いきなり暗い話で恐縮なのだが、つい先月母が亡くなった。

今年に入ってから癌が見つかり、わずか半年の事だった。

よくある話だから改めて報告する事でも無いのだが、それなりに色々あってまあまあへこたれた。

とは言え、私の年齢になればいつしか必ず訪れるものだし、もっと早くに肉親を失う人も数多くおられる訳で、「こればっかりは仕方がない」とようやく落ち着いてきた今日この頃

わざわざ皆様に報告する事もなかったのだが、

ここに書こうと思ったのはなにも当時の闘病や介護の苦労話を知ってほしい訳でも無く、母との思い出を聞いてほしい訳でもなく、単にその後の出来事がなんとなく書きたい気持ちになったからである




僕には兄がいるのだが、かれこれ10年以上前に“彼も”離婚している

つまり「兄弟揃って親不孝者」

故に実家は父と兄と犬の「むさ苦しい野郎世帯」となった訳だ

(子供は皆んな成人して一人住まい、僕も別住まい)

母の生前、我が家(実家)は父も兄も家事全般を母まかせ

父は台所に立つ事すらなく、兄に至っては唯一できるのが掃除ぐらい

家事🟰母の役目

つまり典型的な昭和な家庭

父はいわゆる「飯、風呂、寝る」と言うだけで母がかいがいしく世話を焼くのが普通だと思っているタイプ

今の時代ならこれを一般的な家庭などと言うと非難轟々なんだろうが、その時代ならそれこそこれが普通だったのだ

なので昭和女で世話好きの母がいなくなったから

実家はどうなる事かと心配をしていた。

なので実家が気になり毎日の様に覗くと、、、

葬儀の数日後から突然

「父が自ら毎日米を炊き始めた」のだ


それこそ母の闘病時はスーパーで惣菜や刺身、弁当などでなんとか食事はまかなっていて、父は自分が食べたい物を買い、母には僕が欲しい物を届ける

そんな生活になっていたのに

それがどうだろう

かつて炊飯器の蓋も開けた事もない男があろう事か毎日米を研いでいるのだ

聞けば母に供える指先ほどの「ご飯」の為らしい

お供え用の小さな器を葬儀社の方にいただいたのだが、その器に盛る為せっせと毎日米を炊き始めたのだと。

その意外さに飼い犬まで事珍しげに観にくる始末

それこそ父なら「死んだら飯なんか食うわけないだろ」と言うと思ってたのに

まさかである



しかしそんな少量の米を毎度炊けるはずもなく、毎回数合炊くものだからおのずとご飯が余る

それに困ったのか

ついにはそのご飯で『おにぎり』まで握り始めた

そして兄と俺に「朝ごはんにどうぞ」と毎朝用意をし始めたのだ


まさかのまさかである


それもなんだか満足そうに「今度、中に具を入れるんだけど、お前は何が好きだ?」と聞く始末

「おにぎりの具」をまさか父から聞かれるとは

チャリチャンリスナーの僕からしたら青天の霹靂 

なんだかイラっともしたので、「ツナマヨ」って言ってやろうかとすら思う


まあ、ここまでくると驚かなくなるのだから不思議なんだけどね

とは言え

こんなに人は変わるもんかね?(笑

父の見た事ない一面である


まあ

毎日のおにぎりは致し方無いにせよ、父が実は毎日の炊飯に苦心してるのでは?と思えてきたので

神も仏も信じていない不届者の僕は

『ご飯を冷凍し、それこそ板チョコみたいに必要分だけ解凍すれば』なんて不信心なライフハックを考えたが、

そこは

口にはしないでおこう

なんとなくだが、

これはこれで面白いから(笑

僕からすれば

(それなら生前からもう少し手伝ってやれよ」とも思うが、母がもし見ているのだとすれば、今の父の悪戦苦闘を舌を出して笑い転げてる筈

母からすれば、父が毎日発見し感動している

「炊事のテクニック」を「何を今更」と笑っているだろう


まあ

いつかは父も適当になるんだろうけど、しばらくは放っておこう

それはそれで父なりの紛らわし方なんだろうし、

長い年月を今紐解いているんだろうから



そう父に限らず皆んな色々あっても、消化できる事もできない事も「うまく紛らわせて」生きているのだ

それは決して誤魔化しているだけではなくて、生きる為のコツなんだと思えてくる

そして

そんなこんなで毎日はまた始まる

それなりに色々紛らわせながら