競輪選手の多くが、いや大半の選手が口にするセリフ

「ラインのおかげ」

このラインと言う戦術が生まれて37年ほどが経ち、それは競輪の歴史の約半分とまでとなりました。

生まれた当初とはその「意味と役割」は変化はしたものの、これが"競輪の魅力"とまで言われる様にまでなり、今現在にいたります。

しかしこの「ラインのおかげ」と言うセリフは

選手、ファン、関係者にとってこれほど「聞く角度によって印象の変わる言葉は無い」のではと思っています。

選手にとっては「強い敵に対抗する手段」であったライン、いつしか「勝つ手段」となり、一部ファンからは「一番守るべきもの」とまで言われる事すら多くなりました。

だからかはわからりませんが

「ラインのおかげです」

はいつしか選手の常套句になり、それが選手、ファン同様に誤解された競輪道になりつつあり、ある意味「縛り」となってはいないでしょうか。

かもすれば、昨今のファンはいわゆる「二段がけ」をいつもいつも期待する人が多くなってる気もしたり、、

自力、自力で並んだら、、、

そんな毎回毎回二段がけは起こらないのだけど。

誤解されるラインの形。

先頭、番手にかかわらず変に無理な期待をされる選手の役割。

果たしてそれをライン競争としていいのだろうか。

とは言え我々ファンにおいては最も重要な車券戦術の要となるラインの概念。

そこから展開考察する人も多いはずで、そう言う僕もその一人でもあります。

「ラインがあるから成り立つ予想」、「妄想の動きを期待して信じこむ」

それも事実。

一方で、競輪を運営する関係者にとってはどうかと言うと、これはあくまで個人の印象だが、ファンにそう思われるのは「歓迎」はしていない様な気がするのはファン特有の邪念なのかもしれない。



その「ラインのおかげ」と言うセリフを何度も耳にした第76回高松宮記念杯競輪。

結果はすでにご存知の通り「福井96期 脇本雄太選手」が同じく福井の後輩寺崎選手の番手から抜け出して同じラインの古性選手とのワンツー決着となり見事に優勝を遂げました。

まさに

「ラインのおかげで」

しかも払い戻しが一番人気なのはファンの期待と

「合致」して、公営競技の結果としては「正しい」と言えるのかもしれない

とは言え決勝はなんとも「らしい」決着でなんと無く「やっぱりな」と半端ため息の出た人も少なくなかったのでは。

その一方で今開催グレードレースでも珍しい

「イン切り」(諸説言い方はありそう)

なるライン独特の戦術があった。

賛否両論あれどこれも正に「ラインのおかげで」に当たるレース結果ではないだろうか。

縦競争が主流となった現在のライン競争で新しい(古い)戦い方が観られたのもこの大会を象徴している様な気もしました。

「ラインの勝利の為」とはいささか言い過ぎだとは思いますが、圧倒的な一番人気の結果も、10万オーバーの大穴決着にもその結果に「賞賛」と共に「勝ち方」を求められるのも競輪ならではで、それもラインの宿命と感じた今開催。

それ故に

「ラインのおかげ」が「ラインのせいで」と変わり、素晴らしい活躍した選手が苦しめられる事が無い様にと切に願います



とここまでの駄文は決して批判ではありません。

これは外した男の「愚痴」なのです。

他の公営競技からすればこの三連単1670円、二車単520円という配当は「おいしい」のか「物足りない」のかはわからないが、僕の様な所詮「下手な穴党」にとって勝負の最終レースで"なかなか買えない車券"

(いや、買わなきゃダメなんだが、、、)

自論の「決勝取ったら実質勝ち」にも届かず、案の定見事に冴えない結果となり寂しい終戦となった。

もう一度言うこれは

「愚痴」でなのです。


もちろん本命なのだから「大勝ち」した仲間は多いだろう。

それはそれでなんとも羨ましい。

毎度毎度終わる度に思う「このレースの結果は本命だろうが、穴であろうが一つしかない」と言う現実に打ち付けられる。

いつになったらこれを学び、実践できるのかはわからないが、これからも懲りずに無謀な戦いを続けていくのだろう

これもギャンブラーの性。


ラインが象徴

競輪競争

勝利求めて予想を想像

宮杯完敗はかなりの焦燥

6日以上の妄想はもうよそう

早々に逃走も

「よし」としよう

次こそ堂々と勝利を創造

今日から進もう

新たな闘争


認めざるを得ない。。。。


そんなこんなで本場に出向けたのはたった一日だったが、また一つG1レースが終わった。

今後のG戦線を勝たねばいよいよだ。

このままでは2025競輪GP(平塚)まで辿りつけない。

かもしれない、、、

(這ってでも行くんだろが、、


「ライン(仲間)のおかげです」

前でケレン味無く予想を引っ張ってくれる

そんな「徹底先行予想」を探して

また来週。

今度は思い出たっぷり小松島記念。


そして「雨の宮杯」ならぬ

連日のフライング猛暑の中、本場金網前の仲間に敬意表しつつ、(お疲れ様)

これにて僕の第76回高松宮記念杯を閉幕したいと思います。


追記

高松宮記念杯は毎年必ず数日は現地観戦してきましたが今年は用事と体調もあり、観に行くか少し迷っていました。

しかしデビュー前から応援していた「日野未来選手」が引退を発表され、居ても立っても居られず岸和田競輪まで最後の挨拶を聞きに行きました。


正直彼女の「その先」を皆んなで一緒に観たかった気持ちもありましたが、彼女の「やり切った」と語る言葉は重く彼女の思いを尊重したいと思います。

そのステージで最後かもしれないユニホーム姿を目にして改めて目頭が熱くなり思い出したのは

デビュー戦。

2018年7月7日 七夕

まったくの未経験からよくぞここまで辿り着いたと

地元奈良競輪場の金網越しに大勢の仲間達と

「あのみーちゅんがついに、、」

と胸がいっぱいになったのを思い出します。

「本当に競輪選手になっちゃった」と嬉しさとなんだかあの「みー」が金網の向こうに行って「日野未来選手」になってしまったと複雑な気持ちになったのはついこの前のように。

あれからもう7年も経ったんだと月日の早さに驚くばかり。

7年間

本当にお疲れ様でした。

でもお疲れ様と言う言葉はなんだか「日野選手」には似合わないかもしれない。

それだけ彼女はファンや皆んなに疲れなど見せずに元気で生き生きと7年間いつも

「車券買ってくれてありがとうございます!」

と手を振っていてくれたのだから

楽しい夢を一緒に追えて嬉しかった

だから

「ありがとう」

と言い換えたい。



そして彼女の新しい道でもあの笑顔は変わらないと信じてまた応援し続けていこうと思ってます

そんな思いで

日野未来選手から「みー」に戻った彼女には

「おかえり」

といつか伝えられたらいいなと思います。