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#2 Collision

 少女は冷たい雨に打たれていた。だが無声映画を見ているかのように音は聞こえず、肌を伝う雨の感覚も無かった。不意に肩をトントンと叩かれる感覚だけがあり、少女は振り返った。そこには背の高い、誰かが立っていた。何か喋っているようにも見えるが、何を言っているのかは聞き取れない。だが、差し伸べられたその手は大きくて心地よく、何か楽しい未来が待っているような気分になり、少女はその手を握った。少女は連れられるまま、光の射す方へ向かって歩いた。幸せだな、嬉しいなあ。そんな気分で歩いていると、また肩を叩かれる感覚があり、少女は振り返った。するとそこには血まみれの人が倒れていて、顔だけこちらを向けていた。

 「返せ……!」

 佐々木さくらはベッドから飛び起きた。額の脂汗を拭い、さくらは深い溜息をついた。しばらく見なかったあの悪夢だ。どうしてまた……。さくらはぽふっと枕に頭をうずめると、顔だけ動かして部屋を見渡した。

真っ白な部屋だ。真っ白な床に、真っ白な壁。洗面台も据え置きの棚も真っ白だ。窓は無く、空調の音だけが静かに音を立てていた。ここはどこだろう、どうしてこんな所にいるのだろう。さくらはゆっくりと上半身を起こし、両腕を眺めた。包帯でぐるぐる巻きにされている。しばらく眠っていた気がするが、包帯は真新しい。どうやら、誰かが定期的に替えてくれているようだ。そうだ、私は”あれ”と戦ったんだ。さくらはぎゅっと手を握りしめた。なんとか勝ったものの、街はどうなったんだろう。そうだ、楓を公園に残したままだ。ちゃんと逃げられただろうか。「コンコン」という音で我に返り、さくらは入り口のドアに目をやった。

「どうぞ」

「失礼します」

ドアから黒いスーツを着た初老の男が二人と、白衣の女が一人入って来た。女は手際良くさくらの包帯を巻き直し、血圧を測ると、聴診器をさくらの胸に押し当てた。

「うん、安定してるわね」

そう言うと、女はニコッと笑った。見た目は50歳くらいだが血色が良く、しわもほとんどない。医者というよりは、街のパン屋さんか、あるいは酒場の女店主といった印象だ。

「まだ様子を見る必要があるけれど、話をするくらいはできそうね。どう?」

「ええ、まあ……あの、ここは一体……?」

さくらは矢継ぎ早に飛び出しそうになる質問をこらえ、一つだけを絞りだした。

「ここは医療棟の地下、ICUのエリアよ。あなたが京都で意識を失ってから、ここ市ヶ谷駐屯地に搬送されてきたの」

「ICU……そんなにわたし具合悪かったんですか? それに市ヶ谷駐屯地って……」

「ええ、ここは東京市ヶ谷の防衛省庁舎。あなたがここへ連れてこられたのはもちろん、怪我だけが理由ではないわ」

質問の度に増えていく疑問に、さくらの頭はぐるぐる回っていた。すると、今まで無表情で沈黙していた男の内、一人が口を開いた。

「京都府下京警察署交通課、佐々木さくらだな。私は警視庁警視総監、神楽宗一郎だ」

さくらはぎょっとして立ち上がり、体中に激痛が走ってうずくまった。なぜ警視総監がわたしの所に?痛みやら緊張やら、状況が全く呑み込めないやらで、胃が口から飛び出しそうだ。女が慌ててさくらに駆け寄り、さくらの背中をさすった。

「あなた達、この子は怪我人なんだから、もうちょっと気をつけて下さいよ? そんなに仏頂面してると、この子も落ちつかないでしょう?」

表情はこの際関係ないんだけど、とさくらは思ったが、何も言わずおとなしく座った。神楽は少しバツの悪そうな顔をし、今度はにこやかに笑いかけて来た。ますますどう反応したらいいのか分からない。

「まずは、今回の”襲撃事件”での君の多大なる活躍について、感謝の意を申し上げたい。神戸、京都、大阪で同時多発的に発生したが、現在はいずれの地点でも制圧が完了している。その点については安心して欲しい」

