初めまして。
この記事を目に留めてくださり、ありがとうございます。
最初の記事がこんなタイトルですが、
むしろこのブログはこのタイトルが全てです。
多分これ以降、更新することもありません。
それでもこの記事だけは徹底的に考え抜いて、全てを振り絞って書きます。
今、これを読んでくれている方には
何となく興味を持った方、私と同じ様に身近な人を自殺で失った方、
まさに今、自殺を考えている方、
色んな立場の方がいると思いますが、あなたがどんな立場であれ
何か少しでも心に響くものをと思って書いています。
途中、重たい、読みたくない、と感じられるかもしれませんが、
私はその「重たい」という感覚こそが自殺大国日本を変えられない原因のひとつだと思っています。
なのでどうか、踏みとどまって読んでもらえたら幸いです。
私の父は13年前に、借金苦から首つり自殺をしました。
当時、私は小学校高学年でした。
警察から父らしき人が山奥で発見された旨の電話が掛かって来て、
それを取った母の悲鳴ともとれるような叫び声を聞いた、
その瞬間から1〜2年はあまり記憶がありません。
去年の初秋、13回忌があり、母と姉・兄と共に法要を行いました。
和尚さんの法話ののち、お茶菓子を頂きながら雑談もし、
和尚さんのユーモアに富んだ話が面白おかしくて、所々声を出して笑いました。
きょうだい全員社会人になったので、帰り道は仕事の愚痴なんかをお互い話しながら、
母には「あんたはまだまだ甘い」なんてちょっと叱られながら、
まだ湿っぽい熱さの残るコンクリートの坂道を、家族で下って帰ります。
父の話は、ほとんどしませんでした。
13年経てば、一見は、そんなものです。
どこにでもいる普通の家族と変わらず、楽しければ笑うし、悲しければ泣くし、
おいしいご飯に舌鼓を打ち、人並みに恋愛をし、力いっぱい唄も歌うし、
みんな自分なりに前を向いて生きています。
でも、私たち家族の誰一人として、
父のことがまっさらと心から無くなった日なんてありません。
それはごつごつとした岩のような形をしていて、
寝ようが起きようが逆立ちをしようが、身体の中でゴロゴロ転がり続けるだけです。
そして時々うわあっと溶岩のように熱くなり、心を蝕もうとしてきます。
家族の中で誰も、母でさえ、それを言葉にはしないけれど。
皆それぞれ歯を食いしばって闘うばかりです。
死ぬまで一生。
「岩」の正体は、後悔。
生きてれば後悔することは山ほどあります。
けど身近な人が自ら死を選んだときの後悔に勝る後悔など、この世にありません。
情けない話ですが、誰がどれだけ「あなたのせいじゃない」と慰めてくれても、
父が生きていた頃の端々に、夢の中で記憶の中で、強制的にタイムスリップします。
あの時ああ言っていなければ、どうなっただろうか。
あの時こうしてあげられたら、違っただろうか。
私にもあります。まだ小学生だった私ですら、
もっと娘として「生きる意味」になりたかった、どうしてなれなかったのかと、考えました。
父と20余年を共にした母はどうでしょうか。
それは想像を絶する、気が狂いそうになるほどの闘いです。
あの日から3年くらい経ったある朝、眠気眼の私に母が駆け寄って来て喜んだ顔で言いました。
「ねえ、お父さんが夢に出て来たよ!ドアを開けてこの家に帰って来た。
やっと会えたんだよ。やっと。」
それを聞いた私は、母がこんなに嬉しそうなのに、どうしてこんなに哀しいんだろうと思いました。
その夜は声をあげて泣きました。
母は狂いそうになりながらも、踏ん張りましたが、
ぷつりと糸が切れてしまう方も沢山います。そして後を追うしかないと考えます。
仮に私たちの後悔が的外れだとしても、私たちが救われるのは、「そんなことないよ」という父自身の言葉だけ。
けれど父はもうどこにも居ません。
答えなんて無いから、この岩は吐き出しようがないのです。
そして事実として、自殺したのは家族や恋人のせいだと思う人も世の中には居ます。
過去に、私の母に対して間接的に「旦那を死に追いやった」と言い放った人がいました。
それを知って暫くは、あまりの悔しさに眠れない日々が続きました。
私はその人にこれだけは言ってやりたい。
あなたのその憶測に対して、簡単に「それは違う」と言うことは出来ないが、
そんなこと、父が死んだあの日から毎日毎晩、誰よりも母が一番考えていることだ、
だから頼むから、黙っててくれと。
こんな人は、ごく少数であることは分かっています。
多くの人が大らかな優しさで私たちを包もうとしてくれて、それには感謝が尽きません。
でも、たった一握りの悪魔が存在するというだけで、それを知るだけで、
途端に私たちは自分の周りに巨大な壁を作って、立て篭るしかないと考えてしまいます。
そうしないと、自分たちでさえ「生きる力」を失いそうになるからです。
多くの自死遺族は、家族の自殺を隠しています。
本当は隠したくなどないのに。
今、自殺を考えている方へ。
自殺はやめてください。
「お前に何が分かる」と画面を叩き割りたい気持ちかもしれません。
それでももう一度言います。どうか自殺はやめてください。
辛いし、苦しいと思います。楽になりたいと思います。
「アフリカでは1日何千人が飢餓に苦しみ…」なんて言われても知ったことかと吐き捨ててやりたいと思います。
けれど、非難を覚悟で言いますが、自殺は他殺です。
あなただけでなく、あなたのそばに居る人の残りの人生を殺します。
いじめが理由で、むしろいじめっ子に復讐してやりたいから本望だと思う方もいるかもしれません。
けれどもう一度だけ、考えてみてください。
人生を殺されるのは憎きいじめっ子だけではありません。
「ごめんね」と遺書を書こうと考えている家族や、友達は居ますか?
