このお話は一個まえのEVEのつづきです.
とても長いものですが、よろしかったら、そちらから最初、読んで下さい、な.
2007
2008
桃を身籠ったとき、私はメキシコに暮らしていたのだが、
妊娠というものをはじめて体験することとなった私の身体は、
フラフラでどこにも力が入らなかった為、きっと何かの病気だろうなんて思っていた.
数週間して妊娠が解る頃には食欲旺盛で、日頃フルーツとかを食べていた私が
朝から脂っこい炒め物とかを食べたくなり、一日そんな食事を食べ続けていたものだ.
その後,予定どうりのハニームーンで、久しぶりの日本の実家での数ヶ月を過ごし、
カリフォルニアの山に戻った頃には私も ちょうど安定期にはいるころだった.
出産まで残り4ヶ月、そんな状態で久しぶりに、戻った山...
シティボーイのトーマスにとって何もかもが初めましての山暮らし...が、待っていた.
薪の割り方、ストーブの火のつけ方 ...
当時その灰を畑に使っていた私達は、紙を使って火をつけないようにしていたので、
松ヤニのタップリしみ出している部分の木を
細く細く裂いてそれを火起こしのスターターに使ったり、松ぼっくりなどを使っていた.
それらの収穫や、きたる冬の山暮らしへの用意、薪の集め方,薪割り、積み方 .
露天に設けたドラム缶のお風呂の沸かし方、水の湧き出る水場に作った井戸の掃除.
雪が降った時の、山道の車の運転.
数え上げたらきりがない程のたくさんの初めてのことを
一生懸命覚えてくれたトーマスには感謝です.
寒い冬を選んで生まれてくる桃に温かい安全な場所を与える為に、
たくさんの薪を用意する為、森の中を歩き回った日々.
妊娠も出産も私にとっては初めてのこと.
ましてや近代の都会育ちのワタシ,子供がどのように産まれてくるのかなど
身近に感じることなく育っていることに、その時に気がついた次第だ.
たくさんの本を読み、お産婆さんになれるくらい勉強をした.
自分たちだけでのはじめての出産、頼りになるのは、私自身でしかないのだから...
日本にいた時には,お産婆さんでの何人かの出産に立ち会わせていただいたりもした.
アイヌのおばあさんの書かれたお産婆さんの本やら、
「アクティブバース」というとてもすばらしい本の中にちりばめられた
たくさんの心躍るインフォメーション、先人の体験から受け継がれてきた知恵...
それらが私においては、どのようにマッチしているだろうかと考えていた頃、
偶然にも、そのお産婆さん体験において、ちょうどその中で気になっていたことを
実際に観てしまうと云う場面に立ち会ってしまったことが、
私にはよいレッスンとなった....
上向きに横たわるような姿勢で出産していた人の赤ちゃんが、
出てきた瞬間に苦しそうにグヘッと言った...細い産道をクルクル回りながら、
新しい世界へと誕生した、瞬間だった.
ちょうどスクワッティングのポーズというのが、
排泄によいのだとしたら、分娩にもいいのでは?
と考えていた私は、その時、
私の時にはやはりスクワッティングのポーズがいいだろうと漠然と思った.
もちろん、その時々、人それぞれでしかないが...
本当に色々なポーズで子供は産まれてきていいのだし、
ママたちも積極的にそれを見つけていくことをお進めします.
そしてお産が長引いて朝方になっていた為か、
そのお産婆さんはでてきて間もなくに臍の緒を切ってしまったので、
その瞬間、赤ちゃんはフンギャアと苦しい悲鳴を上げたのだった.
長い旅をへて安堵の時にいるのだろうに...
その苦しそうな顔を未だ忘れられない.
お産婆さんというお仕事も人によって千差万別なのだと思った.
それを仕事として毎日マイニチそれらの機会に触れ、慣れているとはいえ、
一つの生命がこの星に誕生するその瞬間に立ち会うのだ、
その大切な瞬間の導き手としてお母さんから委ねられているのだから、
それはとてもとても聖なるお仕事だということを強く自覚していてほしいと思う.
...赤ちゃんとお母さんをつなぐへその緒には 、とても大切な役割がある.
産まれてしばらくの間もまだ肺呼吸になれていない赤ちゃんに 、
臍の緒を通ってたくさんの酸素が供給されている.
