2019年10月28日(月)
女優の八千草薫が24日に死去した(享年満88歳)。
彼女の華麗な芸歴について私が此処で改めて記す必要など全くないものの、今回の訃報等をもとにざっくりまとめてみると、
1931年大阪に出生。1947年に宝塚歌劇団入りして1951年に映画デビュー。1954年の稲垣浩監督「宮本武蔵」でヒロインお通役を演じて注目を浴び、1955年には日伊合作の映画「蝶々夫人」(カルミネ・ガローネ監督)で蝶々さん役を演じて国際的な舞台にも立った(ちょうどつい最近この作品の動画をYoutubeで見つけたばかりだった)。
「宮本武蔵」のお通さん
他にも「プーサン」(1953年、市川崑)、「夏目漱石の三四郎」(1955年、中川信夫)、「雪国」(1957年、豊田四郎)、「ガス人間第一号」(1960年、本多猪四郎)、「美しさと哀しみと」(1965年、篠田正浩)、「侍」(1965年、岡本喜八)、「男はつらいよ 寅次郎夢枕」(1972年、山田洋次)、「田園に死す」(1974年、寺山修司)、「不毛地帯」(1976年、山本薩夫)、「阿修羅のごとく」(2003年、森田芳光)、「ディア・ドクター」(2009年、西川美和)、「舟を編む」(2013年、石井裕也)など、数多くの名作・話題作に出演した。
テレビドラマの代表作には1977年の「岸辺のアルバム」(山田太一脚本)や、1979-80年の「阿修羅のごとく」(向田邦子脚本)があり、1987年にはNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」で豊臣秀吉の正室・北政所(ねね)役を演じて話題になった。
近年も2017年の「やすらぎの郷」(倉本聰脚本)に出演して評判となり、続編である「やすらぎの刻〜道」(2019ー20年)にも引き続き出演予定だったが、体調を崩して降板。療養して再起をはかっていたが、そのまま不帰の人となった、とのことである。
おそらく私が初めてこの女優の存在を意識したのは、1975-76年のドラマ「俺たちの旅」での、田中健演ずる「オメダ」の母親役であり(妹役は岡田奈々)、その時は複雑な過去を持ちながら駄目息子を優しく見守る良いお母さんといった印象だった。
次いで私が最も高く評価している日本のドラマ(★)の1本「阿修羅のごとく」(向田邦子脚本)における次女・巻子役(ちなみに長女は加藤治子、3女=いしだあゆみ、4女=風吹ジュン、父親役は佐分利信という布陣である)で、その年齢(当時48歳)にもかかわらずこの女優の「可愛らしさ」に魅了されたものだった(当の私は中学生になったばかりだった)。
《★他には「淋しいのはお前だけじゃない」(市川森一脚本)や「早春スケッチブック」(山田太一脚本)など。作品自体が果たして名作かどうかは別として、個人的な思い入れのあるドラマには「寺内貫太郎一家」、「ムー」、「ムー一族」、「傷だらけの天使」、「俺たちの旅」、「ふぞろいの林檎たち」などがある。》
名高い「岸辺のアルバム」を実際に見てみたのは数年前(2013年)にDVD化されてからのことで、ドラマ自体は世評の高さの割には凡庸でひどく退屈に感じたのだが(だから途中で見るのをやめてしまった→その後改めて全編通して見てみて多少印象が改善したものの、時代を先取りした先見性や話題性は買うにしても、やはり傑作とまでは思わない)、ヒロイン役の八千草薫(当時46歳)には改めて惹かれるものを感じた(要するにその「可愛らしさ」を再認識したのである)。
当記事のタイトルにも書いた通り、この女優に対する私の印象は「マドンナ」(陳腐だが「永遠の」と付け加えてもいい)という言葉がまさにぴったりで、清楚で可愛らしい印象は80歳を越えても変わることがなかった。「名女優」と呼ぶには多少違和感がないでもないが、もともと俳優や女優というものにほとんど思い入れのない私としては珍しく、この人(と彼女の出演した作品)に対してはほぼ例外なく常に好印象を抱いてきたと言っていい。幸い未見の作品が少なくなく、彼女の出演作を見てこの女優の死による喪失感を少しでも癒やしたいと思う。
日本映画界(おそらく)「最後のマドンナ」の死を心より悼み、その冥福を心から祈りたい。合掌。
《後日追記 その後インターネットの記事などでこの人の話題が出ると、決まって夫・谷口千吉との関係について略奪愛だ何だと言って人格否定するようなコメントがかなり多いことに気付いた。実際にこの夫婦の馴れ初めがどんなものだったのか全く知らないのだが(正直、調べようという気すら起きない)、たとえ彼らの夫婦関係の発端が不倫関係だったとしても(そしてそのことが原因で誰かが不幸な目に陥ったとしても)、それがその人を全否定するほど大きな罪悪なのか疑問を覚えざるをえない。
何よりもそうして他者のことを道義的・倫理的に大上段から批判しようとする人たち自身は果たしてそれほど道義的・倫理的に「正し」く「健全」なのだろうかと思わずにいられないのである。そうでなくても我々は、日々の何気ない言動によって誰をどれだけ傷つけているか分からないものである。まず何よりも自戒をこめつつではあるが、私はそうした「道徳派」や「正義派」に対して、「ヨハネによる福音書」中の「汝らの中、罪なき者まず石をなげうて」というキリストの言葉を手向けたいと思う。》