好きな人、昔好きだった人はいますか?
ふとした時に優しくしてくれた人、
思い出に残っている人はいますか?
今、頭に浮かんだその人達全員をあなたは殺そうとしています。
家族である・ないに関わらず、皆必ず、「自分のせいだ」と考えます。
あなたにとってそれは楽なことですか?
私は知っています。
自殺を考える人は、心の優しい人です。
あなたは誰よりも優しい人です。
希望もへったくれもないこの社会に一番必要とされる優しさがあなたにはあるのに、終わりにしてしまいますか?
首を横に振ってくれていることを祈ります。
じゃあ、自殺しちゃいけないのなら、どうしたら楽になれるのか?
その問いに今この場で簡単に答えることは出来ません。
でも、出来るだけ一緒に考えたいと思っています。
趣味や好きなことはありますか?
死ぬ前にこれだけはやりたかったなーという心残りとか。
すごく興味があるので、是非その話を聞かせてください。
いじめてくる奴、心ない暴言を吐いてくる奴から
どうしたら逃げられるのか?
一緒に考えさせてください。
私もいじめられたこと、あります。
外見のことで言われた言葉で、まだ癒えない傷もあります。
痛みの分からない奴らのために、あなたの命を使ってしまうのは
あまりにももったいないです。
光が見えてくるまで手を取り合って歩きましょう。
これ以上周りに迷惑を掛けたくないから死ぬしか解決方法がないと考えていますか?
そんなわけないじゃないですか。
その問題を解決するのは簡単じゃないかもしれないけれど、
生きてる限りは絶対に解決できますから。
方法はあります。絶対に。
だから一度、話を聞かせてください。
愛した人に先に逝かれて、会いたくてたまらないから死のうと思っていますか?
あなたの気持ちを思うと涙が出てきます。
日々記憶が風化していくような感覚だったり
何もかもがどうでもよくなってしまうような瞬間、こわいですよね。
でも、あなたの死んだその世界に、あなたの大切な人はいないですよ。
その人は今、あなたの心の中にしか生きていないはずです。
あなたが死んだら、その人は本当に死んでしまいます。
ふたりの時間を守れるのはあなただけです。
もう少し一緒に生きてみませんか。
皆さん、
コメント、メッセージ、いつでも待っています。
まだ会ったこともないけれど、これから宜しくお願いします。
こんな私でよければ仲良くしてくださいね。
最後に、
特に自殺とも死とも関係がないけれど、何となくこの記事に触れた方へ。
そんなあなたがここまで読んでくれたことに本当に感謝します。
せっかくのご縁なので、ひとつお願いしたいことがあります。
全ての人とは言わないので、
あなたのそばにいる大切な人だけは、どうか全力で守ってください。
自殺をする人は、直前にはむしろ明るく振る舞っていることすらあります。
そこから察知するのは本当に難しいことです。
けれどそれまでの経過のどこかには、必ずサインがあるはずです。
「まさか死ぬわけない」と思っている人ほど、実行してしまったりします。
脅しなどではなく、日本で16分間に1人がそうなっている現実の中に私たちはいます。
一人じゃないと気付かせてあげてください。
大切な人を守ることは、あなた自身を守ることです。
私のような思いは、出来ればもう誰にもして欲しくない。
そう思ってこのブログを書きました。
こうして言葉を紡げるようになるまで13年も掛かってしまいましたが
少しでも何かを考えるきっかけになったなら、嬉しく思います。
ありがとうございました。