へその緒だけはどんなことがあっても、
ドクドクいっている間は決して切らないと、心に決めた.
時間がたつとコリコリしてドクドクいっているへその緒も 、
フニャとしたただの皮の袋のようになる.
そうなって始めて、デンタルフロスのような細い紐で二カ所をキュと縛り、
その真ん中を切ることが許されると思う.
10ヶ月にもわたる妊娠生活の間、勉強することはたくさん有れども、
学んだことを実生活の中で消化し、 最高のお産へと練り上げてゆくには
十分といえる時間が あったように思う.
そして、もう大丈夫と思えるだけ勉強し尽くしたら、
後は自分の直感やお腹にいる赤ちゃんの気持ちに波動を合わし、
一緒にどのように誕生したいのかを決めてゆくのみです.
桃がお腹にいる間は毎日お腹に手を当ててお話しをしてた.
その時、女の子で桃という名前がいいと 伝わってきたことがある.
桃にそういうと、こんな変な名前、自分でつけていないって 言われちゃったけど.
ママはなんてステキな名前なんでしょと、とても気に入ってるんだけど...な.
ミヒャエルエンデの「MOMO」は、大好きな本だし、
中国の古文書では桃は霊的なパワーを持つ聖なる果物としてとても大切にされている.
当時カバラの数秘術にこっていた私に、 桃はメッセージで産まれる日も教えてくれていた.
私の持つ22という数字と同じになる日に産まれて来ると いう.
二人は同じ役割を持ち、これからの人生を 一緒に働いてゆくことになるとのこと、
とてもうれしかった.
沙羅は11.これもまたいいバランス.父親であるトーマスは33.ぞろ目家族だ.
あくまでこれはすべて私が感じたということですが...
私はそれを信じることのみでなんとかここまでくることが できたのだから、
私にとっての...Sign なのだ.
カレンダーを見て数えると12月には22になる可能性の日は3日あった.
病院に行かずに産もうと決めていたので、いつが予定日なのかも定かではなかったが、
ただ当たり前のようにこの与えられた Sign は、宇宙のガイダンスだと感じていた.
桃が産まれた97年という年は、エルニーニョといって雨の多い年で、
10月11月12月と雨の降らない日は10本の指で 数えられる程だった.
桃を水中出産で産みたいと思っていたが、 私たちのお家のお風呂は露天.
さすがに12月の寒さの中、露天で産む訳には参りません.
ましてや雨の日ですと薪で火をおこして お湯を沸かすことも不可能だ.
ただひたすら雨があがるのを祈るのみです.
11月の末ごろから雨は雪に変わり...
桃を産む為の牛の飼い葉桶(牛がお水を飲む為のドラム缶)を買いに
街におりたかったが 、雪が深く山に閉じ込められているうちに、
12月に入り、いよいよ明日が最初の出産予定日という日.
朝起きるとお腹が少し痛く数滴の血が下着についていた.
新しい命がこの世に誕生するのにふさわしい場所となる様にと、
数ヶ月かけて大掃除をしてきていた.
必要なものも全てセットアップし、 窓の枠も何度もふき、
その窓という窓には何十にも虹色の薄いガーゼのカーテンを かけ、
赤ちゃんが産まれてきた後、少しずつこの世になれて頂く為に 一週間かけて一枚ずつ
カーテンをとってゆくことができるようにと用意は着々と整っていた.
なのに肝心のお風呂が用意されいません.
わたしは、お腹に手を当てて桃に言った.
あなたは今日産まれてきたいのかしら?
もし次の予定日でもいいのならそうして下さいますか?
ママのかってな話しですが まだ心と実際の準備が整っておりません.
でももし、どうしても今日産まれる必要があるのなら、 どうぞそうして下さい.
その時、今日は産まれてこないと..感じた.
その数日後、雪は雨に変わり少し溶けはじめたので 、思いきって街におりることにした.
数日かけて心の準備も整い、後は飼い葉桶さえくれば、空が晴れるのを待つのみだ.
大きなお腹をして雪かきをしつつ街へとおりた.
どこにそんな妊婦がいるでしょう.みんなが聞いたらけしからんと怒られそうです.
シャベルを持って車がスタックする度にタイヤの前を 雪かきしつつ、
やっとのことで街におりることができ、
完璧なかたちの桶を手に入れ無事に山に戻ることができました.
直径1メートル半程の丸い桶.
