2021年8月24日(火)

 今夏のソウルは例年と大差なく本当に暑い猛暑日は8月初旬までの1週間程で終わり、以後はそれなりに暑くとも朝晩は秋の気配を濃厚に感ずる気候になって行った。特に先週末から週明けにかけて台風が朝鮮半島南部に接近・通過したため、此処ソウルも連日の雨模様で、夜眠る前に窓をちゃんと閉め切っておかないと風邪を引いてしまいそうな程である。

 もともと暑がりで汗かきの私は真夏の暑さが決して得意ではないものの、まもなく本格的な秋が訪れ、その後に長く寒い冬が待ち構えていることを考えると、ほとんど終わりつつある夏のことが既に懐かしく思われ、物悲しい気分に襲われ始めている。

 

 そんな今年の夏、例年通り横溝正史原作の映画や大林宣彦監督の「転校生」などを見はしたものの、他にも幾つかのテーマにもとづいて映画やドラマ、本などを見たり読んだりして来た。

 そのうちのひとつが以前も紹介した向田邦子原案(一部原作)、久世光彦演出によるドラマで(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12688808844.html)、暇にあかして28作あるドラマを難なく視聴し終えた(他のテーマもそのうち記事にする予定だが、春から読み始めながらもはや夏の間には制覇し切れないだろうアガサ・クリスティの小説44作品の読書も含まれている)。

(追記 当日=8月22日に本記事をアップするつもりでいながら結局間に合わなかったこともあって書き忘れてしまったのだが、去る8月22日は向田邦子が亡くなってちょうど40年目の命日だった。改めてその死を悼み、心から冥福を祈りたいと思う。)

 

 今回見たドラマは大きく以下の3種類に分類することが出来る(詳細は上の記事を参照のこと。現在のところ以下のアドレスで何作かを視聴可能(その後、アカウントが削除されてしまった)→https://www.youtube.com/channel/UCAoiTpH-5_jBbKKIhTnb2gA/videos)。

 

 ①向田邦子新春ドラマ(1985年~2001年、全19作)

 ②向田邦子終戦記念ドラマ(1995年~1999年、全5作)

 ③その他単発ドラマ(「隣りの女-現代西鶴物語-」★(1981年)、「春が來た」(1982年)、「思い出トランプ」(1990年)、「向田邦子の恋文」(2004年)の4作)

《★この「隣りの女-現代西鶴物語-」だけは久世光彦ではなくTBSディレクターの浅生憲章による演出作品である》

 

 

 当初は上記の全作品を見るつもりまではなく、ただインターネットに次々とアップされていたものを漫然と見始めただけで、それぞれの作品についての評価(点数)や感想メモもつけてはいなかった。

 結局そのまま最後まで評価や感想は書き留めずにしまったのだが、というのも一言で言ってこれらのドラマ(特に上記①の「向田邦子新春ドラマ」)のほとんどが、私にとっては二度と見ることのないだろう凡庸な水準としか思えなかったためである。

 そもそも「隣りの女-現代西鶴物語-」と「思い出トランプ」、「あ・うん」の3作を除けば、どれも向田邦子という名前を冠する必要のない(もっと言えば、冠すべきではない)作品ばかりで、言ってしまえば久世光彦という演出家・作家が向田邦子という「ビッグ・ネーム」を借りて(利用して?)自分の作りたいドラマを作ったと言うべきものである。

 そして残念ながらそれらのクオリティは、向田邦子自らが脚本を書いた「隣りの女-現代西鶴物語-」にも、向田邦子の脚本をもとに作られた「思い出トランプ」や「あ・うん」にも到底及ばないもので、極言するなら上記①と②をあわせた(そこから「あ・うん」を除き、1982年の「春が來た」を含む)24作品を一緒くたにしたとしてもこれら3作のいずれにも拮抗しえない、同工異曲で独りよがりな作品が大半なのである。

 

  「思い出トランプ」より

 

 しかしそれ以上に、「原案」や「原作」とはほとんど名ばかりで、単に「寺内貫太郎一家」や「父の詫び状」などの自伝的作品から登場人物の造型や時代背景を部分的に借りて来ているに過ぎず、実際はほとんど久世光彦「色」に染められていると言っていいこれらのドラマに、果たして向田邦子という名前を用いることが妥当だったか大いに疑問なのである。

 もっと厳しい言い方をするなら、これらは彼女の作品のごく一部を都合よく切り取って利用した「まがい物」でしかなく、しかもそうした贋物に向田邦子の名をあえて冠したことで、元の向田作品までをも歪曲・毀損したと言っても決して過言ではない。

 

 たとえ善意に考えて、これらが久世光彦自身の希望や発案によって作られたものではなく、視聴率や話題性を貪欲に追求するテレビ局や広告代理店が主導したものであったとしても、かつて「寺内貫太郎一家」や「七人の孫」、「時間ですよ」などで脚本家と演出家として仕事を共にした「戦友」や「同志」であるはずの久世が、仮に遺族の諒解や勧めなどがあったとしても、「もはや口なし」でしかない故人を利用して「向田邦子風」の「紛い物」を長年にわたって作り続けた罪は限りなく大きく、深い。

