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 2016年6月12日(日)
 これまで全く自分の関心の対象外にあり、自分の視野の遙か後景にいたような人物が、なにげないきっかけによって突然前景に現われ出てくることがある。今の私にとって、高山宏という人はまさにそうした人物のひとりである。


 肩書きからすればこの人は「英文学者」ということになるらしいのだが、その著書や翻訳書の題名をざっと見ただけでも、その守備範囲が英文学などという領域には到底収まりきらない広い範囲に及んでいることが分かるだろう。実際、私がこの人に関心を抱くきっかけとなった動画(「150年目の新訳版『不思議の国のアリス』(亜紀書房)に驚け」 https://www.youtube.com/watch?v=SSkb7xXt0QA)  「高山宏 だれも知らない漱石」https://www.youtube.com/watch?v=8SjjjOxGc3A)を見れば、氏の話が文学のみならず美術、哲学、歴史、社会学、風俗論、サブカルチャーなどを縦横無尽に行き来し、それら数々の領域分野を貫いている複数の筋を見事な手際で我々に示してくれるのを実感することが出来る(ついでに諧謔や皮肉、シニシズムに満ちみちた氏の独特な語り口にも魅了されるに違いない)。


 もっとも正直なところを言えば、氏の談話はあちこちに飛躍し、これまで聞いたことのない人名や書名が次々と提示され、その重要性が強調されるのだが、こちらの知識や理解力が決定的に欠如しているためだろうが、一体全体、氏が述べようとしていることの核心がなんなのか、凡才の私にはうまく把握できないことがしばしばなのである。
 氏が著作や翻訳によって探求し続けているものを一言でくくってしまえば「表象文化論」ということになるのかも知れないが(あるいはそれにノンセンスや笑いといった要素を付け足す必要があるかも知れない)、氏の著作を未だに手にとったことがない私には、上に挙げた動画を頼りにこれらのキー・ワードを手繰り寄せていくしかない。そんな時、以前ある知人から紹介されたことのある「無料で学べる大学講座」であるGacco(http://gacco.org/)というサイトで、たまたま同氏の講座が開講されることを知り、早速受講してみることにした。


 講座名は「今だからこその江戸美術」というもので(https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+ga056+2016_06/about)、6月9日から週1度、4週間にわたって同氏による講義が動画配信される。ちょうどこの週末に、第一週目の講義を視聴してみたばかりなのだが(10分ほどの動画が10本、計2時間弱の内容である)、やはり氏の話は平賀源内という極めて多才な人物を中心に据えながら国や時代をまたがってあちこちに飛び交い、果たしてそこからどのような中心命題が浮かび上がってくるのか、正直私には今ひとつ掴めないでいるところである。それでも氏が名前を挙げていく平賀源内や松平定信、亜欧堂田善など18世紀末前後に江戸に生きた人物たちや、当時江戸に花咲いた文化の特殊性(と同時に世界性)や、オランダ(美術)や英国を巡る逸話の数々はそれぞれが極めて興味深く、2時間という時間があっという間に感じられたことだけは確かである。これだけ面白い講義を自宅にいながらただで聞けるというのだから、全く良い時代になったものである。


 ちなみに次回(第二週)は先般東京で開催された展示会が大盛況で、5時間待ち、6時間待ちの日もザラだったという伊藤若冲に円山応挙、第三週は喜多川歌麿、最終週は葛飾北斎が採り上げられる予定で、マニエリスム、フィジオノミー(観相術)、ザ・ピクチャレスクなどの言葉がキー・ワードとして挙げられている。
 大妻女子大というお嬢様学校が主催している講義のためか、上記の動画で見られたようなトレード・マークのサングラスも外し、おそらくは羞恥心の裏返しだろう挑発的で猥雑な口ぶりもほとんど影をひそめてしまっていて、実に真面目なものになっているのが多少残念ではあるのだが、そんな「おまけ」なくしても氏の話は十分に面白く刺激的である(講座の最後にはなぜか英語による簡単なまとめもついている)。
 この講義への登録はまだ可能なようだから、表象文化論的な切り口で眺めた江戸の美術や文化に興味のある方は、是非視聴してみて頂きたい。


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 先日久しぶりに日本に帰省した際、以前このブログで取り上げた(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12502041476.html)、CDとDVDとがセットになった「ザ・ビートルズ1+」の現物を、ようやく韓国に持ち帰ってくることが出来た。
 収録曲の解説が記されたブックレットとCD(DVD)ケースとが一体になった分厚いパッケージ(上の写真参照)は結構かさばる上に重さもそこそこあり、今回の帰省では格安航空会社を利用したためにわずか15キロしか持ち込めない手荷物のなかに含めるかどうかしばし躊躇したのだが(同じ重さで、ゆうに文庫本数冊は持って帰れただろうから)、ケースを日本に残して中身のDVDやCDだけ韓国に持ってくるのもどうかと思い、結局は文庫本数冊を犠牲にすることにした(もっともこのブックレット、英語版であることもあって中にはほんの少し目を通しただけで、おそらくこれからもじっくり読み通すことはないだろう)。