この桶が明日私達の聖なる場所になるのかと思うと待ちきれない想いだった.
夜の間中、相変わらず雨は降り続き...
朝、目が覚めると、はっきりと今日産まれてくるという感覚に 包まれていた.
雨も小降りでなんとかなりそうな予感.
トーマスにそれを告げると彼は雨の中なんとかお風呂に 火をつけようとがんばってくれた.
その時です. ..薄暗い空が割れてそこから一条の光が差し込んで、.
みるみる空が明るくなってゆき、
お腹の赤ちゃんが祝福された存在だという気持ちが 深く深く湧きあがってきた.
私は出産後の為の何日分かの食事の用意を急いでしはじめると、
その食事ができるかできないかくらいに陣痛がはじまった.
なんとか火がついてお湯が沸きかけていると 報告してくれたころにはかなりの痛みがあり、
隣のナオちゃんが様子を見に訪ねてきてくれて、背中をさすってくれた.
本当に今思うとギリギリのタイミングで沸いた お風呂のお湯を
お家の中に置いた飼い葉桶の中に バケツリレーで丁度運び入れ終わった頃、
陣痛もピークを迎えお湯の中へと入ることができた.
私と赤ちゃんの大切な瞬間をじゃましないようにと気遣って、
隣人のナオちゃんとヨッくんは離れたところに座って 見守っていてくれた.
何度か不安になり彼らをみるとウン大丈夫だよという顔で 頷いてくれ、ホッとして、
山奥に住んでいて本当に良かった、というくらいの大声を上げ痛みを逃し、
できるだけお腹の赤ちゃんに意識をあわせた.
手に頭の感触が感じられたので触っていると、
その直後の波とともに桃の頭が出てきた.
そして次の波とともにその小さな身体が 私の手の中に滑り出してきた.
喉や鼻のつまりものが流れる様、頭を下にして持ち上げるとオンギャアと一声泣いた、
肺呼吸に変わったサイン...
そのサインを聞いてホッとして 上を向けて抱きしめると、
こちらを見て微笑んでいるような表情をした、桃.
お風呂の脇にいたトーマスの方も見て微笑んだそう.
おっぱいを含ませるとスゴい勢いでごくごく飲みはじめた.
最初の一声以外は全く泣くことなくおっぱいを飲んでいた.
不思議だった、はじめてだろうにどうやっておっぱいを飲むのか知っているのだもの.
器用に舌で押しながら飲んでいる桃を観て、私たち人類の秘める野生の力強さを感じていた.
しばらくしてお風呂からあがり、
その後またしばらくして桃が眠りにつくのを待って
へその緒を切ったと同時に胎盤がすべりだしてきた.
桃はそのままスヤスヤと静かに呼吸を刻む寝息を立てて、眠っていた.うれしかった,な.
不思議なことにそれから年が明けるまでの10日間は、ポカポカと暖かい小春日和、
雨もいっさい降りませんでした.
鳥達が歌を歌い、 柔らかい光に包まれ、世界中から祝福されているように感じていた.
それでも私たちは一週間は表に出なかった.
一週間後に始めてお外に出て一緒にお風呂に入った時、
さすがお湯の中で産まれてきた子です...
それはそれは幸せそうにお風呂にプカプカと浮いていた桃が、
始めて見るお外の景色もウットリと眺めていたのを覚えてる.
桃が誕生してから数週間は私の意識もあの世とこの世を 半分半分行ったり来たりしている様.
心の中にはいつも光が射していて、細やかな波動に包まれていました.
桃ちゃん、私をお母さんに選んでくれてどうもありがとう!
桃ちゃんはママの宝物です.
これからもいろいろお手伝いさせて下さい. そして、色々教え育てて下さい.
Happy Birthday Momo
たいへん余談ですが私の胎盤はあじさい色に光っていました.
そのプリプリしたプラセンタがたっぷりの胎盤を、
最初お刺身で頂き、残りはビーフストロガノフ風にして頂きました.
普通は病院がそれをお母さんの手に渡すことなく 化粧品会社に高額で売っているのです.
そんな貴重なものを頂かない訳にはいきません.
動物は普通産後その胎盤を頂くことによって、
子供を産むというたくさんのエナジーを使った身体を 癒しています.
私達人間も同じなのではないでしょうか.
