大好きな自分の家族。
家族のことは大好きなのに。
自分がこれから作っていくまだ見えない家族、
同世代がもつ家族、
小さな子供がいる家庭、
くそ既婚者に出会って、そういうものが怖くなった。
公園から聞こえる小さな子供の騒ぎ声、
ベビーカーを押す幸せそうな夫婦、
手を繋いで歩く老夫婦。
見るのが辛い。
こわい。
大好きな自分の家族。
家族のことは大好きなのに。
自分がこれから作っていくまだ見えない家族、
同世代がもつ家族、
小さな子供がいる家庭、
くそ既婚者に出会って、そういうものが怖くなった。
公園から聞こえる小さな子供の騒ぎ声、
ベビーカーを押す幸せそうな夫婦、
手を繋いで歩く老夫婦。
見るのが辛い。
こわい。
旅行しても、
もちろんくそ既婚者が写真を撮ることはない。
一緒にいるところ
残すことはできないから。
写真スポットにわざわざ行っても、
撮ることはしない。
わかっていたことだけど
実際それを実感すると
割り切った感を出された気がしてすごく悲しかった。
隠れるように誰かとラインをしたり、
隠しているようだけど
端端に見え隠れする家族の存在。
割り切って、都合よく使えば良いって思ったりしたけど
結局、傷ついてる。
帰ってきて思うのは、一緒にいられた幸せよりも、どこかに痛みを感じる辛さ。
これを機に精算しようと思ったり、
いやまだ続けられると思ったり、
このまま去ることができたら、全て忘れて楽になれるのか
余計辛くなるのかわからない。
なんで苦しいのか
自分がどうしたいのか全然わからない。
調子が良い時は、
ポジティブに考えられるから書き留めておきたい。
迷ったとき、おちたとき、
ここに戻ってこれるように。
くそ既婚者と人生が交わることも
くそ既婚者から何かを得ることもできないなら
その一瞬一瞬の時間を楽めばいい。
コロナの中で退屈になった生活の中で出会い、
良い暇つぶしになったのは事実。
好きだとかそんな感情のまえに、
定期的に会って、
美味しいもの食べて、
いろいろ遊びにいって、
一緒に仕事して。
いい暇つぶしだったじゃない。
しかも何の労力も使わず。
至れり尽くせり。
なんか、
別にこれで、
いいんじゃない。
くそ既婚者と会ってたから
コロナでも太らなかったし、
手は抜かなかったし、
適度な刺激があって自分をメンテナンスできたのかも。
なんだ
都合が良いのはお互いか。