こんにちわ ゆうじです。

 

前回紹介した、軟酥(なんそ)の法

玄侑宗久「禅師、かくの如く自愛せり」

改めて、読み直して気づきがありました。


玄侑宗久さんの瞑想の要諦を垣間見ることができます。とはいえ、ほんの一部というか初心者向けに言葉を足してくれている気がしました。私が、軟酥(なんそ)の法を知ったのはある宗教家の本ですが、効能は詳しく多く(結核を完治したとかね。)説明が少ないものでした。今、考えれば、その方の我が出ていたのでしょうね。

 

意識というのはその本性として一点に集まりやすい。するとすぐに思考が始まってしまい、映像的な動きが止まってしまう。だからいっそ刷毛で撫でるように面として思い浮かべたほうがいいかもしれない。息を吸うたびに頭上で融けたバターを想像し直し、それが吐きだす息と共に皮膚面も内部も潤しつつ下へ下へとおりてゆくのである。

(中略)

呼吸のたびに上からイメージし直すが、一度通った場所は確認程度で済むし、まだ違和感がある場所には念入りに染み込ませればいい。

 

意識が、なんそをイメージしようとしたとき、思考によって始めますが、その途中で思考連鎖の始まってしまう。よそ事を考えている自分に気づく。呼吸に併せてというか、呼吸をアンカーにして、ある程度イメージの繰り返しになっても構わないので、想像・イメージを繰り返していく。

 

自分もなんとなく仕方がないから、ある程度繰り返しやってましたが、それでOKだということです。

ブルースモーエンメソッドのエネルギー収集でも思考がつい始まってしまったときに、どこからやり直そうか考える時があるのですが、同じことです。感覚を覚えている所に戻るか、最初に戻りやったところは、なぞるだけにしてやってないところからちゃんとやる。エネルギーの感覚がないところを感じながらやる。最初は、呼吸をアンカーにしますが、途中からエネルギーの感覚をアンカーに変えていくとも云えます。出来なければ、呼吸から最初からやり直して良いんです。

(ブルースは、意図的に詳しく説明をしていないように思われます。気づきと感覚はやらないとわからない、意味がないし、人により感覚が異なる可能性があるので。なので、違うやり方もあるかもしれませんし、実際この次の方法もあります。

 

あと、玄侑宗久「禅師、かくの如く自愛せり」の前半部分では、イメージしたものが体に影響を与えることも云っております。古くから云われることなのですね。

『夜船閑話』にも「唯心所現」とある。

心に強くイメージした象に、からだは素直に従ってくれる。

 

ゆっぴーさんから、コメントをいただきましたがブルースモーエンメソッドのエネルギー収集でも、同様の効果はあると思います。

エネルギー収集をやるその時々で、アファメーションを足したり変えても良いですよね。

「私はこのエネルギーで、私の肉体と感情を調整し、バランスを整えられ全回復します。」とか、どうでしょう。

 

ではでは、このへんで