Loooooooooove From Dairy of Dec. 21 2005
とても長いものですが、よろしかったら、そちらから最初、読んで下さい、な.
2007
2008
桃を身籠ったとき、私はメキシコに暮らしていたのだが、
妊娠というものをはじめて体験することとなった私の身体は、
フラフラでどこにも力が入らなかった為、きっと何かの病気だろうなんて思っていた.
数週間して妊娠が解る頃には食欲旺盛で、日頃フルーツとかを食べていた私が
朝から脂っこい炒め物とかを食べたくなり、一日そんな食事を食べ続けていたものだ.
その後,予定どうりのハニームーンで、久しぶりの日本の実家での数ヶ月を過ごし、
カリフォルニアの山に戻った頃には私も ちょうど安定期にはいるころだった.
出産まで残り4ヶ月、そんな状態で久しぶりに、戻った山...
シティボーイのトーマスにとって何もかもが初めましての山暮らし...が、待っていた.
薪の割り方、ストーブの火のつけ方 ...
当時その灰を畑に使っていた私達は、紙を使って火をつけないようにしていたので、
松ヤニのタップリしみ出している部分の木を
細く細く裂いてそれを火起こしのスターターに使ったり、松ぼっくりなどを使っていた.
それらの収穫や、きたる冬の山暮らしへの用意、薪の集め方,薪割り、積み方 .
露天に設けたドラム缶のお風呂の沸かし方、水の湧き出る水場に作った井戸の掃除.
雪が降った時の、山道の車の運転.
数え上げたらきりがない程のたくさんの初めてのことを
一生懸命覚えてくれたトーマスには感謝です.
寒い冬を選んで生まれてくる桃に温かい安全な場所を与える為に、
たくさんの薪を用意する為、森の中を歩き回った日々.
妊娠も出産も私にとっては初めてのこと.
ましてや近代の都会育ちのワタシ,子供がどのように産まれてくるのかなど
身近に感じることなく育っていることに、その時に気がついた次第だ.
たくさんの本を読み、お産婆さんになれるくらい勉強をした.
自分たちだけでのはじめての出産、頼りになるのは、私自身でしかないのだから...
日本にいた時には,お産婆さんでの何人かの出産に立ち会わせていただいたりもした.
アイヌのおばあさんの書かれたお産婆さんの本やら、
「アクティブバース」というとてもすばらしい本の中にちりばめられた
たくさんの心躍るインフォメーション、先人の体験から受け継がれてきた知恵...
それらが私においては、どのようにマッチしているだろうかと考えていた頃、
偶然にも、そのお産婆さん体験において、ちょうどその中で気になっていたことを
実際に観てしまうと云う場面に立ち会ってしまったことが、
私にはよいレッスンとなった....
上向きに横たわるような姿勢で出産していた人の赤ちゃんが、
出てきた瞬間に苦しそうにグヘッと言った...細い産道をクルクル回りながら、
新しい世界へと誕生した、瞬間だった.
ちょうどスクワッティングのポーズというのが、
排泄によいのだとしたら、分娩にもいいのでは?
と考えていた私は、その時、
私の時にはやはりスクワッティングのポーズがいいだろうと漠然と思った.
もちろん、その時々、人それぞれでしかないが...
本当に色々なポーズで子供は産まれてきていいのだし、
ママたちも積極的にそれを見つけていくことをお進めします.
そしてお産が長引いて朝方になっていた為か、
そのお産婆さんはでてきて間もなくに臍の緒を切ってしまったので、
その瞬間、赤ちゃんはフンギャアと苦しい悲鳴を上げたのだった.
長い旅をへて安堵の時にいるのだろうに...
その苦しそうな顔を未だ忘れられない.
お産婆さんというお仕事も人によって千差万別なのだと思った.
それを仕事として毎日マイニチそれらの機会に触れ、慣れているとはいえ、
一つの生命がこの星に誕生するその瞬間に立ち会うのだ、
その大切な瞬間の導き手としてお母さんから委ねられているのだから、
それはとてもとても聖なるお仕事だということを強く自覚していてほしいと思う.
...赤ちゃんとお母さんをつなぐへその緒には 、とても大切な役割がある.
産まれてしばらくの間もまだ肺呼吸になれていない赤ちゃんに 、
臍の緒を通ってたくさんの酸素が供給されている.
