2020年3月3日(火)

 今日で上の愛犬が死んでから丸9ヶ月。

 そこで久々に亡き愛犬の話を家族と交わしてみたのだが、懐かしい思い出話は尽きることなく、同時にこうしてあげれば良かった、ああすべきだったという後悔の念が次々と湧き起こって来た。

 私は今も家の中でちょっとした物音がすると、まるで愛犬の足音が聞こえたかのように、思わず体も心も自然に反応してしまう。特にフローリングの床の上を歩く時に爪が触れて生ずるカシャカシャいう音は今も記憶の中に鮮明である。いつか時が経てば、そうやってわずかな物音にも反応してしまうようなこともなくなるのだろうか。それとも長い間体に染み付いた習慣はなかなか薄れないものなのだろうか・・・・・・。RIP.

 

 

 この前ブログで採り上げたつげ義春だが(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12572691817.html)、その時は注意不足で気づかなったものの、今年の4月から講談社で「つげ義春大全」全22巻が刊行されるそうである(上の写真。詳細は→http://news.kodansha.co.jp/8051)。

 今回は貸本屋時代からの初期作品を含む漫画全作が収録予定とのことで、1993~94年に出た筑摩書房版の全集をしのぐ、つげ義春の創作世界の全貌を知ることの出来る集大成的な企画となるようである。

 もっとも全22巻を揃えるとなると税込みで76,890円にもなり、ケチで貧乏な私にはとても手が出ないため、いずれ日本に戻ったら図書館ででも借りて読んでみたいと思っている。(←この内容は上記の記事にも追記しておいた)。

 

 前回も書いた通り、つげ義春の本を全て日本に置いて来てしまったこともあり、今回はつげ作品を原作とする映画やドラマを(手持ちのDVDとインターネットとで)とりあえず見てみることにした(石井輝男の「つげ義春ワールド ゲンセンカン主人」(1993年)だけは、前回帰省した際もずっと貸し出し中で残念ながら借りられず、次回日本に戻った際には是非見てみたいと思っている。部分的にはYoutubeでも見られるのだが・・・・・・)。

 

 映画の簡単な感想を書く前に、韓国のあるウェブサイトを紹介しておきたい。

 韓国でつげ義春が知られているかどうか調べている時にたまたま見つけたもので、管理人が個人的につげ作品の台詞部分を韓国語に訳して貼り付け(ただし全て英語からの重訳とのこと)公開しているものである(むろん違法だろうが)。

 アップされているのはわずか5作品のみだが、上記の通り手元につげ作品がひとつもないため、今はこのページでも見て(かつ韓国語の勉強を兼ねて)、欲求不満を少しでも解消したいと思っている。

 ①ねじ式 https://tsuge.tistory.com/2?category=556003

 ②大場電気鍍金工業所 https://tsuge.tistory.com/

 ③初茸がり https://tsuge.tistory.com/19?category=556003

 ④山椒魚 https://tsuge.tistory.com/20?category=556003

 ⑤必殺するめ固め https://tsuge.tistory.com/7?category=556003

 最後の「必殺するめ固め」だけは、このページにある「필살 오징어 굳히기 번역.zip」という四角い枠で囲まれた部分を押すと、画像ファイルがダウンロードされるようになっている。


    映画「無能の人」より

 

 では、本題の「つげ映画&ドラマ」だが、以下の5作品である。

 

・「無能の人(1991年)」(竹中直人監督) 3.5点(IMDb 7.4) 日本版DVDで再見

  「無能の人」連作の他、「退屈な部屋」や「日の戯れ」が原作。久々に再見したのだが、つげ作品を映画化したものの中ではやはりこれが一番の出来だろう。

 もっとも作風自体はつげ義春の世界と微妙に異なるのだが、個性的で独特なキャスティングや映像的に凝った演出、絶妙なロケ地の選択など、竹中直人という人が如何に映画オタクであるかということがよく分かり、何よりも一編の映画作品として十分見るに値するものになっている。演出意図や特別出演陣などについて、監督の竹中直人と、今作が俳優になる大きなきっかけになったという田中要次が語り合うコメンタリー映像を見ると、今作をよりディープに楽しむことが出来るだろう。

 小津安二郎を始めとする昔の邦画好きであれば、須賀不二男と久我美子コンビによる夫婦や「突貫小僧」青木富夫の姿を見出してニヤリとする(涙する?)だろうし、他にも鈴木清順や神代辰巳、荒井晴彦、周防正行などの映画監督や脚本家、ちょっと気付きづらいものの三浦友和や原田芳雄、泉谷しげる、井上陽水、岩松了、本木雅弘、内藤陳などの面々、そして原作者のつげ義春や夫人の藤原マキも出演しており、どんな人が出ているか確認するだけでも楽しめるだろう。

