ストレスを受けたくないが為に選んでいた考え方は
実は必要以上にストレスを受けることになっていました(-"-;A
こんにちは 美穂です
日本には『察する』って美徳であるって考えがありますよね。
私もそう思います。
でも 時としてその察するが 自分を追い込んだり
相手をモンスターに仕立て上げたりします・・・。
私は 旦那さんの声のトーンや表情を見て
その時の旦那さんの状況、思考を邪魔しないように
察していたつもりでした。
顔色を窺う (うかがう)
・ひそかにようすを探り調べる
察する
・他人の気持ちをおしはかって同情する。
・おもいやる
こうやって あらためて見ると
察していたつもりが 顔色を窺っていたって感じでしょうか(笑)
『何か考え事でもしてるっぽいから
今は黙っておこう。 私が話したいことなんて 大した話じゃないし』
こんな発想から始まったんだろうけど
少しずつ積もった感覚のズレ、
お互いの口調の強さ、
喧嘩による半端ないストレス
こんなんが長年積み重なり
そのストレスを受けたくないが為に
私は旦那さんに対して 何も聞かずに
怒っているだろう
機嫌が悪いんだろう
とか
こんな事を言ったら 怒られるかな
ってな感じで だんだん会話も選ぶようになったんだよね。
本来なら言わなきゃいけないことまで 言えなくなったりして。
機嫌良さそうに話しかけられた時は
ホッとして 私も話す・・・。みたいなね。
だけど そうやって 旦那さんの気持ちを察する、窺う(うかがう)のを止めてみようと。 それも簡単じゃなかったよ、それこそ長年の考え方のクセになってるからね。
やっぱり怖いしね。
でも やってみると
意外や意外
私自身も精神的に追い込まれることはないし
旦那さんに対して 感謝まで。
以前の感覚からしたら 図々しいんじゃないかと心配になるぐらいに
勝手に良い方に解釈する。
そしたらね
目からウロコ。
意識して 相手の気持ちを勝手に解釈してみる価値ありですよ(笑)
今までのように 悪い方に勝手に解釈じゃなくてね(;´▽`A``
