2021年7月20日(火)
日本は全国的に梅雨が明けたらしいが、ここ韓国はまだ梅雨のさなかである。
とは言っても連日雨がしとしと降り続けている訳では全くなく、むしろ天気自体は晴れたり曇ったり中心で、気温も午後には30度を超える暑い日が続いている。
たまに雷が鳴って一天俄(にわか)にかき曇り、東南アジアかと見まがうようなスコール状の豪雨になることもあるが、全体的には雨量の少ない梅雨だと言えるだろう(その分、真夏が訪れてからの水不足が心配にもなるのだが、不思議なことに韓国に来てから深刻な水不足に遭遇したことはないような気がする)。
この時期、出来るだけ晴れ時間の多い日に洗濯したい私は、日々予報をチェックしては、翌日の天気が悪くなさそうだとアラームをいつもより早めにセットして、朝早くから洗濯を始めることにしている。
しかし大抵そういう日に限って天気予報はハズれ、途中で雷雨やスコールになってヴェランダに干してある洗濯物をあわてて屋内に退避させることになったりする(まさに昨日がそうだった)。
天候の不安定なこの時期は正確な予報は至難なのかも知れないものの、それにしてもこのところ予報がぴたりと当たった試しがなく、私のように自然の日差しや風で洗濯物を乾かしたいと思う「古臭い」人間は、いつ一変するとも知れない空模様を眺めながら、連日落ち着かない気分を抱き続けている。
さて、上の写真は「ナッティ」という名の犬である(追記。おそらく英語の「naughty」から来ている名前だと思うのだが、英和辞典などには「わんぱくな、行儀が悪い」と言った意味がないではないものの、果たしてこれがまともな犬の名前としてふさわしいものなのかどうか、私にはよく分からない)。
このナッティ、先天性の弱視からやがて全盲になり、やはり目の不自由な旦那さんとともにマッサージ治療院を営む今年64歳の女性(以下、「女性」)のもとで8年間過ごした後、盲導犬を「引退」すると、生後まもなく人間との生活に慣れるために預けられたボランティア家庭(「パピーウォーカー」と称するらしい)のもとへ「戻」って、静かな余生を送ることになった元盲導犬である。
そもそも私がこの犬のことを知ったのは、数日前に以下の「読売テレビニュース」のYoutube動画をたまたま見たことがきっかけだった。
https://www.youtube.com/watch?v=qGOuDEMHl4A 約18分
このテレビ局では4年前、大型犬の短い一生にとって「半生」よりも長い8年の長きにわたってこの女性の「目」となり、同時に「子供」や「友」ともなって過ごしたナッティが盲導犬生活を終え、再び「パピーウォーカー」の家庭に迎えられるまでの過程を放送したことがあるらしく、今回は当時の映像に加え、その後新たな盲導犬を迎えたこの女性が、年老いたナッティと久しぶりに再会する「後日譚」が紹介されている(おそらく以下の動画が4年前に放送された最初のものだろう→https://www.youtube.com/watch?v=4MS2SmeySmE)。
私などは動画冒頭で女性が現在の盲導犬「ルーフ」に優しく声をかけながら、「ふたり」で道路を歩いていく姿を目にした時点で既に「涙腺崩壊」状態で、それ以降は視界をたびたび遮る生暖かい液体をひっきりなしに手で拭い続けなければ、動画をまともに見ることも出来なかったほどである。
しかし私がここで自分の稚拙な感想を縷々書き連ねてみたところで、女性とナッティを写した1枚の写真にも、わずか1秒の動画にも値しないことは重々承知しているので、ご興味のある方には上記動画をご覧いただくことにして、これ以上つまらぬ説明は書かないでおくことにする。
それでもあえてひとつだけ書き添えておくなら、8年間を共に過ごしたナッティとの別離の時が訪れた際にも、「ナッちゃん、元気でね。お母さんは大丈夫だからね。お母さん泣いちゃったら、あなたも困るでしょう。ねえ、心配だもんね。大丈夫だからね」と、あくまでナッティのことを気遣いながら、淡々と「パピーウォーカー」のもとへ送り出そうとする女性の気丈な姿に、私はただただ感服するしかなかったのである。
同様に、わずか10ヶ月という短い間とは言え、生後1年弱の最も愛らしい子犬時代を共に過ごしている途中で、泣く泣くその子犬を「務め」へと送り出しただけでなく、2年の訓練期間を含む10年という不在期間を経た後、これから年老いて死んでいくだけの老犬を再び「うちの子」として迎え入れ、最期の日まで幸せな時を過ごさせてあげたいという「パピーウォーカー」の家族にも、やはりひたすら頭が下がるだけなのである(2年前に愛犬を亡くして辛い思いをした私にはそれだけの「覚悟」はこれからも持てそうにない)。
