こんにちわ ゆうじです。

 

正確には、視覚ではありませんが、視る機能と思考の関りとして優しい気持ちで読んでね。

 

マインドフルネスや、ブルースの準備のプロセスを云われたとおりに行う中で気がついたのですが、呼吸を通して感覚に意識を向けるだけで自動思考は起きにくくなります。

いわゆる頭の中のおしゃべりが起きにくくなっている。

 

呼吸よりも体の感覚に意識を向ける。たぶん、においや聴覚や味覚でも同じ。

感覚の変化に気づけば良い。ということで感覚に意識を向ける間接的な云い方なのか、そのままなのかブルースに確認したいが、

聞いたとしても、答えは問いになって帰ってくるんだろう(笑)

自分としては、感覚に意識を向けると思考が停まる。

 

脳の機能としては、五感すべて同じに思えるのだが、視覚については、どうなんだろうと考えていた。

視覚は、意識を向けて見るという感覚が起きない、目を開けたら見えてるからどうなんだろうと思っていた。

 

催眠医療の古典的な方法に”眼球固定”というのがあり、単純に視点を固定するのかな?と考えていた。

催眠とか瞑想で、ろうそくを見つめるとかね、あるじゃない。

で、1点を見ていても知らぬ間に妄想してたりするんだけど...

 

で、ぼんやりは見てるから結局あんまり効果ないみたいな感じになるのだけど

 

そうではなくて、

 

私たちが自動思考を始める時に起きる目が動くという本能的なものを意識的に拘束して思考を止める方法だということに下の本を読んでたら気づきました。

 

 

 

 

この本の「まえがき」にある実験

出来るだけ遠くをみる凝視するようにして、壁があっても凝視するようにして眼球が奥に引き込まれるのが解るくらいの状態のまま、昨日の朝昼晩のご飯を思い出そうとして見る。

 

やってみたら、自分の場合、効果がありました。全然思い出せないというか考えがリセットされる感じ。

このやり方が目をつぶっても出来るが、さらに著者の進めるのは、逆同時動作つまり遠くを見ながら近くを見る感じにするとさらに良い。

結果としてぼんやり見てる感じになるかもしれないが、ぼんやり見ようとするのではない。

これが、仏像にある半眼は瞑想者のこの状態を描こうとしたのではないだろうか?

 

参考書籍 宮本武蔵「五輪の書」なんですよね。確かにそういった文章はあったはずだが、ここから気がついたとすれば凄いな。
 
 「眼の付け様は、大きに広く付るなり。観見の二つあり、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、兵法の専なり。」

 

ではでは、このへんで