山里に畑を造るとき、
昔の人は必ず山の麓に動物の食べ物となるような木を植えていました.
ドングリやスグリ、しいの木やコケモモ、
豊かに実をつける木々を動物たちの為に人間が植えていたのです.
動物たちは、里近くまで下りてきても、それらの木のみを食べてお腹いっぱいになるので、
畑まで荒らすことはありませんでした.
今のように畑のまわりにネットを張ったり電流を流したりしなくても、
野生動物も人間も豊かに暮らせる文化をもっていたのです.
農作物の収穫祭というのも、生活の知恵の一つでした.
山の神に農作物を捧げると称して、作物の一部を山の中に置いてきます.
これが実際には冬場、エサの少ない動物たちの貴重な食料になっていたのです.
こうして昔は、動物たちと人間が共に豊かに暮らす為の知恵がたくさんあったのです.
昔と今とでは環境も人々との生活も違いますから、
そのまま過去に戻ることがよいとはわたしも思いません.
今の私たちが過去の知恵から学ぶべきことはあるのではないでしょうか.
いのちの循環を続けるには、人間だけではなく、
他の生き物たちにとっても豊かに生活できる環境がなければなりません.
自然と共に生きるのではなく、自然の中で、自然の一部として人間が生きる為には
どうすればよいのかということを、私たち人間は考えていかなければならないのだと思います.
『生き方は星空が教えてくれる』 木内鶴彦さんのご本より.
わたしが、メンドシーノの山に暮らしていた時にも....
毎日が動物との共同生活だった.
畑のものは、私たちより動物の方がたくさん食べていたような気がする、な.
お家の床下には、ガラガラヘビの家族が同居していた.
それでも、そういうことが日常となると、自然と慣れていく.
学生時代もその後も毎晩クラブとバーで遊び回っていたような、
スーパーシティーガールのわたしでも、
あるとき何かを思い、暮らしを変えようと思い立ち、
そう暮らしはじめたらすぐに慣れていったのですもの.
それでもね、山暮らしが始まってから、時々日本に帰って、
実家は街のど真ん中なので、名古屋駅からの帰り道に
耳を塞ぎたいと思う高架下の騒音に包まれた時には...
野生動物さんたちがここに暮らせないのはこのせいだろうなって、
ぼんやりと考えたりしていました.
いつも自然に囲まれて静かなところに暮らしていると、
5感というものが開いてくる、もちろん6感も....
街の騒音の中では、自然と耳のチャクラも閉じていくもの.
そうでないと、大騒音の中、敏感すぎて身も心も壊れてしまうもの、ね.
波動にも、少しずつ鈍感にしていかないことには、
実際サバイブできない現代人の暮らしというものがある.
お山から街であるここバークレーに下りてきたときも、
かなり苦しかったもの...今はなれてしまって快適ですが...
などなど、想いを馳せながら...
先日、アメリカンインディアンのラコタ族などのトライブが、アメリカから独立した.
わたしがアメリカ大陸を歩いて横断した1992年にも、
ニューヨークにある5つのネイティブアメリカンのトライブが独立した.
今、ハワイアンたちも、また、独立への希望とともに生きている.
そうして彼らの本来の自由が確保され、
生命へのリスペクトがなされてゆくこと....
オリジナリティーが輝きだすチャンスが復活することによってこそ、 初めて、
国境というものを必要としない世界が現れてくるんじゃないかな、と思います.
だから、心から湧きあがるたくさんの光を注ぎたいと思っている.
ここ数年....たくさんの国の先住民の方達が、
一つになろうとしている....そのことに、今とても光を当てたいと思っている.
アメリカンインディアン....と聞くと、
きっとみんなはものすごく漠然と彼らのことをとらえていると思う.
わたしが長い間、彼らと生活を共にした時に、垣間見た現実というものがある.
それらと、みんながネイティブアメリカンと一口で呼んでいるものの間には、
かなりのひらきがあるように感じている.
それは、メキシコでマヤの土地に暮らしたときも、じつはまったく同じだった.
アイヌの方達を二風谷に訪ねて過ごした時に、感じたものも、また同じ.
実際、彼らの生活の中で、聖なる在り方を守っている存在というのは、
ほんとにほんとにマイノリティーだったのです.