今回の動画を見ていてひとつだけ惜しまれるのは、ナッティが本当に元気なうちに女性と再会出来ていたらということで、今回の4年ぶりの再会の約1年前、散歩途中で脳梗塞の発作を起こして倒れたというナッティは、自動車での旅の疲れもあってか、女性との久々の対面の喜びよりも、どこかしんどそうに見えてならなかった(そしてそれが単に私の思い過ごしでなかったことは、下記の「ネタバレ」部分を参照いただければお分かりになるはずである)。
だからもし脳梗塞になる前に「ふたり」が再会出来ていたなら、ナッティは「お母さん」との再会をもっと純粋に喜び、自ら進んで先導しながら、かつて暮らした家に勢い良く入っていったかも知れないと思うと、その「遅すぎた再会」に少しだけ心が痛んだものである(もちろん再会出来ぬまま永遠の離別を迎えるよりも、再び相まみえることが出来ただけでも幸いだったのではあるが・・・・・・)。
盲導犬は目の不自由な人たちにとって、日々の生活に必要不可欠な存在であることはもちろんだが、それ以上の意味を持つかけがえのないパートナー的存在でもあるに違いない。
半面、盲導犬として生涯の大半を送ることになる犬は、人間のためにある種の犠牲を強いられているとも言えるが、今回の女性のような優しく愛情深い人と共に過ごせるのであれば、ペットとして飼われている犬と境遇的にそう大きな違いがあるとも思えず(もちろん彼ら盲導犬は飼い主(動画では「ユーザー」という言い方をしている)の目となるだけでなく、危険を察知したら身を呈してユーザーを守る責任や重圧まで負わされ、「お気楽」なペット犬とは根本的な違いがあるのだが)、犬を虐待したり簡単に棄てたりするようなひどい飼い主に飼われるペットよりもずっと幸福だと言えるかも知れない。
4年ぶりの再会に喜ぶ女性に応えるナッティ(しきりに匂いを嗅いでいる)
いずれにしても、人間のために奉仕することを強いられているという意味で、私は彼らに深い敬意と感謝(同時に哀れみ)とを覚えずにはいられず、せめて盲導犬としての役割を全うした後は、1日でも長く平穏で安らかな余生を送ってもらいたいと心から願うだけである。
一方で、最近よく伝えられるニュースに、盲導犬と飼い主が鉄道駅のホームから誤って転落して死亡する事故があり、鉄道会社や行政が転落防止用のホームドア設置の対策を進めてこの種の事故が根絶され、盲導犬と目の不自由な人たちとが安全に共生できる状況が更に整っていくことを心から祈るのみである。
最後に、以下は一種の「ネタバレ」(?)だが、
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この動画にはさらに「後日譚」があり、以下の記事の中でその事実(以下の青色部分)がさりげなく記されている(「後日譚」部分はわずかで、記事の内容はほとんど上記動画と重複しているのだが、他のYahooの記事同様、いつ削除されてしまうか分からないため、以下に全文をコピーしておくことにする→その後やはり削除されてしまい、以下のアドレスはリンク切れ)。
https://news.yahoo.co.jp/articles/965fa5fc03a175951b672781b662d3cf5448e86a?page=1
以下、上記記事(の文章部分のみ)
【特集】「もう一度会いたい…」引退した盲導犬ナッティ 元パートナーと4年ぶりの再会…そして迎えた最期の時
高齢となり、役割を終えた盲導犬・ナッティの出会いと別れの物語。生まれつき目が不自由な坂井伊津美さん(当時60歳)を8年間サポートし、4年前に引退。その後、引き取られたボランティアの家庭で、ナッティは、穏やかな余生を送っていました。しかし、2年前…脳梗塞を患い、散歩もままならなくなってしまったのです。少しでも元気なうちにと、今年、坂井さんと再会することに。そして、再会の21日後、ナッティは静かに最期の時を迎えました。
盲導犬が引退した後も続く、支えられる人たちと、寄り添う人たちとの深い絆を取材しました。
かけがえのないパートナー 盲導犬ナッティと過ごした8年の日々
