こんにちは、TaKuです!
今回は、4日目からの続きを書いていきます。

4日目 (3月3日)
胃の調子が悪いまま少量の朝食をいただいた後、友人Gと別れ、宿を後にし、新大阪駅へと向かった。
昼過ぎに新大阪駅に到着。
そこで友人Bと友人C、Fと別れ、新幹線で広島へ。
夕方頃に広島駅に到着し、友人Aのおばあさんとおじいさんと昨年夏以来の再会になった。
その後、友人Aのおじいさん宅へ移動し、いろいろ話をしながら夕食を頂き、4日目を終えた。
5日目 (3月4日)

目が覚めて、朝食?を頂いた跡、友人Aと共に厳島神社のある宮島へと向かった。
電車で宮島口駅を降りて、JR宮島フェリーに乗り換えた。
昨日の少し荒れていた天気が嘘のように晴天で、海は青く、とても綺麗な厳島神社を海から眺めながら、宮島に上陸した。
最初に、迎えてくれたのは、置物だと思っていた鹿だった。

人に慣れているのだろうか、堂々と伏せて日向ぼっこをしていた。
昼食?を摂ろうということで、宮島産の牡蠣丼とビールを頂いた。

宮島の山からの淡水と海水が混じったところで育てていると言われているだけあり、身がプリップリでビールとの相性は抜群だった。

その後、潮が引いていることもあり、歩いて厳島神社の鳥居の真下まで向かったが、鳥居の柱とその下には無数の硬貨があり、友人Aも僕も海水の水質汚染にならないか少し心配になった。

その後、豊国神社へ先にお参りをして、おみくじを引き、結果、吉で悪い運勢ではなかったことを確認した後、厳島神社の境内へ入り、3人の女神が祀られているところでお参りし、最後に、境内を出て離れたところにある清盛神社へお参りした。
この3つの神社でお祈りしたことは、今年の抱負とほぼ同様。
叶えられるように願をかけておいた。
そこから、西側にある水族館の前をスルーし、少し山側に貼ったところにある、戦国の合戦の史跡である血佛の前を通り、弘法大師(空海)や伊藤博文も行ったとされる、弥山の頂上へと山登りをした。
「山はそこまで高くはない」と、友人Aは言っていたが、険しい山道で傾斜が急な道に差し掛かった時は、少し心が折れそうだった。
すれ違う、外国人に少し挨拶をし、登っている途中で、呉海軍の要塞跡の石碑を見つけたり、

途中でお地蔵さんに遭遇したり、神秘的な雰囲気の登山道をただひたすら歩くこと数時間。
ようやく、弥山頂上、大日堂の門の前まで辿り着いた。
そこで、休憩していると、門の中から外国人が現れ、
「Please,take me a picture?」
と言われたので、門を背景に友人Aが写真を撮ってあげて、僕は別れ際に
と言われたので、門を背景に友人Aが写真を撮ってあげて、僕は別れ際に
「Have a good trip!」
と思わず口に出た。
「よい旅を」のつもりで言ったのだが、この英語が合っているかどうか、調べなければ。

この門をくぐればゴールと思っていたのだが、道はまだ続き、途中で子鹿に遭遇し、子鹿は怯えながらも僕達の旅路を見守ってくれていた。
門をくぐってから数分、ようやく、本堂まで辿り着き、そこで、宮島の天然水を飲んで、この一杯は格別だと思いつつ、アルコール飲んで登山するものではないなと思った。

そこからは、ロープウェーの駅に移動し、最終便ギリギリでロープウェーで山を降りた。
このロープウェーは珍しく、途中の駅で乗り換えるタイプだった。
まさか、同じくらいの女子大生?とあいのりになってしまうとは思わなかった。
終着駅で降りたあと、広島ご当地ストラップとピンバッチのガチャポンをやったが、2つとも全て厳島神社のストラップとピンバッチが当たった。
やっぱり、神社との縁はどこかあるのかもしれない。
終着駅から下って、厳島神社の横を抜ける道で鹿に再び遭遇。
「ギィ~」という鳴き声だったので、「ドアが軋む音だな」と友人Aと笑い合いながら桟橋へと移動した。
その後、フェリー乗り場に移動する途中の売店で、宮島ビールを飲んだ跡、串に刺した練り物みたいな食べ物を食べて、日が沈む頃にフェリーで宮島を後にした。
友人Aのおじいさんの家に戻ったあと、夕食をごちそうになりながら、おじいさん達とこれからのことや世間話に花が咲いた。
6日目 (3月5日)

昼すぎまで、映画を見て、思った以上に量があった広島名物お好み焼きを頂き、ゆっくりした後。
夕方に近くの駅まで送ってもらい、友人Aと友人Aのおじいさんとここで別れ、広島駅まで電車で移動した後、路面電車に乗り換え、原爆ドームを見に行った。
原爆ドームは保存工事中のようだったので、周りが鉄枠で囲まれているような状態だったが、十分、歴史を次世代に伝える為に重要な建造物になっていることがわかった。

その後、日も落ちかけた頃、徒歩で近くの旧広島市民球場を覗きながら、広島城へと足を運んだ。

広島城の二ノ門を通り、本丸へと続く一ノ門を通ると、神社があり、更に少し進んだところに、日清戦争時に使われた大本営跡があった。
本丸へとたどり着くと、もう日が落ちて月がのぼった時間だったので、周りの堀の方から綺麗にライトアップされていた。

歴史と自然が調和された広島は面白いと思った。

そして、路面電車で再び広島駅に戻り、新幹線で自宅へと帰り、旅行最終日を終えた。

友人Aをはじめ、友人B~G、そして、友人Aのおじいさん、おばあさんにはお世話にはとてもお世話になりました。
今年度からは東京で長くて3年、短くて2年?音楽活動と語学に磨きをかけて行くので、
これからもよろしくお願い致します!(^^ゞ
↑フェリーからの厳島神社