さくらはまっすぐ神楽を見ながら、肩の力が抜けて行くのを感じた。神楽は少し床に目を落とすと、さくらを見据えた。

「色々思う所もあるだろうが、まずは私の質問に答えて欲しい。君が倒した27体の宇宙人についてだが……」

さくらは少し考えて、口を開いた。

「30体……になると思います。小さい宇宙人の他に、3体いたはずなので」

さくらがそう言うと、男達二人は目を丸くして、互いに顔を見合わせた。神楽は咳払いをすると、質問を続けた。

「あの日、君がどのようにして宇宙人と戦ったのか、詳しく教えてくれるか?」



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緑の閃光がさくらを襲ったが、間一髪で横に飛び避けた。そのままビルの柱まで走りきり、柱を背にして滑り込むように隠れた。悪い夢でも見ているようだ。夢なら覚めて欲しいと切に願ったが、目に染みる土埃、プラスチックの燃える嫌な匂い、そして道端に転がっている瓦礫や死体が、これが夢でなく現実である事を、さくらに冷たく突きつけていた。

さくらは震える手で、腰に差していた拳銃を手に取った。弾はたった9発。とてもまともに戦える装備ではない。1発ずつ合計9体倒せたとして、その先はどうすればいいというのだ。額から吹き出る脂汗を拭うと、さくらは目を閉じ、深呼吸した。弱音を吐いてる暇なんてない。こんなに街をめちゃめちゃにした奴らを許す訳にはいかない。ふつふつと胸の奥が熱くなり、恐怖が掻き消えていくのを感じた。

「今度は私の番よ」

さくらはすっくと立ち上がり、行動を開始した。

 園芸コーナーにまず向かったさくらは、陳列された商品を物色し、木炭、硫黄粉末の肥料、マッチ、和紙、糊を手に入れた。木炭をすり潰し、硫黄粉末の肥料と、マッチの先を削り取ったものを混ぜ合わせ、和紙を細く糸状にしたものに糊を染み込ませ、粉末を満遍なくつける。即席の導火線の完成だ。そして同じ階で売られていた爆竹を導火線に繋げ、5つほど繋げたものを幾つか作製した。

寝具コーナーに向かい、通路の広くなっている所に爆竹の束を仕掛けると、ベッドの下に潜り込んだ。爆竹はしばらくシューっと煙をあげた後、乾いた破裂音を響かせて爆発した。すぐに2、3匹の宇宙人が寝具コーナーに現れ、辺りを確認し始めた。不審物を確認する為だけに、全戦力を割く事はほとんど考えにくい。奴らの目的は人間を殺すのではなく、緑色の繭となった人間を回収することだろう。従って、今徘徊している2、3匹の他に、奴らが近くに潜んでいる可能性はほぼゼロに等しい。さくらは気配を消して忍び寄り、背後に回り込んだ。

 サバイバルナイフを左手に握りしめ、その内の1匹に近寄ると、頭を右手で押さえ、喉元と思われる場所を掻き切った。哺乳動物の断末魔のような声を発し、ビクンと大きく痙攣すると、その宇宙人は動かなくなった。

さくらは間髪入れず、宇宙人が持っていた銃を手に取ると、残り2匹に向かって発砲した。さくらの銃から放たれた緑色の閃光は、2発とも直撃すると、宇宙人達は壁まで吹っ飛ばされ、そのまま動かなくなった。

 さくらは手早く3匹の死亡を確認すると、今しがた手に入れた武器をまじまじと見つめた。

それは一見すると、オートマチックのピストルのようだった。だが、フレームの隙間からは緑色の光が漏れ出していて、これが普通の武器ではない事を物語っていた。弾を装填するマガジンは見当たらないが、さすがに無限に撃てる訳ではないだろう。予備として持っておこうと、さくらは他の宇宙人の武器に手を伸ばした。

「わっ……!!」

落ちていた武器が緑色の閃光を放ち始め、さくらは慌てて手を引っ込めた。なんと落ちていた武器は2つとも、小さな爆発を起こして粉々になってしまったのだ。敵の手に渡らない様、細工がしてあったのか。さくらは肩を落としたが、ここで止まっている訳にはいかない。さくらは立ち上がり、広い廊下に画鋲をまき始めた。

狙い通り同じ場所に、宇宙人が再び3体現れた。爆竹の破裂音、銃の発砲音は彼らに聞こえているはずで、その後偵察が戻って来ない事を不審に思っているに違いない。だとすれば、それを確かめる為に同じ数で来る可能性は、限りなく低いと言える。少なくとも2体ほど物陰に隠れているはずだ。さくらはマスクと水中ゴーグルをかけると、レーシングカーのラジコンを握りしめた。

