明けましておめでとうございます.

日本では...
霞初月 かすみそめつき の 朔日 ついたち
...はじまりました、ね.
こちらでは、大晦日が、はじまりました.w

昨日は、朝、目覚めとともに世界の空気が違っていました.
お空は澄み渡り、さんさんの太陽を浴び、
ほんとにひさしぶりの鳥たちが喜び踊る姿を見て、
なんとも祝福された一日のはじまりを感じました.

そんな日に、お餅つきにいってきました.
裏庭の一角の柳と竹に囲まれた、小さな小さなスペースに、
火を焚いて、色んな国の人が集まって、腰かけて、
のんびりとお米を蒸かしたり、
お餅をついたり.
臼は、むかし住んでいたメンドシーノの山の木でできているの.
もう、随分と年季の入った臼.
....ありがたい山からの贈り物.

お餅つきが終わったあとも、火を囲み、おしゃべり...
旅好きの仲間があつまってのおしゃべりは、なんとも楽しかった.

その中にいたはじめましてのご近所さんの話しに釘付けになる.
リリアと云う彼女が、旅の話しから、発展して話してくれたのは、
わたしが今とても気になっていることだった...の.

それは significant overseas living experience について.
ここのところ、 cross cultural communication (異文化理解)
にとても興味がある、わたし...
彼女がいうには、外国を旅するとカルチャーショックになるのだが、
長く旅したあとに、自国に戻ると、新たなカルチャーショックがあって、
それこそが国境のない世界の最初の第一歩である、異文化理解の体感となるというのだ.
まさに...日頃つくづく思っていたことだったので、
なんともうれしくなって、帰る時に、もう一度話しかけその話しを二人でしたの.
わたしたち、同じ気持ちがあることに気がついた.
彼女、涙ぐんで、それがワールドピースに繋がる体験だよねっていってくれた.
うれしかった、な.ほんとにうれしかった. 

ステキな出会いがあって、
それらがだい好きな焚き火のまわりで起っていたんだ.
わたしは、ほんとに火を見ているのが大好きだって、昨日もまた思った.
火の前にいるだけで、火に薪をくべて、ただただ見つめているだけで、
心がすっと落ち着いて、なんとも平和な気持ちになる.

人は好きなことをしているときとか、
ほんの一瞬、とても些細なことで、だれかと気持ちが通じ合ったりしたときとか、
そんなシンプルな瞬間にこそ、平和で幸せで喜びを感じるものだよ、ね.

朔日の日は、朝日を見に行こう.

新しくはじまろうとしているこの星の仲間たちの日々が、
太陽から届けられる光の祝福ではじまりますように...と.

2007、ありがとうございました.


わたしの大好きな人のお話を、シェアします.

「わたしたちが宇宙の中心である太陽に焦点を合わせる時、
わたしたちは自分自身の中心、高次の自己、
内なる太陽に近づき、その中にどんどん溶けてゆきます.

しかし太陽に意識をあわせることは、
わたしたちの思考、欲求、エネルギーの全てを結集して
最高次の理想の為の奉仕の仕事に用いる方法を学ぶことも意味しています.
絶えず自分を引き裂こうとする混沌とした内なる力の多くを統合して、
一つの光り輝く有益なゴールの追求に着手する人は、
強力な中心点となってあらゆる方向に光を放つことができるようになります.

信じてください.
自分自身の低次の性質の傾向をマスターした一人の人間は、
全人類に恩恵をもたらすことができるのです.
その人はまるで太陽のように光り輝きます.
そのような人の自由とは、内面に存在するありあまるほどの光と愛を放出することで、
その人の意識が全人類を包み込んでしまうほどのものです.

世界はこの太陽とのワークに貢献できる人々をより多く必要としています.
愛と光だけが人類を変容させることができるからです.」
                     
                      ミカエル アイバンホフ

すべての飢えを満たそうと試みてわたしたちが産み出した中毒症状は、
ホリスティックな教育の欠如と、
わたしたちが本当は『誰』であるかという認識の欠如、
さらにわたしたちが想像の力から分離しているという誤解をとうして産まれます.
わたしたちの真の本質をいったん経験し、
高次の本質と低次の本質のすべての側面を統合したとき、
神々の食べ物が内面に流れ出してわたしたちの飢えと中毒が消えます.

                 「神々の食べ物』ジャスムヒーン

From Dairy of Jan.1 2008