私が幼少のみぎり(と いうより、餓鬼の頃)、遊ぶといえば
外で泥んこになって走り回るくらいなもので、今の子供の様に
家の中でゲームをピコピコなんてことがなかった。
だから遊びつかれて家に帰る頃にはもうお腹がペコペコで
お腹の皮と背中の皮が新婚夫婦みたいになっていた。
その頃わたしが住んでいたのは平屋の一軒家で周り近所も
ほとんどそんな家ばっかりだった。
自宅への帰り道、近所の家の台所からジュージューと
天婦羅を揚げる音とその香ばしい匂いが、また他の家では
サンマを焼いている煙と香が漂ってきて、私のお腹が
もうダメ、許して、堪忍!と悲鳴を上げたものだ。
それから幾星霜、今じゃマンション暮らしでその頃の
直接お腹に響くような強い香を近所では嗅いだことがない。
(蓄膿症で臭覚が落ちていることもあるが・・・)
せいぜい会社からの帰りの駅前でウナギや焼き鳥の香を
楽しむくらいになってしまった。
今度、マンションの共有部分にシチリンを出して団扇で火を
おこしてサンマでも焼いて、あとはどうなときゃーなろたいと
開き直ろうかと思ったりもする。
外で泥んこになって走り回るくらいなもので、今の子供の様に
家の中でゲームをピコピコなんてことがなかった。
だから遊びつかれて家に帰る頃にはもうお腹がペコペコで
お腹の皮と背中の皮が新婚夫婦みたいになっていた。
その頃わたしが住んでいたのは平屋の一軒家で周り近所も
ほとんどそんな家ばっかりだった。
自宅への帰り道、近所の家の台所からジュージューと
天婦羅を揚げる音とその香ばしい匂いが、また他の家では
サンマを焼いている煙と香が漂ってきて、私のお腹が
もうダメ、許して、堪忍!と悲鳴を上げたものだ。
それから幾星霜、今じゃマンション暮らしでその頃の
直接お腹に響くような強い香を近所では嗅いだことがない。
(蓄膿症で臭覚が落ちていることもあるが・・・)
せいぜい会社からの帰りの駅前でウナギや焼き鳥の香を
楽しむくらいになってしまった。
今度、マンションの共有部分にシチリンを出して団扇で火を
おこしてサンマでも焼いて、あとはどうなときゃーなろたいと
開き直ろうかと思ったりもする。