3体の宇宙人は何も知らずに画鋲の上を歩き、その場で悶絶し始めた。裸足で歩いている彼らにとっては、単純だが効果絶大のトラップだ。間髪入れず、ライトを点灯させたレーシングカーが宇宙人の方に突進してきた為、宇宙人達は身構え発砲したが、画鋲の痛みのせいで当たらない。レーシングカーはそのまま宇宙人達を擦り抜け、廊下の突き当たりにある別の部屋に突進していった。

廊下の宇宙人がレーシングカーに気をとられている隙に、さくらは背後に近づき、流れる様な手つきで3匹の首筋をナイフで引き裂いた。今度は死体を確認せず、さくらはポケットに忍ばせたボタンを押した。

 レーシングカーの上に取り付けたバルサンから煙が吹き出し、瞬く間に部屋に充満すると廊下の入り口まで溢れ出た。このガスが何で出来ているのか奴らには分からないだろうが、廊下までおびき出すのには十分だ。慌てて飛び出した2匹の宇宙人は、あっけなくさくらに脳天を撃ち抜かれた。

 さくらはマスクと水中ゴーグルを外し、額の汗を拭った。今の所は順調だ。今の所は。

 持っていた武器を床に落とすと、別の彼らの武器を手にとった。予想通り、さくらが手に取った武器だけが残り、先ほどまで使用していた武器を含め、残りは全て爆発して粉々になった。恐らくそれぞれの武器には宇宙人の生体登録がされており、死亡するとその武器も使用出来なくなるようにしているようだ。それがなぜ、宇宙人でない自分が生体登録出来るのかは分からないが、今はこの仕組みさえ分かれば十分だ。

 合計で8体の宇宙人が偵察から戻ってきていない状況を考えれば、彼らも異常事態であると判断せざるを得ないだろう。今度は戦力のほとんどを使って攻めてくるはずだ。そう思って、さくらは窓から下の通りを見下ろした。

 宇宙人達は何事も無かったかのように緑色の繭を一箇所に移動させていた。数は10体ほど。他に偵察や伏兵がいる可能性もあるが、先ほどのように待ち伏せばかりしていては、民間人が連れ去られてしまうだろう。リスクは高いが、やるしかないか。さくらはこみ上げる恐怖を押し殺し、仕掛けをすると、窓ガラスを突き破った。

 宇宙人達は、突然ビルから人間が降ってきた事に対して、行動が遅れてしまった。何より、繭の回収を急ぐ為、一時的に武器を携帯していなかった事が、彼らにとって致命傷となった。緑の閃光が雨のように彼らに降り注ぎ、4体の宇宙人は瓦礫の一部となった。

 さくらは落下の直前に背を向け、背負っていた敷き布団を下にした。衝撃を吸収できる布団を選んだつもりだったが、さすがにビルの6階から飛び降りる衝撃は凄まじい。気を失いそうなほどの全身の痛みを堪え、よろめきながらもなんとか体勢を整えたさくらは、すぐに残りの宇宙人8体の脳天に緑の閃光を撃ち込んだ。

 不意を突かれ、丁度武器を置いていた場所をさくらに陣取られた宇宙人達は、成す術無く吹き飛ばされた。

 さくらはよろよろと立ち上がった。背中の激しい痛みに呻きながら、がっくりと膝を折り、自分の手元を見た。これほど銃を使ったのは生まれて初めてで、相当な負担だったのだろう。手の平はボロボロで、血がべっとりとついていた。痛い。身体の痛みだけじゃない。今自分の置かれている状況、緑色の動かなくなった人達の命がさくらの心に重くのしかかり、じっと手を見たまま、ぽろぽろと涙をこぼした。

 次の瞬間首筋を強く掴まれ、さくらの体は中に浮き上がった。しまった、残党がいたのか……さくらは必死で首筋にあるものを取ろうとしたが、ゴツゴツとした硬いそれはビクともしない。掴まれる力が強くなり、さくらは悲鳴をあげた。

 「ウゥ……この!!」

 さくらはサバイバルナイフで首の後ろを掻き切った。ガリっという硬い感触だったが、多少の効果はあったのだろう、掴んでいた力が緩まり、さくらは地面にドサッと落ちた。首を抑え、咳き込みながら後ろを見上げたさくらは背筋が凍った。

 そこには人型の何かが3体立っていた。ターミネーターのような金属質の体で、そのみぞおちから下腹部にかけて黄色く光を放っている。流線型の頭からは、表情を窺い知る事は出来ない。いずれもさくらと同じ様な武器を持っていたが、より大きく、その銃口は全てさくらに向けられていた。