 今回のCD音源の、リミックス前と後との違いについては、以下の記事で詳しく解説されているので、興味のある方は参照されたい(ただし此処にはDVDに収録されたPVについての解説はない)。http://www.phileweb.com/review/article/201511/06/1853.html
 もっとも「音圧が大きい」とか「楽器の定位」がどうとか記されても、安物のCDプレーヤーかPCで聴くしかない私には、せいぜい音が大きくなったとか、「ヴォーカルは右、楽器の演奏は左」とはっきり分かれていたのが、左右にバランス良く配置されるようになったといった違いくらいしか聴き分けることは出来ず、今回のリミックスによって曲が「激変した」とか「別の曲になった」などと書かれているのを読んでも余りピンと来ない上、所詮はこの記事もいわゆるステルス・マーケティングの類いなのではないかと疑ってしまうほど大げさな表現に溢れている(もっともマニアというのは、往々にしてこういう書き方をするものなのだが)。


 今回修正を施されたというプロモーション映像にしても、曲によってその修正度や完成度にはバラつきがあり、「Penny Lane」(https://www.youtube.com/watch?v=S-rB0pHI9fU)や「Strawberry Fields Forever」(https://www.youtube.com/watch?v=HtUH9z_Oey8)などの映像は、これまで海賊版DVDで見てきた映像よりも確かに鮮明で美しく変わっており、思わず見入ってしまうくらいなのだが、初期のモノクロ映像や元々モノクロ映像だったものに色を付けた「All You Need Is Love」、ロンドンのサヴィル・ロウ(https://ameblo.jp/behaveyourself/entry-12502038251.html)にあったApple Corpの屋上で演奏された、いわゆる「Rooftop Concert」の模様を映した後期のヴィデオなどは、どれくらい修正作業に時間を費やしたのか分からないものの、余りパッとしない画質であると言うしかない。


 さらに細かい話をすれば、DVDの再生の方法には、①全体を通しで見る、②個別の曲を1つずつ選んで再生する、そして③ジューク・ボックスという機能を用いて自分の好きな曲を登録して再生する、という3通りの視聴方法があるのだが、一番単純で便利なはずの①だと、曲が変わるたびに曲名を記した静止画像が何秒の間か続き、その途中でヴィデオが始まってしまい、動画の最初の部分を見ることが出来ないのである。また②の個別に曲を選んで再生する場合、(当然のことだが)曲が終わるたびに初期画面に戻ってしまい、改めて見たい曲を選ばなければならず、私のような面倒臭がり屋にとっては実に煩雑である。そこで結局は、③のジューク・ボックス機能というのを使って、全ての曲を順番通り登録していき、一気に再生して見ることにしたのだが、初めから①の全曲一括再生で、曲名の画像表示とヴィデオ再生とを別々に分けてくれさえいれば、そんな手間やストレスを覚えずに済んだのにと、不満を覚えないではいられなかった。

 CDを聴き、DVD全体を見てみて最も大きな変化だと感じたのは、いわゆる「アンソロジー」プロジェクトの一貫として、ジョン・レノンが遺した音源に残り3人のメンバーが歌と演奏とを追加させて1996年に発表した「Real Love」のPVである。
 これはYoutubeの公式サイトで視聴できるので(実際その変化に気づいたのは、今回ではなくYoutubeでこの動画を見た時のことである。https://www.youtube.com/watch?v=ax7krBKzmVI)、興味のある方は以前のヴァージョン(https://www.youtube.com/watch?v=Y2iDmuoIRl0)と聴き比べてみていただきたい。
 「Real Love」以外にも、このサイトでは今回のDVDに収録されているPVを何曲か視聴することが出来る(https://www.youtube.com/user/TheBeatlesVEVO/videos)。
 
 他に個人的に面白いと思ったのは、「Baby It's You」の映像でロンドンのLower Regent Street(ここには今はなきロンドン三越や、よそに引っ越してしまったJapan Centreという日本食材店があった場所で、近くにはやはり今では移転してしまった日本クラブのオフィスもあり、ロンドン在住の日本人には馴染みの場所だった)にあったBBCのParis Studiosの前を歩いているメンバー4人の映像が見られること(このスタジオ付近の写真は、「Live at the BBC」というCDのカヴァーにも使われている)、テレビ映像やPVでも口パク演奏が多かった当時、メンバーがちゃんと演奏をし歌も歌っている「Revolution」(https://www.youtube.com/watch?v=BGLGzRXY5Bw)や「Don't Let Me Down」(https://www.youtube.com/watch?v=NCtzkaL2t_Y)などの迫力ある演奏、そして何よりも「I Feel Fine」のPVで、4人のメンバーがスタジオの床に置かれた(そして新聞紙に包まれた)フィッシュ・アンド・チップスやトースト(?)を手づかみで頬張っている場面である(https://vimeo.com/295247279)。


