昨日は登山をしようと前の晩から思っていたのだが、案の定起きられなかった。人と約束していれば無理矢理にでも起きるのに私はそういうところが自分に甘い。

しかも雨や曇りの予想だったはずなのに、連日、晴天の猛暑である。

暑さにはすこぶる弱いので、ダイエットしているつもりが、我慢せずとも体重が落ち続けている。ご飯が喉を通らないのだ。

そんな体調のままで、往復6時間以上の山へ登ることはできない。

けれども山って、そもそも頂上まで行かなくてはいけないもの？二時間ばかり歩くだけでも充分に山の景色や空気感は味わえるし、トレーニングにもなる。

なので、登ろうと思っていた山の3分の1ほどをトレッキングすることにした。

いつもは登山だと身構えると、一眼レフのカメラを背負って行く気にはならなかった。でも昨日は、撮影トレッキングの日にしよう！と気楽に山中に入ってみたら、山の景色はいつもよりももっと美しく目に入るのだった。

林道を過ぎると、森は深くなる。

薄暗い森の中に入ると、川の流れる音が聞こえてきて、目の前には美しい清流と小さな滝がいくつも現れるのだ。

この山は、徒渉を繰り返して登っていく山で、7合目辺りでは川の始まりを見ることができる。

登り始めは、33度だったが、森の中に入ると5度ぐらい低くなっただろうか。

それでも5分歩けば、汗が滝のように流れ出てくる。

川はこんなにも涼し気なのに、どうして私はこの川に入らず、その脇道、または石を飛び越えて、登っているのかわからない。

すると、二人の若者のカップルが、突然、川の中から現れた。

シャワークライミングである。

そうか！その手があったか！と思うも、生憎、装備は不十分である。

川、というよりも、水というものにものすごく心惹かれる。

普通、川や滝の写真と言えば、三脚を使ってシャッタースピードを遅くしたり、NDフィルターを使ったりするようだが、私にはその知識も技術もない。

そもそも、水を撮影するのに糸のように流れる水を撮るという感覚が自分にはわからないのだ。

水が絹糸のように流れる静寂を表現するためのスローシャッターよりも、水の躍動感を写したい。

私にとって、水は生き物なのだ。

シャッタースピードを変えて、何枚も撮るのだが、肉眼で見る感動を画面の中に入れられないことが腹立たしい。

肉眼に近いシャッタースピードは、1/60秒と言われるが、それだとなんだか中途半端に感じる。

しかし、人の目で捕らえきらない場面をシャッタースピードを変えることで切る取るということは、今感じている感動とは違うある意味、捏造された瞬間のような気もしてしまうのだ。

けれども人の目から脳に入ってくる映像は、絹糸のような流れる時間と水飛沫の丸い粒のような一瞬の形、どちらも無意識の中では共にあるようにも思う。

昨日撮影したサクラマスのジャンブも、実はサクラマスが主役ではなく、私の中では水の方なのだ。

肉眼ではひとつの水にしか見えないが、瞬間を切り取ると水はまるで、生きているように見える。

魚たちは、この水の間にできる隙間のようなものを全身の感覚で捉えることができるんじゃないか？

傷だらけになって、何度も滝にチャレンジするサクラマスたちは、その行為が辛い訳ではなく、本当は楽しいんじゃないか？

あの若者カップルたちのように、石に足を滑らせ膝をぶつけて痛がっていても、この激しい流れに果敢に挑むという行為そのものが、スリリングな経験なのかもしれない。

魚は痛みを感じないと聞いたことがあるし、実際卵も失うことを前提に沢山産むのだから、彼らに恐怖や不安という感情が、哺乳類ほどに強く感じることはないと推測するが、それでも目の前にある自分と同じく呼吸し、生殖活動を行う生き物のことを自分に当てはめてつい、物語にしてしまう。

水だってそうだ。

上善は水の如し、とか、淀む水に芥たまる、とか、水にまつわる言葉があるのも、水を生き物の（人の心）ように捉える感覚があるからだろう。

これは！と思う美しい水の風景をいつか撮りたい。

あらゆる生命の中を通り抜け、天と地を縦横無尽に行き来できる水は、命の源である。

撮影しながら、全身から汗が吹き出す。

しかしその汗は、ベタベタせず、サラサラとした水のような汗だ。

それを帰り道の温泉で流すのだが、お湯の熱さにまた再び汗が吹き出す。

乾いた喉をまた水で潤す。

その味、まさに甘露。

水は怖くて、痛くて、冷たくて、気持ちよくて、甘く、美しい。

持てる五感の全てを刺激して、憧れてやまない。