和歌山県田辺市で、ご主人と二人暮らしをしている坂井伊津美さん(64歳)。夫婦共に目が不自由で、マッサージの治療院を営んでいます。現在は、新たなパートナーとなった盲導犬のルーフ(5歳)に支えられて生活していますが、今でも忘れられないのは、4年前に手放した盲導犬ナッティのこと。
「健康なうちに一度でも会うことができればなと思います。」(坂井伊津美さん)
坂井さんは生まれつき弱視を患い、50歳を過ぎたころに完全に視力を失いました。行動範囲を制約せざるを得なくなった時、当時2歳だったナッティとの日々が始まりました。ナッティが来てからは生活が一変。自分の目となって寄り添ってくれるナッティと一緒に、旅行もできるようになりました。姿や形は見えなくても、息づかいや触った時の感触で坂井さんにはナッティの体調などが全てわかるといいます。
「移動手段よりも、もっと大きな存在です。ナッティに触れて、安らぎをもらっています。」(坂井伊津美さん 2017年当時)
共に過ごして8年、10歳になったナッティに、盲導犬としての役割を終える時が近づいていました。人でいうと70歳を越える年齢です。
「“盲導犬を貰った”=“引退”というのは、ずっと考えないといけないことだと思っていました。最後まで面倒を見たい気持ちはあるんですけれども・・・。」(坂井伊津美さん)
“引退”とは“ナッティを手放す”ということ。元気な間に、少しでも長くおだやかな余生を送る時間を作ってやりたい。それが願いだといます。
1頭育てるのに500万円 育成費用の財源は寄付が主体
盲導犬の繁殖から育成までを行っている福祉施設「日本ライトハウス盲導犬訓練所」(大阪府南河内郡千早赤阪村)では、常時20頭余りの犬を盲導犬にするために訓練しています。繁殖をするボランティアの下で生まれた子犬たちは、生後2か月になるとパピーウォーカーと呼ばれるボランティアに預けられ、およそ10か月間、一般家庭で生活しながら、人間社会で生きていくためのルールを学びます。その過程で人との信頼関係を構築し、目の不自由な方の良きパートナーとなっていくのです。ナッティも、この施設からパピーウォーカーに預けられ、再び施設に戻り、盲導犬としての訓練を受けました。全国で約3000人もの視覚障害者が、盲導犬を必要としていますが、現在、国内で稼働しているのはわずか861頭。(2021年4月1日現在 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部資料より)盲導犬は全国にある11の団体からユーザーへ無償で貸与という形がとられていますが、1頭育成するまでに300万円~500万円の費用がかかるものの、助成金は1割程度で、ほとんどが寄付で賄われているのが現状です。
「引退したら帰っておいで」 幼いナッティを育てたパピーウォーカー
生後2カ月の時、ナッティを引き取ったのは、パピーウォーカーの中尾克治さん一家でした。旅行にも必ず一緒に連れて行くほど、愛情深く育てました。ナッティが一家のもとを離れて10年。引退後は、再びこの家に戻ることになりました。
「盲導犬になった場合、10年間ほど働いた後は引退するというのが決まっているらしくて。引退したら、是非ナッティを引き取りたいというのは、その時から言ってましたね。」(中尾克治さん)
「決めていた・・・というか、もう家の子ですので。”お仕事を終えたら、帰っておいで”という気持ちですね。」(妻・有里子さん)
10年ぶりの家族の再会を待ち望む中尾さん一家。子犬だったころの写真が机の上いっぱいに広げられ、思い出話に花が咲きます。ただ、気がかりなのは、ナッティが自分たちのことをおぼえてくれているかどうかということ。
近づく別れの時 共に過ごす最後の夜
別れの時が近づくナッティと坂井さん。何かを察しているのか、台所仕事をする坂井さんから目を離そうとしなません。坂井さんも、ナッティの視線をしっかりと感じ取っていました。
「あなた、いつも寝てるのに、めずらしいな」(坂井伊津美さん)
坂井さんが手を止めて居間へ向かうと、しっぽを振って嬉しそうに後を追います。ぴったりと身を寄せるナッティの体を、優しくなでる坂井さん。二人寄り添って過ごす最後の夜です。
「ナッちゃん、お疲れさん。明日、帰っちゃうのね。明日の今頃は、もういないんだものね・・・楽しい思い出の方が多かったからよかったわ。8年間お疲れ様でした、ナッちゃん。」(坂井伊津美さん)