 この「I Feel Fine」(このビデオ・テープを保管している箱には"I Feel Fried"と記されているそうである)は、単にメンバーの食事風景をダラダラ撮っただけの如何にも適当な作りのPVなのだが、既に巨万の富を手にしていたはずの彼らが、録音の合間に揚げ油で手をベトベトにさせながら、庶民的な食べ物であるフィッシュ・アンド・チップスを嬉しそうに食べている姿はなかなか微笑ましい(後年のリンゴ・スターがどこかで、自分にとってはフィッシュ・アンド・チップスこそが最も気楽に食べられ、大好きな食べ物だといったような内容を話していたのを覚えている)。

 この「ビートルズ1+」(どうせ買うのであれば、DVDあるいはBlu-rayディスクが2枚ついたデラックス・エディションを買った方がお得である)は、私のような中途半端なマニアまがいの人間にとっても決して損な買い物だとは言えない内容であるが、ザ・ビートルズに大して思い入れがなく、既にこの「ビートルズ1」の以前のヴァージョンを持っていたり、他のベスト盤などを所有しているのであれば、わざわざ買い足す必要がないと言っていいかも知れない。
 しかしもし彼らのCDを1枚も持っていない人であれば、代表的なヒット曲に加えてPV動画も見られることから、入門アイテムとして決して悪くないセットだと言えるだろう(ただしBlu-ray(国内版)で8,400円ほどと、決して安い買い物ではないのが難点である。ちなみに上のブログにも書いたように、私は海外版のDVDセットを4,705円で購入)。

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 この間に読み終えた本はなし。

 この間に見終えた映画は(いずれも日本版DVDで視聴)、

・「あなたと私の合言葉 さようなら、今日は」(市川崑監督) 3.5点(IMDb 7.9)
 娘の結婚を巡る物語や台詞まわし、撮影方法、父親役に佐分利信を配しているところ、またこの作品に出演している若尾文子や京マチ子、川口浩、潮万太郎などが出演する小津の「浮草」も同じ1959年に作られていることなどからして、これは明らかに小津安二郎作品を意識したパロディ作品となっている。
 その試みが成功しているかどうかは微妙なところだが、太枠の眼鏡をかけた若尾文子は眼鏡フェチでなくてもたまらない美しさで、友人や妹と違って結婚する道を選ばず、アメリカに留学して仕事に生きようとする彼女が、太平洋上を進む船の上でその眼鏡を通して遠くを眺めやる最後の場面には、小津作品が描いている保守的な女性像や旧時代的な内容に対する批判や皮肉が込められているかも知れない。
 それにしても、和田弘とマヒナスターズが歌う主題歌の「さようなら、今日は」というのは、順序が逆ではあるものの、まさにザ・ビートルズの「Hello,Goodbye」そのものではあるまいか。

・「死海殺人事件」(マイケル・ウィナー監督) 2.0点(IMDb 6.1)
 ピーター・ユスティノフがエルキュール・ポワロ役を演ずる映画シリーズ(他には「ナイル殺人事件」と「地中海殺人事件」)の中では、残念ながら最も凡庸な出来である。

・「拳銃(コルト)は俺のパスポート」(野村孝監督) 3.5点(IMDb 7.5)
 いわゆる「日活ノワール」の代表作と言っていい佳作。
 主演の宍戸錠もいいが、黒澤明の「用心棒」や「どですかでん」などでは端役でしかなかったジェリー藤尾が存在感のある役柄を演じ、決して演技そのものはうまいとは言えないものの、挿入歌ではギター片手に美声も披露している。

・「月はどっちに出ている」(崔洋一監督) 3.0点(IMDb 7.1)
 久々に見直していて気づいたのだが、立ち飲み屋の場面に、原作者の梁石日(ヤン・ソギル)とともに、映画監督の鈴木清順がカメオ出演している。
 それまで映画では余り紹介されることのなかった在日朝鮮人・韓国人の生活や、良くも悪くも国際化の進む日本社会の一断面を切り取ったという意味合いもあって、公開当時は広く称賛を浴びた作品であるが、以来20数年経った現時点で改めて見直してみると、その時代性もすっかり古び、内容そのものにも取り立てて見るべきもののない平凡な作品だという印象しか抱くことが出来なくなってしまった。

・「けものみち」(須川栄三監督) 3.0点(IMDb 4.7)

