず画家でもあり、池袋モンパルナスに深く関わっていた(「池袋モンパルナス」と名付けたのは小熊だったとも言われている)ことも全然知らなかった(★)。

《★ 私が池袋モンパルナスの画家たちでかろうじて知っていたのは、下の自画像などで知られる靉光(あいみつ、あいこう。本名は石村日郎)だけである》

 

 

 一方の「池袋モンパルナス」に関しては、後に集英社文庫に入った宇佐美承の「池袋モンパルナス 大正デモクラシーの画家たち」(下の画像)が文芸誌「すばる」に連載されている時に何度かパラパラめくったことがあるのだが、パリのモンパルナスと東京の池袋という取り合わせのちぐはぐさに、どうせフランスかぶれの貧乏画家たちが勝手に屯(たむろ)していただけだろうと小馬鹿にして、後に書店で文庫版を見かけた際にもあえて買おうとしなかった(今では文庫本にも結構な高値がついていて、買わずにいたことを大いに後悔している)。

 

 

 そんな私がインターネットで調べたことを適当にまとめて池袋モンパルナスについて書いてみたところで何の説得力もないし、何よりも上にアドレスを貼った寺田農の話が、そのぶっきらぼうな話ぶりや寸鉄人を刺すような鋭い識見とで非常に面白い読み物になっているので、これらのインタヴューをとにかく味読していただきたいと思う(さらにインタヴュアーが池袋モンパルナスのみならず日本美術にも相当通暁していることも、これらのインタヴューの内容を充実したものにしている)。

 

 寺田農はこれらのインタヴューの中で、当時の画家やその作品を体制批判や反戦といった思想にすぐに結びつけようとする評論家やメディアの安易で先入観に満ちた見方にピシャリと釘をさしているのだが、芸術家を含む多くの人間の生においては、主義や思想といったものより、まずは日々の生活(を生き延びること)ありきだったのだという実際的な信念がこの人には強くあるようである。

 

 

 また、池袋モンパルナスに関連した言葉ではないが、寺田農の話で私がとりわけ強い印象を覚えたのは以下のようなものである。

 「戦前は、戦争がなかったら新聞は売れなかったんだからね。戦争が起きるたびに喜んでいたのは新聞社なんだ。ラジオもない時代には、新聞が唯一の情報源だったですから。新聞業界には戦争待望論のようなものがあって、戦争が起きるたびに部数を獲得していったって面があるんです」

 

 戦前戦中とは違って現在では、新聞のみならず、インターネットやSNS、テレビやラジオ、雑誌など数多くの情報媒体が巷間に溢れているが、しかし今回の新型コロナウイルスをめぐる報道を見ていると、戦争だけでなく、事件や事故の発生や到来を待望し、商売のために世論を煽ろうとするメディアの本質は少しも変わっていないようである。

 しかも今では新聞や雑誌の販売部数やテレビの視聴率に加え、インターネットでの参照数を増やすために、どのメディアも過度なセンセーショナリズムやフェイク・ニュースまがいの主観的な報道にまみれているという意味では、歴史はその規模を増大させながら反復されつつあると言っていいだろう。

 
 
 さらに「自分史の確認」のために寺田農が100年以上前の父親の生誕にまで遡って色々調べてみた末の結論が、「人は進歩しないんだってことがわかった。人は、ホモサピエンスは進歩しない」というものだったというのには、個人的に大いに共感するのでもある。  
 そして人間を作った神が、ああ、これは失敗だ、これじゃまずいと思い、贖罪のために人間に与えたものが芸術とスポーツだというのが、俳優であり画家の息子である寺田農の最終結論であるというのも、如何にもこの人らしいと感じ入ったものである。
 
 ともあれ、とりあえず今すぐ私に出来ることとしては、Kindleに取り込んだ小熊秀雄の作品を読むことと、寺田農の親友・盟友だった実相寺昭雄の監督作を見ることがあり、新型コロナウイルスのせいでいつになるとも分からない次回の日本帰省時には、高値がついてもはや手が出ない2冊のエッセイ集「寺田農のみのりのナイ話」と「寺田農のノウ・ガキ」を図書館で借りて読み、これまた高値のついている宇佐美承の「池袋モンパルナス 大正デモクラシーの画家たち」を手に入れて池袋モンパルナスや日本の現代美術について考察してみたいと思っている。
 
 
 上の新聞と戦争の関わりや人類の進歩についての発言に見られるように、多少思い込みが激しいようには思えるものの、日本映画界の現場や現代美術界の歴史に通じている上、話が実に刺激的で面白いこの寺田農という人に集中的にインタヴューして1冊の本にまとめたり、3冊目のエッセイ集か自伝でも書かせたりする出版社や編集者はいないものだろうか。
 もっともこの人の話を十全に引き出すには、インタヴュアーに日本映画や日本美術に対する深い知識や造詣が求められるだろうから、その仕事が容易なものでないこともよく分かるのだが・・・・・・。
 
 最後になるが(当記事を書くに際して具体的に参考にした訳ではないが)、池袋モンパルナスについて調べているうちに見つけた以下の記事が非常に面白かったので、アドレスを貼付しておく。
 

池袋モンパルナス 美術情報2017-2020

http://kousin242.sakura.ne.jp/wordpress013/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%BE%8E%E8%A1%93/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E7%BE%8E%E8%A1%93%E4%BD%9C%E5%AE%B6/%E6%B1%A0%E8%A2%8B%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%82%B9/