 言わばこれらオリジナルとは似て非なる作品自体が向田邦子という脚本家・小説家に対する大いなる冒涜であり、久世光彦らが20年近くもの間やり続けたことは、「羊頭狗肉」の看板を掲げた確信的な詐欺だと言いたくなる程の破廉恥行為なのである。

 

 

 むろんこれはあくまで私の極私的かつ極端な感想/意見でしかなく、これらのドラマによって向田邦子の名を初めて知り、彼女の書いたドラマや小説(つまり「贋物」ではない「本物」)を手にとった人も少なくないだろうことを考慮すれば、これらの存在意義が絶無ではないことを認めるにやぶさかではない。

 しかし繰り返せば、上記①と②のドラマは端から向田邦子という脚本家・小説家とはほとんど無関係な代物で、久世光彦が中心になって作り出した全くの別物でしかなく、向田邦子という名前を利用することは誠に不適当でしかない。

 

 さらに男女間の淫靡猥雑でみみっちい関係(不倫はほぼ全作共通の基本設定である)を中心に据えたこれらの作品には、往々にして青臭く時代錯誤的な文学臭や懐古趣味が顕著で(太宰治や漱石、近松、ワーグナーなどへの直接的言及や小津安二郎や笠智衆へのあからさまな目配せなどがその好例である)、それはまさに「一九三四年冬-乱歩」や「蕭々館日録」などの小説や「昭和幻燈館」や「花迷宮」といった随筆を著した久世光彦の文学世界そのもので、向田邦子の世界と共通するものはほとんどない。

 そうでなくても二十年近くもの間、年始め早々からドロドロした男女間の痴情を扱うドラマを見せられ続けた視聴者たちが、放映当時どう感じていたのか、今となってはかえって興味深く思える程である。

   作り手たちの妄想(願望?)ででもあるのか、中には強姦や強姦まがいの描写や、男女が騎乗位&屋外で性交する露骨な場面などもあったりして、まだ正月気分が抜けきらない中、「寺内貫太郎一家」のような家庭ドラマを期待しながら家族揃ってドラマを見ていた視聴者たちは、新年の雰囲気と全くそぐわないその頽廃的で、時として病的ですらある内容や表現にさぞ度肝を抜かれたに違いない(それでも年に一度のことならまだしも、今回はそんなものを立て続けに見続けたものだから、余計ウンザリさせられるしかなかった)。

 

 そして向田作品の世界に改めて触れてみようかとこれらのドラマを見た今夏は、私にとっても当初期待していた向田邦子ではなく、不本意にも久世光彦という演出家・作家の淫靡で内向きな世界にたっぷり付き合わされることになってしまった。

 積ん読ならぬ積ん見のまま放置していたDVDを「消化」したという点では決して意味のない時間ではなかったものの、毎回似通った&気の滅入るような男女間の爛れた関係を扱った作品に少なからぬ時間を浪費したという点では、極めて不毛な夏だったと言っていい。

 ただし「あ・うん」や「思い出トランプ」といった向田邦子「原作」のドラマは(私の偏愛するNHK版には到底敵わないものの)それなりの出来で、とりわけ「隣りの女-現代西鶴物語-」は、向田邦子が脚本を書いたほとんど生前最後のドラマであり(これまで何度も書いて来たように、実際は「続あ・うん」が最後に放映されたドラマである)、どういう事情でか未だDVD化されていない数少ない向田作品でもあるだけに、視聴出来たこと自体に価値があるだろう。

 また②の「向田邦子終戦記念ドラマ」は、戦争や反戦というしっかり骨太な主題が基底にあるせいか、比較的出来の良い作品が多かったことも一応付け加えておきたい。

 

  「あ・うん」より

 

 個々の作品についての感想等は省略するが、全体を通して改めて痛感したのは、当然とは言え、加藤治子や森繁久彌といったヴェテラン勢が極めて優れた演技巧者だったことで、ほぼ全編にわたって出演している(当時はまだ比較的若手だった)田中裕子や小林薫らも決して悪くはないものの、土台「格」や「桁」が違うということだった。

 上でさんざん酷評・罵倒した後でなんだが、全28作のうちなんとか見るに値すると思われる&個人的に推薦したい作品は、上記の3作以外では以下の5作品である(制作年度の後は主な出演者)。

 

・「春が來た」(1982年) 桃井かおり、三國連太郎、松田優作、加藤治子、杉田かおる

・「空の羊」(1997年) 田中裕子、小林薫、戸田菜穂、田畑智子、萩原聖人、西島秀俊、三木のり平、名古屋章、四谷シモン、加藤治子

・「蛍の宿」(1997年) 岸恵子、清水美砂、田畑智子、戸田菜穂、荻野目慶子、椎名桔平、山本太郎、藤田敏八、四谷シモン、 小林薫

・「小鳥のくる日」(1999年) 田中裕子、戸田菜穂、小林薫、田畑智子、加藤治子、町田康、今井雅之、岩崎加根子、四谷シモン

・「いつか見た青い空」(1995年) 岸恵子、清水美砂、戸田菜穂、林美穂、筒井道隆、江波杏子

 