・「クレイマー、クレイマー」(ロバート・ベントン監督) 3.5点(IMDb 7.8)
 前回紹介した「伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう!」の是枝裕和篇を聞く前に鑑賞。大部分が善良な(善良過ぎると言ってもいい)父親の視点からの展開なので、メリル・ストリープ演ずる母親側には不利な内容になっているが、最終的にいずれかの勝敗という形では物語が閉じられることなく、明示的な結末を持って来ないで終えていて、深い余韻の残る作品に仕上がっている。ヴィヴァルディの「マンドリン協奏曲」のせいか、それともトリュフォーやロメールの作品などでも撮影を担当したネストール・アルメンドロスのカメラのおかげなのか(ただし何ヶ所かで画面が結構ピンぼけになってしまっているのがご愛嬌である)、あるいはやはりその曖昧なまま放置される結末のためか、ヨーロッパ映画を見ているような気にさせられる。
 
 これらの映画とは別に、日本で入手したアメリカのドラマ「Law & Order」のシーズン18~20、英国ドラマの「ダウントン・アビー」のシーズン2と3を毎夜少しずつ楽しみながら見ていた。
 「Law & Order」はこれで全20シーズンすべてをDVDで入手したことになるが、手持ちのPCでは再生できないアメリカ版DVD(再生するにはリージョン・コードをアメリカなどの「3」に変更しなければならない)のため未見のままのシーズンが幾つかあり、近いうちにリージョン・フリーのDVDプレイヤーを使って全シーズンを見終えたいと思っているところである。
 「ダウントン・アビー」は、現在のところ日本では全6シーズンのうちシーズン4までがDVD化されていて、シーズン6のDVD化までにはまだまだ時間が掛かりそうなので、シーズン3まで見終えた後で、英国アマゾンでシーズン1から6までの全エピソードを収録した全集と、全集には含まれていない最終話(シーズン6のクリスマス・スペシャル)を注文してしまった。
 正直、話が進んでいくにつれて、現実にはありそうもない奇を衒った展開が次々と起こり、ソープ・オペラにしても「やり過ぎ」の感があるのだが、壮麗かつ豪奢な英国貴族の邸宅で繰り広げられる貴族と使用人たちの生態模様はなかなかに興味深く、(英国)英語を学ぶ上での教材という点でも悪くはない。
 ただし、貴族階級を激しく憎悪しながら、貴族の娘と無理やり駆け落ちし、家庭内に絶えず確執を引き起こすアイルランド出身の自動車運転手や、その妻である貴族の末娘や、やたらと「進歩的」な老婦人などが口にする「政治的公正さ(PC)」的な発言の数々は、時として極めて自己満足的で、その「自分は正しいことを行っている」といった態度には終始イライラさせられる。
 「如何にその主張や行動が正しくとも、自己陶酔している人間ほど鼻持ちならないものはない」という「真理」を改めて実感させられるような言動で、私自身、皇室や貴族階級などを肯定的に評価しはしないものの、それでも「政治的公正さ」や「正義」といったものの持つ胡散臭さには辟易させられるしかない。

・ドラマ「けものみち」
 映画版に続けてNHKのドラマ版(和田勉演出、山崎努、名取裕子、西村晃、伊東四朗他の出演)を鑑賞。
 この作品は上記の映画版との比較のみならず、その偽悪的なまでのリアルさやサスペンス感に満ちた展開と雰囲気、一癖も二癖もあるような個性的な俳優たちによるなまなましい演技によって、テレビ・ドラマ史に残るような傑作に仕上がっていると言えるだろう。
 映画版とこのドラマのいずれがより松本清張の原作に近いのか、原作を読んでいない私にはよく分からないが、見終えた後の居心地の悪さや空恐ろしさという点では、明らかにこのドラマ版の方に軍配が上がる(従って、もし映画の方が原作に近いのであれば、このドラマ版は原作よりも優れていると言えるかも知れない)。
 西村晃の悪役ぶりも映画版の小沢栄太郎を遙かに上回っており、女主人公・民子役をわずか23歳で演じきった名取裕子も映画版の池内淳子に決して負けてはいない。加えて山崎努や伊東四朗、永井智雄などの練達の俳優たちがその脇を固め、作品全体に並々ならぬ緊張感が漲っている。
 演出を担当している和田勉と言えば、私などの世代の人間にとっては、おそらく演出家としてよりもバラエティ番組などに出ていた怪しい風貌の中年オヤジという印象が強いだろうが、NHKのディレクターとして向田邦子脚本の「阿修羅のごとく」や、山崎努主演の「価格破壊」、松本清張原作の「天城越え」などの傑作ドラマを次々と世に送り出しており、演出家として傑出した才能を持っていたことが分かる。