 さくらは立ち上がろうとしたが、腰に力が入らない。まずい…まずいまずい、逃げないと…!!なんとか手を使って後ずさりしたさくらだったが、あっさりと右の太ももを撃ち抜かれた。

 「ウゥ!!……アアァ!!」

 さくらはたまらず右足を押さえ、呻いた。激痛で息が止まりそうだ。それでもなんとか手を動かし、その場所から少しずつ離れた。一発で殺されなかったのは幸いだ。もう少し待てば。もう少し待てば勝ち目はある。その内に小さい宇宙人も集まり始め、10体ほどになったが、さくらは諦めなかった。

 さくらに標準を当てていた宇宙人達は、ビルの上空から銃弾が降って来るなどとは想像すらしていなかった。フライパンで熱せられた銃弾は、真っ直ぐ宇宙人達の元へ降り注ぎ、人型宇宙人の一体に突き刺さると、それは地面に叩きつけられる様に倒れた。

 想定通りだ。さくらはこのチャンスを見逃さなかった。すかさず人型の宇宙人が落とした武器を拾い、後ろにいた2体にめがけて緑色の閃光をお見舞いした。

 小さい宇宙人が持っていた武器とは異なり、どうやら連射機能のあるアサルトライフルだった様だ。2体の人型宇宙人は手足を色々な方向に向けながら、人形の様に吹っ飛ばされた。

 さくらは後ろへ転がり、瓦礫の影に隠れた。小さい宇宙人達はさくらを追って走り寄ろうとしたが、さらにビルの上から爆発音が聞こえ、一斉に空を見上げた。

 真っ赤なスポーツカーが、炎を上げながら真っ逆さまに落ちて来た。逃げる者、スポーツカーに発砲する者、それでもさくらを追い詰めようとする者、それぞれ思い思いに動こうとしたが、それはあまりに一瞬すぎた。さくらは落下するスポーツカーへ静かに狙いを定め、緑の閃光を撃ち込んだ。

 スポーツカーは大きな音を立てて爆発し、周りにいた宇宙人を炎で包み込んだ。断末魔のハーモニーを奏で、宇宙人達は炎の中で踊り狂っている。さくらは震える手でなんとか立ち上がると、建物の影に入った。

 ひとまず勝った。わたし一人でどうにかやってのけた。そんな安堵がこみ上げて来そうだったが、なんとかその気持ちを押し殺し、さくらは右足をかばいながらジューススタンドへ歩いた。ここで安堵すれば、一生立ち上がれない気がしたし、何より喉がカラカラだった。ジューススタンドの扉を押し開き、震えの止まらない手でコップにオレンジジュースを注ぎ、貪る様に口に流し込んだ。

 「ゲホッ……ゴホッゴホッ!」

 案の定気管に入り、さくらはむせ込んだ。今度はゆっくりと喉に流し込み、ふーっと深い息を吐いた。まるで何十年も何も口にして無かったかの様に、オレンジジュースが身体中に染み渡っていくのが心地よかった。ちょっと休んで、それから包帯を取りに行こう。そう思いながら、さくらはつかの間のご褒美を楽しんだ。


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 「その後すぐ、SATの方々が来て下さいました。本当にお世話になりました」

 さくらは座ったまま、深く頭を下げた。神楽はいやいや、とそれを制した。

 「礼はいい。むしろ、宇宙人を相手によくそこまで食い下がってくれたというべきか。君は何か特殊な訓練でも受けた事があるのかね?」
 
 「いえ、特には。大学まで陸上部に所属していましたので、体力は人並み以上の自信はありますが」

 「そうか。京都府警が君の様な人材を確保していた事を、本当に誇らしく思う」

 神楽はにこやかにそう言った後、後ろで黙ったままの男に目配せをし、もう一度さくらを見据えた。

 「実は、そんな君だからこそ頼みたい事がある。もちろん快諾してくれる事だろうと思うが」

 さくらがきょとんとしていると、後ろの男がようやく口を開いた。

 「警視庁警備部長の浅野國勝(あさのくにかつ)だ。今回の貴君の働きを考え、君を交通課から、警視庁警備部、警備第一課へ異動を命ずる」

 「警備課というと……」

 「特殊部隊、SATへ来てもらいたい」

 さくらは何も言う事が出来なかった。沈黙の中、空調だけが静かに音を立てていた。