 

   映画「リアリズムの宿」より


 

・「リアリズムの宿(2003年)」(山下敦弘監督) 3.0点(IMDb 7.0) 日本版DVDで視聴

 「リアリズムの宿」と「会津の釣り宿」が原作。

 作品の出来とは別に、薄ら寒い空や色のくすんだ風景、ひなびた町並みや古びた家々など、つげ義春作品独特の雰囲気は上記の「無能の人」以上にうまく表現されている。原作は青森や福島が舞台となっているが、今作のロケ地は鳥取県に変更されており、山陰地方の余り天気の良くないどんよりした風景がつげ作品にしっくり馴染んでいて味わい深い。

 表情に乏しく言葉数の少ない主演の2人(長塚圭史と山本浩司)が互いに余り親しくない若者2人のよそよそしい関係を絶妙に演じており、そこに突然現われる正体不明の女(尾野真千子)との付かず離れずの三角関係は、トリュフォーやゴダールなどの初期作品を思わせもする。ただし尾野真千子の「素性」が明らかになる結末はややありきたりで「あらずもがな」か。

 


 

  映画「ねじ式」より

 

・「ねじ式(1998年)」(石井輝男監督) 2.5点(IMDb 6.2) 日本版DVDで視聴

 つげの「ねじ式」、「やなぎや主人」、「もっきり屋の少女」、「別離」が原作。上記の通り、石井輝男はこの前に「つげ義春ワールド ゲンセンカン主人」(1993年)を撮っていて、一般的には今作よりも高い評価を得ているようである。

 実際、今作は原作漫画を読んだことがあればそれなりに面白く見られないこともないが、未読の人にとっては奇を衒った意味不明の作品としか思えないかも知れない(最初と最後に映しだされる、映画の内容自体と直接関係のない「舞踏」風の踊りも、今作から受ける奇矯な印象を助長するだけだろう。個人的には同じ石井輝男が監督し、舞踏家・土方巽の出ている「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」を思い出して懐かしい気持ちになったりもしたのだが)。

 どうでも良い些末なことだが、「ねじ式」の実写映画化(しかも低予算)と聞いて最初に思ったのは、結末の方で出て来る機関車をどうするのだろうかということだったのだが、文字通りの低予算作品ということもあり、想像していた通り安っぽい模型だったのには苦笑するしかなかった。また主演の浅野忠信はいつもながらボソボソとした台詞棒読み状態なのだが、今作の淡々飄々とした作風には不思議と合っていて、他の映画のような違和感を覚えずに済んだ。

 

 映画「蒸発旅日記」より。このようにタイトルの文字などにもこだわりが見られる。

 


 

・「蒸発旅日記(2003年)」(山田勇男監督) 3.5点(IMDb 5.6) 日本版DVDで視聴

 今のところ以下で視聴可能。

 https://www.youtube.com/watch?v=VUox7oL8q2g

 原作は「必殺するめ固め」、「初芋狩り」、「西部田村事件」、そして随筆「猫町紀行」。

 今作を監督したのは、寺山修司の「天井桟敷」の舞台や映画作品で美術やデザインを担当していた山田勇男という人で、そのせいか演出や映像、美術には、「天井桟敷」などのアングラ演劇やドイツ表現主義(?)風のサイレント映画などからの影響が見て取れる。特に今作で美術を手がけているのは鈴木清順作品などでも知られる木村威夫で、つげ義春の原作とは対照的な極彩色(総天然色?)の映像美が特徴で、そのことに違和感や反撥を覚える人も少なくないようである。

 つげ義春を思わせる「売れない漫画家」が、変わり映えのしない息苦しい日常から逃れるため、何度か文通したことがあるだけの看護婦と結婚しようと(勝手に)思って、地方都市に住む彼女を訪ねて「蒸発」の旅に出るものの、仕事が忙しい女になかなか会えずに持て余した時間を、場末のストリップ小屋に通ったりしながらやり過ごしている。

 そこで見知った踊り子とかりそめの関係を持ったりするものの、蒸発旅の目的である看護婦との結婚話も曖昧なまま宙吊りになって帰京するだけという、盛り上がりに欠けた地味で鬱々とした内容もあってか(そして上記の通り原作と正反対の色彩感覚やアングラ風の演出も相まってか)、一般的な評価は総じて低いようだが、個人的にはコテコテ極彩色の美術も含めて決して嫌いではなく、この山田勇男という人の他の映画やデザイン作品も見てみたくなった。

 

 

 ドラマ「紅い花」より

  