へその緒だけはどんなことがあっても、
ドクドクいっている間は決して切らないと、心に決めた.
時間がたつとコリコリしてドクドクいっているへその緒も 、
フニャとしたただの皮の袋のようになる.
そうなって始めて、デンタルフロスのような細い紐で二カ所をキュと縛り、
その真ん中を切ることが許されると思う.
10ヶ月にもわたる妊娠生活の間、勉強することはたくさん有れども、
学んだことを実生活の中で消化し、 最高のお産へと練り上げてゆくには
十分といえる時間が あったように思う.
そして、もう大丈夫と思えるだけ勉強し尽くしたら、
後は自分の直感やお腹にいる赤ちゃんの気持ちに波動を合わし、
一緒にどのように誕生したいのかを決めてゆくのみです.
桃がお腹にいる間は毎日お腹に手を当ててお話しをしてた.
その時、女の子で桃という名前がいいと 伝わってきたことがある.
桃にそういうと、こんな変な名前、自分でつけていないって 言われちゃったけど.
ママはなんてステキな名前なんでしょと、とても気に入ってるんだけど...な.
ミヒャエルエンデの「MOMO」は、大好きな本だし、
中国の古文書では桃は霊的なパワーを持つ聖なる果物としてとても大切にされている.
当時カバラの数秘術にこっていた私に、 桃はメッセージで産まれる日も教えてくれていた.
私の持つ22という数字と同じになる日に産まれて来ると いう.
二人は同じ役割を持ち、これからの人生を 一緒に働いてゆくことになるとのこと、
とてもうれしかった.
沙羅は11.これもまたいいバランス.父親であるトーマスは33.ぞろ目家族だ.
あくまでこれはすべて私が感じたということですが...
私はそれを信じることのみでなんとかここまでくることが できたのだから、
私にとっての...Sign なのだ.
カレンダーを見て数えると12月には22になる可能性の日は3日あった.
病院に行かずに産もうと決めていたので、いつが予定日なのかも定かではなかったが、
ただ当たり前のようにこの与えられた Sign は、宇宙のガイダンスだと感じていた.
桃が産まれた97年という年は、エルニーニョといって雨の多い年で、
10月11月12月と雨の降らない日は10本の指で 数えられる程だった.
桃を水中出産で産みたいと思っていたが、 私たちのお家のお風呂は露天.
さすがに12月の寒さの中、露天で産む訳には参りません.
ましてや雨の日ですと薪で火をおこして お湯を沸かすことも不可能だ.
ただひたすら雨があがるのを祈るのみです.
11月の末ごろから雨は雪に変わり...
桃を産む為の牛の飼い葉桶(牛がお水を飲む為のドラム缶)を買いに
街におりたかったが 、雪が深く山に閉じ込められているうちに、
12月に入り、いよいよ明日が最初の出産予定日という日.
朝起きるとお腹が少し痛く数滴の血が下着についていた.
新しい命がこの世に誕生するのにふさわしい場所となる様にと、
数ヶ月かけて大掃除をしてきていた.
必要なものも全てセットアップし、 窓の枠も何度もふき、
その窓という窓には何十にも虹色の薄いガーゼのカーテンを かけ、
赤ちゃんが産まれてきた後、少しずつこの世になれて頂く為に 一週間かけて一枚ずつ
カーテンをとってゆくことができるようにと用意は着々と整っていた.
なのに肝心のお風呂が用意されいません.
わたしは、お腹に手を当てて桃に言った.
あなたは今日産まれてきたいのかしら?
もし次の予定日でもいいのならそうして下さいますか?
ママのかってな話しですが まだ心と実際の準備が整っておりません.
でももし、どうしても今日産まれる必要があるのなら、 どうぞそうして下さい.
その時、今日は産まれてこないと..感じた.
その数日後、雪は雨に変わり少し溶けはじめたので 、思いきって街におりることにした.
数日かけて心の準備も整い、後は飼い葉桶さえくれば、空が晴れるのを待つのみだ.
大きなお腹をして雪かきをしつつ街へとおりた.
どこにそんな妊婦がいるでしょう.みんなが聞いたらけしからんと怒られそうです.
シャベルを持って車がスタックする度にタイヤの前を 雪かきしつつ、
やっとのことで街におりることができ、
完璧なかたちの桶を手に入れ無事に山に戻ることができました.
直径1メートル半程の丸い桶.
