きっかけ~はじまるまで~(まだほんの序章) | *WEDDING BGM*

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過去にブライダルBGMをプロデュースするお仕事に約10年間携わり、
同時にイベントディレクターとして、20周年が経ちました。
2010年に結婚、旦那はんとの生活、お仕事、ブライダル、音楽、お花、RUN、グルメなど思いのまま描いていきます。

のんびり日記ですが読んでくれた人に感謝です

前社はイベントPAやラジオ局でのミキシングを行っている音響会社が母体となっているイベントの制作会社でした。

その制作部門に私はまだ右も左もわからず入社。

(すごーくなにも判っていないオバカな新入社員でした・・・現に上司受け悪っって感じでしたから。またそれに対して悪びれてもなかった、その当時・・・。ホントにアホです。)

当時バブル崩壊後の就職活動、20社くらい落ちてやっと引っかかった会社でした。

当初、本当は違う業務をしたかったワタシは毎日「辞めたい」と思いながら、自分に対してはなんの疑問も持たずに会社にただ毎日通っていました。


最初に音楽と触れ合うきっかけになったのは、

入社3ヶ月後、某地方博にミニFMのディレクター兼ミキサーとして4ヶ月間置き去りともいえる旅に出されたことでした。もちろん上司は「出来て当たり前」として簡単に操作を教えてくれましたが、すべてが初めてのこと、必死に覚え、毎日朝6時に宿舎を出て夜11時に帰舎する生活が続きました。まさにスパルタ・・・でも日に日に音楽と、それに対するリスナーの反応、MCとの息・操作ひとつで変わること・・・しんどいこともありましたがでも楽しい思い出しか今は残ってませんっていえるくらいすごく充実した日々でした。


しかし戻ってくると、またいつもの日々。

出来ないので当然ですが罵倒される、怖くて聞けずにまた怒られる(ていうか当時は見て理解し学ぶのが当たり前の業界)、同期は辞め、日々は過ぎていきました。


そんななかなにもわからず与えられた営業リストの通り営業にまわっていたなかに、ブライダルの仕事を頂くことになるKさんとの出会いがありました。

昔、ファッションショーがなになの仕事で弊社専務と仕事をしたことがあるKさん、何もわからず営業まわりをしている私に相手をしてくれていました。記憶があるのは『阪神大震災』の被災者となった私の話を聞いてくれた記憶があります。

数ヵ月後Kさんは独立、そのなかで音響オペレートの話があり、うちと取引をすることとなりました。

もちろん私の営業の成果ではなく、弊社専務との仕事の経験からですが、初期メンバーとしてお仕事させていただくこととなりました。