・ドラマ「紅い花(1976年)」(演出:佐々木昭一郎) 2.5点、インターネットで視聴。

 NHK「土曜ドラマ」の劇画シリーズの1作で、原作は「紅い花」、「沼」、「ねじ式」、「古本と少女」。

 動画は以下のアドレスで視聴可能→https://www.youtube.com/watch?v=LGx0Aqr4Ae8

 この動画のコメント欄にもあるのだが、今作にはつげ義春の原作にはない脱走兵の話や、つげ義春を思わせる語り手(草野大悟)が大空襲時に妹とはぐれてしまうという設定、やはり戦時中にある若者が発禁の洋書を買って官憲に逮捕される場面(それにしても敵国アメリカの作品だとは言え、マーク・トウェインの「ハックルベリー・フィン」を読んで危険思想の持ち主と見なされたりすることなどあったのだろうか?)などが付け加えられており、演出にあたった佐々木昭一郎のものだろう反戦思想が随所に散りばめられている。

 そうして演出家が追加した部分をどう捉えるかは見る人の好みや思想信条によるのかも知れないが、その描き方は実に紋切り型で深みに欠け、個人的にはやや白けてしまった。全体的にはつげ義春作品の雰囲気をかなりうまく表現しているだけに、この中途半端な改変が余計に惜しまれる。

 クレジットはされてはいないが、作中で流れるドノヴァンの「The River Song」(https://www.youtube.com/watch?v=mAVxhHUzCwk)や、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」(https://www.youtube.com/watch?v=luWsZ3pWSyY)など、挿入曲がなかなか良かった。

 主演の草野大悟(左下の写真)の他、藤原釜足、嵐寛寿郎、宝生あやこなどのヴェテラン俳優陣(皆、故人となってしまったが・・・・・・)も味わい深い。

 

  

 

 つげ義春作品の映像化作品としては、他にもテレビ東京制作による全12話のドラマ「つげ義春ワールド」なるものがあるようで、俳優の豊川悦司などが演出・出演した各エピソードをAmazonのPrime Video(以下のアドレス)で視聴可能である。ただし1編24分しかないのにレンタル料金が220円と、一般の映画と比べると割高なのが難である(そのため私は視聴するかどうか大いに迷っているところである)。

 https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B016WW1VGG/ref=atv_wl_hom_c_unkc_1_1

 

 全12話のラインナップは以下の通り。

 「退屈な部屋」、「懐かしいひと」、「無能の人 前・後編」、「別離 前・後編」、「ある無名作家」、「やもり」、「義男の青春 前・後編」、「紅い花」、「散歩の日々」。

 

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 この間に読んだ本は、

 

・ジョン・アーヴィング著「熊を放つ」(中公文庫版、村上春樹訳)

 「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」、「サイダーハウス・ルール」、「オウエンのために祈りを」など、映画化もされたベストセラー小説で知られるジョン・アーヴィングのデビュー作である。特に「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」は古今東西の小説の中でも個人的に最も好きな作品のひとつ(ふたつ)であり(ただし最後に読んでから25年以上たっているので、今読み返したらどう感じるかやや不安でもある)、「ガープ」以前の初期作品もいつか読もうと思って買ってはあったのだが、生憎これまで読む機会がなかった。

 今作はアイオワ大学創作科の修士論文として書かれたものを出版用に加筆修正したものらしいのだが、「ガープの世界」でも語られることになる、作者アーヴィングが若き日に滞在したウイーンを舞台に、たまたま知り合った2人の青年ジギーとグラフの交流と旅立ちから始まり、南スラヴ系の父親などジギーの祖先たちの過去(主たるものは戦時の記録である)をめぐる記述と、ジギーが密かに企んできた(今作の題名からも明らかな)ある計画の現地下見ノートとが交互に示され、最後に計画の実行(ただしこれはジギーではなくグラフが代わりに遂行することになる)の様子が描かれる。

 現在の物語と過去の記録が交互に語られる方法や内容にはギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」の影響があるのではないかと思うのだが(そしてそれは村上春樹の「ねじまき鳥」などに受け継がれていくことにもなる)、祖先の過去を記述する部分は今作の中で最も興味深い部分であるものの(ただし私が歴史全般に疎いことから、固有名詞のどこまでが実際の歴史に基づいているのか十分には理解できなかった)、2青年の出会いと旅立ちを描く冒頭部や、青年グラフと少女ガレンの恋愛話などはだらだら長いだけで退屈極まりなく、決して長大重厚な作品ではないにもかかわらず全体を読み通すのにかなり苦労した。