たぶん一つのトライブに置いて数家族から数十家族くらいかしら?
違うトライブでも、お互いを知っているくらいのマイノリティー度です.
それは日本のヒッピーとかナチュラリストと同じ感じかしら?
皆が皆、顔なじみだもの、ね.これぞ波動の法則、でしょ.
ネイティブアメリカンたちがリザベーションという貧しい環境の中で、
驚くような過酷な暮らしを与えられ、ありとあらゆる差別をうけ、
そこから逃れることもできないかごの鳥のような状況を与えられているうちに
染み付いた世界感というのは、とても荒んだものでした.
子役でインディアンものの映画『dance with wolfs』にでて、
一躍有名になった髪の長い少年、
彼の家族とその親戚は、有名になったんだからもういらないだろうと云って、
すべての保証を取り上げられてしまいました.
名もない彼がその映画にでて得た報酬は微々たるものだったというのに.
.....見せしめです.
彼らがその保証を取り上げられた時に、
インディアンリザベーションの中で彼らの暮らしを支える手段は他にないのです.
自由がまったく拘束された環境の中、彼らはテレビを見たりするくらいの娯楽しかなく、
無意識で自分たちの生い立ちにコンプレックスをもって生きていた.
ヒップホップの歌手とか、アメリカンムービースターに憧れて、
表層だけのことにしか意識のいかないように仕組まれていたのです.
そして、ほんとにそのような人たちがほとんどだった.
少し頭が良く力があるけれど、欲がある人たちは、
また上手にトリックされて、FBIは巧妙にお金というワル知恵を使い、
彼らの欲を使い、内部を分裂させていた.
一部のお金と権力の欲しい身内を上手に操り、
インディアンカジノを造るなどして、
伝統的な生活を守ろうとしている人たちは、身内からも暴力を受けると云う生活.
どういうことか分かりますか?
わたしの大切な仲間たち、とても精神的な人たちは、
ちいさな子供のうちから自分で身を守らなければいけない為に、
ライフルの使い方を学んでいた.そのことは、友人としての私の心を締め付ける現実だった.
時々訪ねると、家の窓ガラスや、家具にはライフルで撃たれた穴がいっぱい
.....それでも、一生懸命に守ろうとしている彼らの大切なもののことを思うと、
息が詰まるような想いだった.
それでも、彼らはみえない力を信じて真っ直ぐに生きている.
実際に、わたしのような日本人が日に焼けるとほとんどインディアンだったせいか、
一緒に歩いているだけで、石を投げられたり、車にひかれそうになったり何度もした.
そういう彼らは、ほんとにほんとにマイノリティーなのです.
マイノリティーが、そのような多いかぶさる力の中、なんとかサバイブして、
自分たちの祖先から受け継ぐもの、
そして未来へと繋げていくようにと与えられている叡智を守っていくには、
小さい力を集めて、一つに集中するということだと感じています.
マイノリティーの中のマイノリティーが、繋がることで、
そこにはなにか奇跡のようなものが感じられるような光がそこにあるのを感じている.
近年、いろいろな国に置いて集まりおこりつつある 『世界先住民会議』
私たちは、より深いレベルでの尊敬を感じることで、
それらに光を与えることができるのだと思う.
ホオポノポノ....の原理で、 「私たちの意識がいく先に光は集まります」.
私たちは、どこに居ても、何をしていても、
この星の仲間たちに貢献することができる力がある.
それが、『意識』の力
....魔法のように現れるけれど、ほんとはすべてのはじまりとなっている力.
私たち一人一人の気持ち....
それが、どういう方向にどのように向いているのかによって、
たくさんの世界の繋がる物事に変化を与えることができると云うことを思い出してほしい.
この星は、その全ての全てが決して切り離されて考えられない.
この星の住民は、みんな一つで、運命共同体なのだということ.
兄弟姉妹でしかないのだということ、
もっともっと、気付いてゆければ、それらはほんとに一つでしかないのだ
だとしたら、私たちには、それらにくまなく繋がって、
響きつづける力、光 があるのだもの、ね.
そのように、日々、暮らしていたいと、思う.
Loooooooooove to U From Dairy of Jan. 12 2008
私...ちょっともくろんでいることがありますので、クリックして、ね.
