2021年5月3日(月)
今日は昨年6月に死んだ愛犬(上の写真)の月命日で、来月になれば2周忌(死後丸2年)を迎えることになる。
今も毎晩、愛犬の写真や動画をしばらく見てから就寝することにしているのだが(そのくせ夢に出て来ることはほとんどない)、まだ若く元気だった頃の動画などを見ていると、愛犬の手ざわりや体臭、ちょっとした動作などをありあり思い浮かべることが出来、共に過ごした時間がいとおしく懐かしく思い出されるのと同時に、「ああしてあげれば良かった」、「あんなことはすべきではなかった」という取り返しのつかない後悔と強い喪失感に襲われている。RIP.
この前触れた我が家のエアコン室外機(の脇)に産卵のため鳩(キジバト)が巣作りをした件の続きだが(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12669351172.html)、2週間程前になって親鳥の下に色の違う物体が動いているのが見え、やがてそれが(いつの間にか)卵から孵った雛(2羽)であることが分かった。
鳩の巣の存在に気づいてからも、余り刺激しないよう日に1度か2度、窓を開けてそれとなく見やるくらいだったのだが(磨り硝子になっているので、いちいち窓を開けないと見えないのである)、その間に雛が孵っていたことはむろん、親鳥が卵を産んで温めていたことにすら気づかなかった訳である。
周囲に天敵(?)のカササギが絶えず飛びまわっているため、親鳥が卵や雛をしっかり守ろうとしていて分からなかったのだが、それにしてもこの何週間か親鳥がどこかに食べ物や水を採りに行くような気配もなく、いつ見ても同じ格好で巣の上に座っていたのは、卵を温めていたからだったのである(それに気づかなかった私も私だが・・・・・・)。
以下に雛(2羽)の写真を何枚か掲げてみるが、正直なところ、可愛いというより気持ち悪いと言った方が良いくらいで(あくまで私にとって、ではあるが)、そんなものは見たくないという方もおられるだろうから、以下に「⇓」記号を何個か並べた後に貼付することにする。
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ところで、最初の方に掲げた写真にうつっている横断幕は、近所のアパートにかけられた自治体のもので、内容はこんなものである。
鳩にエサをあげないことが
環境に適応させる(ための) 動物愛です。
△△区役所公園緑地課(☎)
私はこの「動物愛」という言葉を目にした途端、ついつい嘲笑/嗤笑を浮かべてしまったのだが、こんなものは「動物愛」どころか、住宅や店舗に鳩に巣を作られたり住み着かれたりして、糞害や騒音などの迷惑をかけられることを忌避したいという人間中心の「勝手」な事情であり、言ってしまえば「人間愛」の最たるものだと言っていいだろうからである。こうした「偽善」に満ちみちた「綺麗事」をシレッと書いて平気でいられるような神経を、ひれくれ者の私は到底理解できない。
そしてこの鳩の巣と雛が出現したことで、わずか6世帯しかない我が家の入居しているアパートでも、鳩が産卵して今後も住み着き、害を及ぼすのではないかと憂慮する住民が早速あらわれ(しかもどうやって見つけ出したのか、我が家が鳩の巣の存在に気づくとうの前から察知していたようなのである)、やむなく我が家でも、巣から1階の通路に糞が落ちたら直ちに掃除することや、雛が巣立ったら室外機に巣を作れないようネットを張るなどの対策を講ずるといった「意思表明」をせざるをえなくなった。
(注意! 以下にも雛の写真あり)
むろん共同住宅においては、住民同士が互いに迷惑をかけないよう努力することは基本ルールであり、誰かが何らかの迷惑なり害なりを感じているのであれば、その原因の排除に協力することは私たちとしても決して「やぶさかではない」し、我が家も鳩に住み着いて欲しいと思っている訳では毛頭ない。
しかし一方で、(こちらがボンヤリしていたせいも大いにあるだろうものの)赤の他人に自分たちの家や行動を監視され、あれこれ指示されているような気がして決して愉快ではないのも正直なところなのである。
しばらく前から読み続けているアガサ・クリスティーの小説、特に英国郊外のちいさな村セント・メアリ・ミード(St. Mary Mead)を舞台にした「ミス・マープル」シリーズなどには、間違っても知り合いにはなりたくないと思わざるをえない、他人の言動に絶えず目を光らせ、お節介な上におしゃべりな人間たちの生態が、実に生き生きと(そしてかなりの悪意や皮肉をこめて)描き出されている。
今回の件で私はクリスティーという作家が、人間存在なるものを如何に冷静かつ辛辣に観察していたか改めて感嘆させられたのだが、時代や場所は変われど、人間の(卑しい?)本質は似たりよったりだということも実感(痛感)させられたのだった。
それはともかく、一昨日あたりからこの鳩の巣に親鳥の姿が見えないのである(だからこそ、上のような写真が撮れた訳なのだが・・・・・・)。
今もたまに巣にやって来て雛たちにエサをやってくれているのであればいいのだが(その後親がエサをあげている場面を目撃しホッとした・・・・・・)、もし巣を離れている間に事故にあったり(上記の通り周囲には天敵がたくさんいるのである)、育児が嫌になってどこかに行ってしまったりしたのだとしたら一体どうしようと憂慮しているところである。
そこで早速PCで「鳩 育児放棄 餌 育て方」などという言葉を入れてあれこれ検索してみもしたのだが、あいにく私も家人もこれまで鳥類を飼ったり育てたりした経験が一度もなく、万が一親鳥がもう戻って来ないとなった場合、雛たちを死なせずに育てられるとう自信はまったくない。
しかも5月に入ってからも、ここソウルは未だになかなか暖かくならず、朝晩は10度未満に下がることもあって、これまで親鳥にずっと守られて温かく過ごして来た雛たちが寒さで衰弱したりしないか心配でならない 。
しかしインターネットで専門家の意見などを参照してみたところでは、人間が下手に救いの手を差し伸べてしまうと、親鳥が人間を警戒してかえって雛たちに近づかなくなってしまう(本当に育児放棄をしてしまう)こともあるため、余程のことがない限り手を出すべきではないと書かれているものが多く、当面はこのまま状況を見守るしかなさそうである(とは言え、どんなケースが「余程のこと」なのかもよく分からないままなのだが・・・・・・)。
既に十分長くなってしまったので、前回の訃報の続きは次回以降に。