 そもそも題名から結末が初めから予想出来てしまい(しかも意外性は皆無である)、その前段となる2人の青年の交流と祖先たちの過去の記録、そして主人公たちが果たすことになる「計画」などの相互の関連性も分かりづらく、とにかく冗長な印象を払拭できなかった。プロット的にも、これが本当にあの「巻を措く能わず」の「ガープの世界」や「ホテル・ニューハンプシャー」と同じ作家が書いた作品なのか疑ってしまいたくなる程ぎこちない筋運びで、わずか20代半ばでこれだけの「大作」をものした力量そのものは買うものの、作家として本格的に開花するには、やはり「ガープの世界」まで待たないといけないのかも知れない(今作と「ガープの世界」の間にも「ウォーターメソッドマン」と「158ポンドの結婚」の2作があるので、これらもいずれ読んでみたいと思っている)。

 

 この間に見た他の映画は、

 

・「寒い国から帰ったスパイ(1965年)」(マーティン・リット監督) 3.5点(IMDb 7.6) 日本版DVDで視聴

 ジョン・ル・カレによる原作は未読だが、同じスパイ物であるグレアム・グリーンの「ヒューマン・ファクター」を想起させる内容で(むしろ今作の方がグリーンに影響を与えたのだろうが)、きめ細かく白黒の陰影が美しい映像が印象深い。自分の未来をあらかじめ見据えているかのように絶えず暗い表情を浮かべたリチャード・バートンの重厚な存在感も魅力的で、愛人役を演ずるクレア・ブルームとの束の間のしっとりした交情の描写がかえって冷戦時代の索漠たる雰囲気を際立たせている。

 ただし、原作通りではあるのだろうが、結末はいささかウェット過ぎ、経験豊富なスパイの行動としては現実味を感じられなかった。

 

・「フランシス・ハ (2012年)」(ノア・ボームバック監督) 3.5点(IMDb 7.5) 日本版DVDで視聴

 ヌーヴェル・ヴァーグ的手法で描いた「アメリ」とでも言うべき作品。主人公がひとりで過ごす(あっという間の)パリの旅は、見ている側の心がひりついてくるような孤独感に満ちていて切ない。中年に差し掛かり、厳しい現実の前に挫折しそうになりながら、何とかささやかな満足や幸福を見出そうとする女性の、慎ましく愛らしい生き方を描いた小品で、卑小ではありながらも一片の「人生の真実」を見出すことが出来ると言っていい。大柄でありながら小心者、がさつそうでいながら傷つきやすい女主人公を演ずるグレタ・ガーウィグが愛らしい。

 

・「ウエストワールド(1973年)」(マイケル・クライトン監督) 2.5点(IMDb 7.0) 日本版DVDで視聴

 コンピュータ・ウイルスやバグの問題など、時代を先取りした内容でそれなりに面白く見られるものの、テーマ・パークのアンドロイドたちがなぜ不具合を起こし、人間相手に反乱することになるのかの説明がなく、結末も単なるアクション映画のような様相を呈してしまう点が惜しまれる。アンドロイドたちはただ周囲の人間たちの(低劣極まりない)行動を模倣しているだけとも言えるのだが、そうしたアイロニーを実感させるような演出やプロットの工夫が不足しているのだ。

 容赦なく「獲物」をどこまでも追いかけて行き、非情に「始末」し続けるユル・ブリナーはひたすら怖く、後の「ターミネーター」などの原型だと言っていいだろう。

 

・「ヒッチコック/トリュフォー (2015年)」(ケント・ジョーンズ監督) 2.5点(IMDb 7.4) 日本版DVDで視聴

 フランスの映画監督フランソワ・トリュフォーが、名匠アルフレッド・ヒッチコックにインタビューして撮影手法や演出技法の秘密を探った名著「Hitchcock/Truffaut」(邦題は「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」)をもとに作られたドキュメンタリー映画。マーティン・スコセッシやポール・シュレイダー、ウェス・アンダーソン、デイヴィッド・フィンチャー、アルノー・デプレシャン、オリヴィエ・アサヤス、黒沢清といった映画監督たちも登場して、ヒッチコックやトリュフォー作品の魅力について語っている。

 やたらと無駄に長い映画が多い昨今、今作はむしろ反対に尺が短すぎて、ヒッチコックとトリュフォーの対話やヒッチコック作品の魅力を十全に伝えることが出来ていないのが残念である。もっと時間をかけてヒッチコックの技法や企みに迫っていれば、特に映画好きにはたまらない優れたドキュメンタリーになりえていただろう。

(後日追記)この映画を見てからトリュフォーのプロフィールを改めて見ていたら、自分がいつの間にかトリュフォーの没年を過ぎてしまっていることに気づいた。むろん私より若くして死んだ映画監督や芸術家は他にもいくらでもいるのだが、こうしてひとりひとり過去の偉人たちの没年を過ぎていくと、自分もまた徐々に死に近づいていることを実感しないではいられない。RIP.