こんにちわ ゆうじです。
マイケルローズさんの過去記事から
ブルースモーエンメソッドでは、亡くなられた方が何かに囚われた結果、行くべきところに行けていないことがあると、リトリーバルが必要な人の話をします。そして、同じように、生きている僕たちも同じように囚われる場合があります。
中には、亡くなられた人の方は、とっくに行くべきところに行っていて、リトリーバルの必要がないのに、残された人がそのことに囚われている場合もあります。ほとんどの人は、訪問の体験によって、中にはシェアによって、自分自身の囚われをリトリーバルすることになっているのかもしれません。
レベル3の中でもある要素ですが、マイケル・ローズさんとはアプローチが違うように思います。ブルースさんはそれを執着とは云いたくなかったんじゃないかな。愛についても、アプローチが違うように思えます。エクササイズ愛の感覚で使う愛は、あまり限定はしません。ただ、死後探索3のタイトルは、純粋な無条件の愛ですけどねぇ。
以下、マイケルローズさんの抜粋。この場合は、一般論としてだから、抵抗を感じないのかな。
文中、「人生の主要なテーマ」とされているだけ、なかなか難しいことではありますし、時間も必要だと思います。
前に進みましょう。
人生の主要なテーマは「手放し」であると思います。
人生があなたから取り去ろうとしているどんなことも手放しましょう。
私たちは囚われます。
執着します・・・執着するのは私たちの感情です。
私たちは、これまで「感情を育てる」について深く考えたことがありません。
今、必要とされる能力は「執着しない」ですが、人々は囚われたままです。
なかなか手放そうとしません。
簡単ではありません。
それは愛する人を手放す・・を意味することもあります。
亡くなってから何年も経っているのに愛した人に深く囚われている人々に出会うことがよくあります。
彼らの気持ちはとてもよくわかりますが、不滅の存在である私たちが、前へ進む方法ではありません。
無条件の愛、真の愛に執着はありません。
囚われがあるなら手放しましょう。
手放しです。
ではでは、このへんで