不意に、強くなりたいと思った。


でも、「強くなる」ってどうなること?

一人で生きてゆける?
絶対に傷つかない?


本当の「強さ」とは、弱くあることじゃないかと思う。

弱いものは、見せかけの強さを手に入れようとする。

一人で生きてゆけるフリをするのも、弱いから。


でも、「絶対に傷つかない人間」になりたい、とは、世界の共通意見だと思う。

世の中には、小さな一人の人間に襲いかかってくるものが多すぎる。
すべてから逃げたい、時にはそう考える。

だけど出来ないから、例えズタズタに切り裂かれても痛みを感じないように、心に麻酔をかけてしまいたい。

きっと誰もが、かけてしまいたくなる。


やっぱり、弱いから。
弱いから、かけてしまいたくなる。


今、私は、麻酔の効力が少しずつ切れるのを待っています。

傷つくのが怖かったけれど、私の周りには、特別鋭い刃があるわけじゃない。
私が怖れていたのは、生きてゆく上で仕方のない程度の、刃でしかない。

なんてことない。

こう考えることが出来るようになったのは、もうほとんど元に戻った証拠かもしれないなぁ、なんて。


じゃあ、私はもう強くなったの?
でも、もっと強くなりたい。

「弱くあれる」ほどには、強くない。


だから、心に麻酔をかけるんじゃなく、心を鍛えて、ちょっとくらいの刃ではびくともしないようにしよう。

どうやって?

うーん。
私なら、想像する。方々から刺される自分を。
そして、壮大なことを考える。宇宙とか、ね。
極めつけは、総仕上げは、重松清や野島伸司を読み耽る!

あくまで、私なら。
私なら、これを繰り返す。筋トレみたいなモノ?


自分が追い詰められる→でも、それは宇宙の中であまりに小さなもの→それに、もっと酷い境遇は星の数ほどある……


少なくとも、負の感情を殺して反応しないようにする“麻酔”方法よりは、まだマシ。
これでも成長しました、私。

そりゃ、「愛を与える」のが一番強いんだって、それはそうかもしれない。
でも、自分一人じゃ明日の飯もない中学生がそんなこと言いだしたら、身の程しらずも甚だしい。

私に出来る限界は、自己防衛まで。
自分のことくらい自分で護りましょうよ、というレベル。


「刃なんて怖くない、ぶつかって行くんだ!!」
という意見は、退けさせていただきます。
怖いに決まってるじゃないですか。



藤井フミヤ「INSIDE」を聴きながら
数Aの問題を開きながら

管理人・ゆず