この桶が明日私達の聖なる場所になるのかと思うと待ちきれない想いだった.
夜の間中、相変わらず雨は降り続き...
朝、目が覚めると、はっきりと今日産まれてくるという感覚に 包まれていた.
雨も小降りでなんとかなりそうな予感.
トーマスにそれを告げると彼は雨の中なんとかお風呂に 火をつけようとがんばってくれた.
その時です. ..薄暗い空が割れてそこから一条の光が差し込んで、.
みるみる空が明るくなってゆき、
お腹の赤ちゃんが祝福された存在だという気持ちが 深く深く湧きあがってきた.
私は出産後の為の何日分かの食事の用意を急いでしはじめると、
その食事ができるかできないかくらいに陣痛がはじまった.
なんとか火がついてお湯が沸きかけていると 報告してくれたころにはかなりの痛みがあり、
隣のナオちゃんが様子を見に訪ねてきてくれて、背中をさすってくれた.
本当に今思うとギリギリのタイミングで沸いた お風呂のお湯を
お家の中に置いた飼い葉桶の中に バケツリレーで丁度運び入れ終わった頃、
陣痛もピークを迎えお湯の中へと入ることができた.
私と赤ちゃんの大切な瞬間をじゃましないようにと気遣って、
隣人のナオちゃんとヨッくんは離れたところに座って 見守っていてくれた.
何度か不安になり彼らをみるとウン大丈夫だよという顔で 頷いてくれ、ホッとして、
山奥に住んでいて本当に良かった、というくらいの大声を上げ痛みを逃し、
できるだけお腹の赤ちゃんに意識をあわせた.
手に頭の感触が感じられたので触っていると、
その直後の波とともに桃の頭が出てきた.
そして次の波とともにその小さな身体が 私の手の中に滑り出してきた.
喉や鼻のつまりものが流れる様、頭を下にして持ち上げるとオンギャアと一声泣いた、
肺呼吸に変わったサイン...
そのサインを聞いてホッとして 上を向けて抱きしめると、
こちらを見て微笑んでいるような表情をした、桃.
お風呂の脇にいたトーマスの方も見て微笑んだそう.
おっぱいを含ませるとスゴい勢いでごくごく飲みはじめた.
最初の一声以外は全く泣くことなくおっぱいを飲んでいた.
不思議だった、はじめてだろうにどうやっておっぱいを飲むのか知っているのだもの.
器用に舌で押しながら飲んでいる桃を観て、私たち人類の秘める野生の力強さを感じていた.
しばらくしてお風呂からあがり、
その後またしばらくして桃が眠りにつくのを待って
へその緒を切ったと同時に胎盤がすべりだしてきた.
桃はそのままスヤスヤと静かに呼吸を刻む寝息を立てて、眠っていた.うれしかった,な.
不思議なことにそれから年が明けるまでの10日間は、ポカポカと暖かい小春日和、
雨もいっさい降りませんでした.
鳥達が歌を歌い、 柔らかい光に包まれ、世界中から祝福されているように感じていた.
それでも私たちは一週間は表に出なかった.
一週間後に始めてお外に出て一緒にお風呂に入った時、
さすがお湯の中で産まれてきた子です...
それはそれは幸せそうにお風呂にプカプカと浮いていた桃が、
始めて見るお外の景色もウットリと眺めていたのを覚えてる.
桃が誕生してから数週間は私の意識もあの世とこの世を 半分半分行ったり来たりしている様.
心の中にはいつも光が射していて、細やかな波動に包まれていました.
桃ちゃん、私をお母さんに選んでくれてどうもありがとう!
桃ちゃんはママの宝物です.
これからもいろいろお手伝いさせて下さい. そして、色々教え育てて下さい.
Happy Birthday Momo
たいへん余談ですが私の胎盤はあじさい色に光っていました.
そのプリプリしたプラセンタがたっぷりの胎盤を、
最初お刺身で頂き、残りはビーフストロガノフ風にして頂きました.
普通は病院がそれをお母さんの手に渡すことなく 化粧品会社に高額で売っているのです.
そんな貴重なものを頂かない訳にはいきません.
動物は普通産後その胎盤を頂くことによって、
子供を産むというたくさんのエナジーを使った身体を 癒しています.
私達人間も同じなのではないでしょうか.
Loooooooooove From Dairy of Dec. 21 2005