ありがとぅ...



昔の人は必ず山の麓に動物の食べ物となるような木を植えていました.
ドングリやスグリ、しいの木やコケモモ、
豊かに実をつける木々を動物たちの為に人間が植えていたのです.
動物たちは、里近くまで下りてきても、それらの木のみを食べてお腹いっぱいになるので、
畑まで荒らすことはありませんでした.
今のように畑のまわりにネットを張ったり電流を流したりしなくても、
野生動物も人間も豊かに暮らせる文化をもっていたのです.
農作物の収穫祭というのも、生活の知恵の一つでした.
山の神に農作物を捧げると称して、作物の一部を山の中に置いてきます.
これが実際には冬場、エサの少ない動物たちの貴重な食料になっていたのです.
こうして昔は、動物たちと人間が共に豊かに暮らす為の知恵がたくさんあったのです.
昔と今とでは環境も人々との生活も違いますから、
そのまま過去に戻ることがよいとはわたしも思いません.
今の私たちが過去の知恵から学ぶべきことはあるのではないでしょうか.
いのちの循環を続けるには、人間だけではなく、
他の生き物たちにとっても豊かに生活できる環境がなければなりません.
自然と共に生きるのではなく、自然の中で、自然の一部として人間が生きる為には
どうすればよいのかということを、私たち人間は考えていかなければならないのだと思います.
『生き方は星空が教えてくれる』 木内鶴彦さんのご本より.
わたしが、メンドシーノの山に暮らしていた時にも....
毎日が動物との共同生活だった.
畑のものは、私たちより動物の方がたくさん食べていたような気がする、な.
お家の床下には、ガラガラヘビの家族が同居していた.
それでも、そういうことが日常となると、自然と慣れていく.
学生時代もその後も毎晩クラブとバーで遊び回っていたような、
スーパーシティーガールのわたしでも、
あるとき何かを思い、暮らしを変えようと思い立ち、
そう暮らしはじめたらすぐに慣れていったのですもの.
それでもね、山暮らしが始まってから、時々日本に帰って、
実家は街のど真ん中なので、名古屋駅からの帰り道に
耳を塞ぎたいと思う高架下の騒音に包まれた時には...
野生動物さんたちがここに暮らせないのはこのせいだろうなって、
ぼんやりと考えたりしていました.
いつも自然に囲まれて静かなところに暮らしていると、
5感というものが開いてくる、もちろん6感も....
街の騒音の中では、自然と耳のチャクラも閉じていくもの.
そうでないと、大騒音の中、敏感すぎて身も心も壊れてしまうもの、ね.
波動にも、少しずつ鈍感にしていかないことには、
実際サバイブできない現代人の暮らしというものがある.
お山から街であるここバークレーに下りてきたときも、
かなり苦しかったもの...今はなれてしまって快適ですが...
などなど、想いを馳せながら...
先日、アメリカンインディアンのラコタ族などのトライブが、アメリカから独立した.
わたしがアメリカ大陸を歩いて横断した1992年にも、
ニューヨークにある5つのネイティブアメリカンのトライブが独立した.
今、ハワイアンたちも、また、独立への希望とともに生きている.
そうして彼らの本来の自由が確保され、
生命へのリスペクトがなされてゆくこと....
オリジナリティーが輝きだすチャンスが復活することによってこそ、 初めて、
国境というものを必要としない世界が現れてくるんじゃないかな、と思います.
だから、心から湧きあがるたくさんの光を注ぎたいと思っている.
ここ数年....たくさんの国の先住民の方達が、
一つになろうとしている....そのことに、今とても光を当てたいと思っている.
アメリカンインディアン....と聞くと、
きっとみんなはものすごく漠然と彼らのことをとらえていると思う.
わたしが長い間、彼らと生活を共にした時に、垣間見た現実というものがある.
それらと、みんながネイティブアメリカンと一口で呼んでいるものの間には、
かなりのひらきがあるように感じている.
それは、メキシコでマヤの土地に暮らしたときも、じつはまったく同じだった.
アイヌの方達を二風谷に訪ねて過ごした時に、感じたものも、また同じ.
実際、彼らの生活の中で、聖なる在り方を守っている存在というのは、
ほんとにほんとにマイノリティーだったのです.