 また今夏、上記のドラマに加え、向田邦子による以下の小説作品もKindle版で購読した(いずれも再読)。

 

・「男どき女どき」(新潮文庫Kindle版)

・「あ・うん」(文春文庫Kindle版)小説版

・「思い出トランプ」(新潮文庫Kindle版)

 

 

 最後に訃報を4件(敬称略)

 

 

 最初は歌手・俳優のジェリー藤尾(14日死去、享年満81歳。上の写真)。

 古い映画好きにとっては何と言っても黒澤明の「用心棒」(1961年)や「どですかでん」(1970年)であり(下の写真)、5年程前に初めて見た野村孝の「拳銃(コルト)は俺のパスポート」(1967年)における俳優としての姿である(「用心棒」では冒頭にほんのちょっと出てくるだけの端役だが、三船敏郎に腕を切り落とされて泣き叫ぶ声は今でもはっきり耳に残っている)。

 代表曲の「遠くへ行きたい」を筆頭に歌手としても精力的に活動し、「拳銃(コルト)は俺のパスポート」でもギター片手に美声を披露していたのが印象的だった(映像は余り綺麗ではないが、この映画は今のところ下記で視聴可能→https://vimeo.com/69142962)。


  「用心棒」より、右から2番目(右端は三船敏郎、左端は中谷一郎)

  左端(その右隣が中谷一郎、そして三船敏郎)

  腕を切り落とされて痛がるジェリー藤尾

 

  「どですかでん」より

  「拳銃(コルト)は俺のパスポート」より
 

 

 2人目は俳優の辻萬長(つじ・かずなが、18日死去、享年満77歳。上の写真)。

 こちらも私にとっては(最近DVDで見直したこともあるが)市川崑監督の金田一耕助シリーズに何作にもわたって登場した刑事役が一番記憶に鮮明である(下の写真左、右は「よし、分かった!」の加藤武。とりあえず手持ちの「獄門島」からの写真で、より鮮明な写真をいずれ改めて貼付し直す予定)。

 

 

 前にも紹介したことのある「週刊金田一」というブログでこの人のことを詳しく紹介している記事が目にとまったので、参考までに以下にアドレスを掲げておく(https://ameblo.jp/kanizanokare/entry-11523126443.html)。

 

 

 3人目は映画プロデューサーで元松竹取締役の山内静夫(やまのうち・しずお、15日死去、享年満96歳。上の写真右。左は小津映画に何作も出演し、実の親のように小津を慕ってその最期をも看取った俳優・佐田啓二の遺児・中井貴一である)。

 小津安二郎と親しく「彼岸花」(1958年)や「秋日和」(1960年)では「原作」も担当した作家・里見弴(とん)★★の四男として生まれ、1948年に松竹大船撮影所製作部に入社(冗談だが、これはコネ入社だろうか?)。小津安二郎の「早春」(1956年)や「東京暮色」(1957年)、父・里見弴原作の「彼岸花」や「秋日和」、「お早よう」(1959年)、「秋刀魚の味」(1962年)など、小津の晩年作のほとんどで製作を手掛けたことで知られている。

 正直、その名前こそ小津作品などで見知っていたとは言え、まだ存命だったとは全く思っていなかったので、今回の訃報には本当に驚かされた。

《★★ 関連の過去記事「小津安二郎・里見弴脚本「青春放課後」→https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12502041037.html

 

 

 最後は俳優の千葉真一(19日死去、享年満82歳。上の写真左。右は元妻の故・野際陽子)。

 正直よく知っている訳でも好きだった訳でもないのだが、子供の時に(再放送で)何度か見たドラマ「キイハンター」のことはなんとなく覚えているし、その後は角川映画の常連として「戦国自衛隊」(1979年)や「白昼の死角」(1979年)、「蘇える金狼」(1979年)、「復活の日」(1980年)、「魔界転生」(1981年)★★★などでよくお目にかかった(?)人である。さらに「トラック野郎・度胸一番星」(1977年)や深作欣二による冗談のようなSF「宇宙からのメッセージ」(1978年)における演技もかすかに記憶している(また、クエンティン・タランティーノの「キル・ビル」(2003年)にも出ていたらしいのだが、そもそもこの作品自体に余り覚えがなく、千葉真一のこともほとんど印象に残っていない)。

《★★★ これらの映画の公開年度をちょっと見ただけでも、当時角川映画が信じられないようなペースでそれなりの規模の作品を続々公開していたことが分かる。》

 

 ちゃんと読んではいないものの、いつもの英紙ガーディアンの訃報関連記事は以下の通り。

 

訃報記事 https://www.theguardian.com/film/2021/aug/24/sonny-chiba-obituary

追悼記事 https://www.theguardian.com/film/2021/aug/19/sonny-chiba-martial-arts-master-and-kill-bill-star-dies-covid

 

 

 いずれも簡単な紹介で恐縮だが(特に辻萬長は出演作が余りに多すぎて、かえって作品名とすぐに結びつかないのである)、これらの故人の死を悼み、冥福を心から祈りたい。RIP.