そして別れの日。幼いころのナッティをよく知る訓練士が迎えに来ました。
「お母さんは大丈夫だからね。元気でね。ありがとう。長生きするのよ。」(坂井伊津美さん)
迎えの車に乗り込み、懐かしい家族のもとへと帰っていくナッティ。遠のくエンジン音に耳をすませる坂井さん。8年間支えてくれた盲導犬ナッティとは、これでお別れです。
「これから徐々に寂しさがくるんでしょうね。それに慣れていく、というのかな。克服していかないといけないのが、これからの私の課題になりますね。」(坂井伊津美さん)
「お帰りナッティ」 10年ぶりにパピーウォーカーのもとへ
わずか10か月ながら、愛情を込めて育ててくれた家族のもとへ、ナッティが帰ってきました。車から飛び出し、自分を呼ぶ声に気付いたナッティ。笑顔で手を振る中尾さんたちに、しっぽを振りながら駆け寄ります。
「ナッティ!おかえり!分かったかな?」(中尾克治さん)
「めっちゃ大きい!」(娘・純玲さん)
そのまま、10年前を思いだしたかのように、自分から家の中へと入っていきます。
「今までの10年間、いてなかったのが嘘のよう・・・」(妻・有里子さん)
「盲導犬の仕事大変やったやろ。頑張って働いててんな。」(中尾克治さん)
優しい家族に見守られて、役目を全うしたナッティの穏やかな暮らしが始まりました。
「元気なうちにもう一度会いたい」 ナッティと坂井さん4年ぶりの再会
それから4年が経ち、大型犬としては高齢の14才になったナッティ。2年前には、散歩中に突然、脳梗塞を発症し、大きな後遺症はなかったものの、すっかり足腰が弱ってしまいました。病気にかかって以来、中尾さんが考えていたこと、それは―
「一度、和歌山へ連れて行ってあげたい。坂井さんに、会わせてあげたいですね。」(中尾克治さん)
一方の坂井さんは、新たな盲導犬ルーフに支えられての生活を送っていました。4年たった今も、完全に視力を失った自分を助けてくれたナッティのことを、思い出さない日は無いといいます。
「やはりナッティ中心に毎日動いていましたので。朝起きたら、もうすぐご飯の時間だなとか。毎日の時間ごとにあの子のことは思い出していましたね。健康なうちに一度でいいので会うことができればいいな。今は好きなことができて幸せであったらいいなと思います。」(坂井伊津美さん)
中尾さんはナッティを連れて坂井さんの住む和歌山へ向かいました。8年間、共に生活をした町に到着し、ナッティは何かを確認するかのように歩き始めます。長い坂道をのぼったその先で坂井さんが待ってくれていました。
「ナッティ!ナッちゃん!久しぶり。覚えてくれてる?」(坂井伊津美さん)
声を聴いて、足早に駆け寄るナッティ。「おうちへ連れて行ってくれる?」そう坂井さんが尋ねると、おぼつかないながらも、以前のようにリードしてゆっくり階段を上がり、家の中へと案内していきます。
「ありがとう、遠いところを来てくれたのね!お母さんはうれしい!本当に、元気なうちに会えてよかった。」
二人で過ごしたあの部屋で、4年ぶりに感じるナッティのにおいとぬくもり。そこから伝わってくるのは、今の暮らしが、穏やかで優しさに包まれているということ。別れの時にはこらえた涙があふれてきます。
「ねえ・・・ナッちゃん・・・大事にしてもらって、あなたは幸せだわよ。」(坂井伊津美さん)
人に尽くして一生を送る盲導犬。その役割を終えた後も続く、深い信頼で結ばれた人々との関係。少しでも元気なうちにと、坂井さんとの再会を果たしたナッティは、その21日後、安らかに他界しました。苦しむことなく、静かな最期だったということです。
(読売テレビ かんさい情報ネットten. 6月14日放送分)
記事の引用は此処まで
再会からわずか21日後のナッティの死は、私にとってただただ驚きでしかなかったのだが、自動車の旅が肉体的な負担となり、女性との再会で興奮しすぎたことがナッティの死を早めたのではないことを願うのみである。
しかし見方を変えれば、女性との再会を果たした後でナッティが静かに逝ったことはある意味幸いだったとも思え、それこそまさに彼らの結びつきが運命的なものだったことを示す証だと言えるかも知れない(もちろんこんな考えは私の甘ったれた思い込みでしかないのだろうが・・・・・・)。
たまたま動画で見ることになっただけの犬ではあるものの、ナッティの死を悼み、その冥福を心から祈りたいと思う。RIP.