たぶん一つのトライブに置いて数家族から数十家族くらいかしら?
違うトライブでも、お互いを知っているくらいのマイノリティー度です.
それは日本のヒッピーとかナチュラリストと同じ感じかしら?
皆が皆、顔なじみだもの、ね.これぞ波動の法則、でしょ.
ネイティブアメリカンたちがリザベーションという貧しい環境の中で、
驚くような過酷な暮らしを与えられ、ありとあらゆる差別をうけ、
そこから逃れることもできないかごの鳥のような状況を与えられているうちに
染み付いた世界感というのは、とても荒んだものでした.
子役でインディアンものの映画『dance with wolfs』にでて、
一躍有名になった髪の長い少年、
彼の家族とその親戚は、有名になったんだからもういらないだろうと云って、
すべての保証を取り上げられてしまいました.
名もない彼がその映画にでて得た報酬は微々たるものだったというのに.
.....見せしめです.
彼らがその保証を取り上げられた時に、
インディアンリザベーションの中で彼らの暮らしを支える手段は他にないのです.
自由がまったく拘束された環境の中、彼らはテレビを見たりするくらいの娯楽しかなく、
無意識で自分たちの生い立ちにコンプレックスをもって生きていた.
ヒップホップの歌手とか、アメリカンムービースターに憧れて、
表層だけのことにしか意識のいかないように仕組まれていたのです.
そして、ほんとにそのような人たちがほとんどだった.
少し頭が良く力があるけれど、欲がある人たちは、
また上手にトリックされて、FBIは巧妙にお金というワル知恵を使い、
彼らの欲を使い、内部を分裂させていた.
一部のお金と権力の欲しい身内を上手に操り、
インディアンカジノを造るなどして、
伝統的な生活を守ろうとしている人たちは、身内からも暴力を受けると云う生活.
どういうことか分かりますか?
わたしの大切な仲間たち、とても精神的な人たちは、
ちいさな子供のうちから自分で身を守らなければいけない為に、
ライフルの使い方を学んでいた.そのことは、友人としての私の心を締め付ける現実だった.
時々訪ねると、家の窓ガラスや、家具にはライフルで撃たれた穴がいっぱい
.....それでも、一生懸命に守ろうとしている彼らの大切なもののことを思うと、
息が詰まるような想いだった.
それでも、彼らはみえない力を信じて真っ直ぐに生きている.
実際に、わたしのような日本人が日に焼けるとほとんどインディアンだったせいか、
一緒に歩いているだけで、石を投げられたり、車にひかれそうになったり何度もした.
そういう彼らは、ほんとにほんとにマイノリティーなのです.
マイノリティーが、そのような多いかぶさる力の中、なんとかサバイブして、
自分たちの祖先から受け継ぐもの、
そして未来へと繋げていくようにと与えられている叡智を守っていくには、
小さい力を集めて、一つに集中するということだと感じています.
マイノリティーの中のマイノリティーが、繋がることで、
そこにはなにか奇跡のようなものが感じられるような光がそこにあるのを感じている.
近年、いろいろな国に置いて集まりおこりつつある 『世界先住民会議』
私たちは、より深いレベルでの尊敬を感じることで、
それらに光を与えることができるのだと思う.
ホオポノポノ....の原理で、 「私たちの意識がいく先に光は集まります」.
私たちは、どこに居ても、何をしていても、
この星の仲間たちに貢献することができる力がある.
それが、『意識』の力
....魔法のように現れるけれど、ほんとはすべてのはじまりとなっている力.
私たち一人一人の気持ち....
それが、どういう方向にどのように向いているのかによって、
たくさんの世界の繋がる物事に変化を与えることができると云うことを思い出してほしい.
この星は、その全ての全てが決して切り離されて考えられない.
この星の住民は、みんな一つで、運命共同体なのだということ.
兄弟姉妹でしかないのだということ、
もっともっと、気付いてゆければ、それらはほんとに一つでしかないのだ
だとしたら、私たちには、それらにくまなく繋がって、
響きつづける力、光 があるのだもの、ね.
そのように、日々、暮らしていたいと、思う.
Loooooooooove to U From Dairy of Jan. 12 2008
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ありがとぅ...